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第三章:「課題山積」
・3-2 第21話:「再会:2」
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・3-2 第21話:「再会:2」
そこにいたのは、一匹の猫と、一匹の犬だった。
猫の名前は、オスカー。年齢不詳の雑種の雄猫であり、ダークグレーの体毛と金色の瞳を持ち、ピンと張った髭を整えている。
なかなかふてぶてしい面構えで、絨毯(じゅうたん)の上にデン、と寝そべっている。それもそのはず、彼は以前暮らしていたノルトハーフェン公国の政庁であり公爵の住む城館でもあるヴァイスシュネーの近辺に暮らす猫たちのボスとして君臨していた、親分猫であったのだ。
犬の方は、カイという。こちらはおそらくは六歳ほどの年齢の雄犬で、犬種はバーニーズマウンテンドックと分かっている。
こちらは落ち着いていて、お行儀よく前足をそろえてお座りをしている。素直で無邪気な性格をしているが、時には勇敢になることもあり、かつてエドゥアルドの暗殺を狙った罪人を真っ先に追いかけて行ったこともある。
この二匹は、ルーシェにとっては特別な存在だった。
[家族]。
まさにそれだ。
メイドの少女がかつてスラム街に暮らしていた頃からのつき合いだった。オスカーは親を失って路頭に迷っていたメイドを見つけて、生きる術を自ら指南してくれたし、カイは子犬だった時に捨てられていたのをオスカーが連れて来てから、まるで弟のような存在になってくれた。
そして、二匹はルーシェの命を救ってくれた。
少女がスラム街での辛く苦しい生活に打ちひしがれ、生きていくための気力をすべて失って、絶望と共に消えて行こうとしていた時に、カイはつきっきりで寄り添い続けて必死に暖めてくれていたし、オスカーはシャルロッテという、助けてくれそうな人間を探し出して連れてきてくれた。
彼らがいたおかげで今もメイドは命をつないでいるし、楽しく暮らすことができている。
斬っても切れない、固い絆で結ばれた存在。
だが、最近は離れがちだった。
というのは、度々の出征に際し、ルーシェがエドゥアルドにつき従って従軍していたのに対し、二匹はいつも置いてきぼりを食らってしまっていたからだ。
メイドには、なんだかんだ、戦場でも仕事が与えられていた。
主の身の回りの世話や、負傷した兵士たちの手当て。
そうした役割を果たすことができるから、という口実で、彼女は常に代皇帝の側にいることが許されていた。
しかし、オスカーとカイはそうではなかった。
戦争とは、歩くことだ。
兵士たちは敵を打ち破るために何十、何百キロも移動する。ルーシェたちも当然、それに従って、長い距離を進んでいく。
動物にとっては過酷な環境だった。毎日、寝泊まりする場所が変わるのだから、ストレスが大きい。人間と一緒に長距離を歩くことは難しかったし、馬車に乗せてもらうにしても、一日中じっとしているのは大変に苦しいことに違いない。
しかも彼らには、戦場にいることのできる、周囲を納得させるだけの理由があまり見出されなかった。
オスカーはネズミをよく獲る優秀なハンター。カイは言うことをよく聞く賢さと、番犬にふさわしい忠誠心と勇敢さを持つ。
だが、帝国貴族たちの間では、その価値は低く見られていた。
貴族たちは豪華な宝飾品や大勢の使用人を戦場に連れ歩いたりもしていたが、犬猫などを連れてくるくらいなら、一人でも多くの人間を、という雰囲気だったのだ。
ルーシェでさえ、女を、それもまだ成人してもいない少女を連れてくるのはいかがなものか、という目で見られることも、実はよくあることだった。
戦場に行くのだから、兵士たちには「息抜き」が必要だと考えられている。
だから、女性の姿が彼らと共にあるのは、さほど珍しいことでもない。
しかし[そういう目的]でもないのに連れ歩く、というのは、帝国貴族たちの間の常識では少々理解されづらいことだった。
そういうわけで、ルーシェと、かけがえのない二匹の家族、オスカーとカイとは、長い時間を離れ離れで暮らすことになってしまっていた。
———だが、エドゥアルドが帝都・トローンシュタットに腰を落ち着けたのならば。
当面の間は国政を掌握し、帝国を立て直すために大忙しで、ずっとここで暮らすはずだった。
つまり、少女と二匹も、ずっと一緒にいられるのだ。
「オスカー! カイ! 久しぶりだねっ! 」
マーリアから、行っておやり、と軽く肩を押されたルーシェは、感極まって目尻に涙まで浮かべながら駆けていく。
すると起き上がった二匹も向かって来て、この異種族同士の家族は再びひとつになった。
激しく尻尾を振り回しながら駆けて来たカイは後ろ足で立ち上がりながら少しかがんだルーシェの腕の中に飛び込み、その顔をぺろぺろとなめ回し、フンフン、と鼻を鳴らして懐かしいにおいを追い求める。
少し回り込んだオスカーは、ひょい、と身軽にメイドの背中に飛び乗ると、肩のあたりまで器用によじ登って、まるで自分の妹分だと主張するかのようにその身体をすりつけ、全身で喜びをあらわしている。
ルーシェも、忙しい。顔をなめられてくすぐったそうに、ころころとした明るい声で笑いながら、カイの全身を、オスカーの全身を、両手を使ってせわしなく撫でまわしている。
きっと、ここでの暮らしは楽しく、希望に満ち溢れたモノになるのに違いない。
その時、黒髪ツインテールの少女は、そう確信していた。
大切な家族も、懐かしい相手も、集まって来てくれた。
そしてこの帝国は、心から親愛している主が辣腕(らつわん)を振るい、これから、どんどん良くして行ってくれるはずだ。
そんな思いと共に無邪気に再会を喜んでいる彼女たちを、マーリアも、エドゥアルドの部屋の警護を務めていた近衛兵たちも、微笑ましく見つめている。
今この瞬間、この場所には、少しの影も、憂いも存在しなかった。
そこにいたのは、一匹の猫と、一匹の犬だった。
猫の名前は、オスカー。年齢不詳の雑種の雄猫であり、ダークグレーの体毛と金色の瞳を持ち、ピンと張った髭を整えている。
なかなかふてぶてしい面構えで、絨毯(じゅうたん)の上にデン、と寝そべっている。それもそのはず、彼は以前暮らしていたノルトハーフェン公国の政庁であり公爵の住む城館でもあるヴァイスシュネーの近辺に暮らす猫たちのボスとして君臨していた、親分猫であったのだ。
犬の方は、カイという。こちらはおそらくは六歳ほどの年齢の雄犬で、犬種はバーニーズマウンテンドックと分かっている。
こちらは落ち着いていて、お行儀よく前足をそろえてお座りをしている。素直で無邪気な性格をしているが、時には勇敢になることもあり、かつてエドゥアルドの暗殺を狙った罪人を真っ先に追いかけて行ったこともある。
この二匹は、ルーシェにとっては特別な存在だった。
[家族]。
まさにそれだ。
メイドの少女がかつてスラム街に暮らしていた頃からのつき合いだった。オスカーは親を失って路頭に迷っていたメイドを見つけて、生きる術を自ら指南してくれたし、カイは子犬だった時に捨てられていたのをオスカーが連れて来てから、まるで弟のような存在になってくれた。
そして、二匹はルーシェの命を救ってくれた。
少女がスラム街での辛く苦しい生活に打ちひしがれ、生きていくための気力をすべて失って、絶望と共に消えて行こうとしていた時に、カイはつきっきりで寄り添い続けて必死に暖めてくれていたし、オスカーはシャルロッテという、助けてくれそうな人間を探し出して連れてきてくれた。
彼らがいたおかげで今もメイドは命をつないでいるし、楽しく暮らすことができている。
斬っても切れない、固い絆で結ばれた存在。
だが、最近は離れがちだった。
というのは、度々の出征に際し、ルーシェがエドゥアルドにつき従って従軍していたのに対し、二匹はいつも置いてきぼりを食らってしまっていたからだ。
メイドには、なんだかんだ、戦場でも仕事が与えられていた。
主の身の回りの世話や、負傷した兵士たちの手当て。
そうした役割を果たすことができるから、という口実で、彼女は常に代皇帝の側にいることが許されていた。
しかし、オスカーとカイはそうではなかった。
戦争とは、歩くことだ。
兵士たちは敵を打ち破るために何十、何百キロも移動する。ルーシェたちも当然、それに従って、長い距離を進んでいく。
動物にとっては過酷な環境だった。毎日、寝泊まりする場所が変わるのだから、ストレスが大きい。人間と一緒に長距離を歩くことは難しかったし、馬車に乗せてもらうにしても、一日中じっとしているのは大変に苦しいことに違いない。
しかも彼らには、戦場にいることのできる、周囲を納得させるだけの理由があまり見出されなかった。
オスカーはネズミをよく獲る優秀なハンター。カイは言うことをよく聞く賢さと、番犬にふさわしい忠誠心と勇敢さを持つ。
だが、帝国貴族たちの間では、その価値は低く見られていた。
貴族たちは豪華な宝飾品や大勢の使用人を戦場に連れ歩いたりもしていたが、犬猫などを連れてくるくらいなら、一人でも多くの人間を、という雰囲気だったのだ。
ルーシェでさえ、女を、それもまだ成人してもいない少女を連れてくるのはいかがなものか、という目で見られることも、実はよくあることだった。
戦場に行くのだから、兵士たちには「息抜き」が必要だと考えられている。
だから、女性の姿が彼らと共にあるのは、さほど珍しいことでもない。
しかし[そういう目的]でもないのに連れ歩く、というのは、帝国貴族たちの間の常識では少々理解されづらいことだった。
そういうわけで、ルーシェと、かけがえのない二匹の家族、オスカーとカイとは、長い時間を離れ離れで暮らすことになってしまっていた。
———だが、エドゥアルドが帝都・トローンシュタットに腰を落ち着けたのならば。
当面の間は国政を掌握し、帝国を立て直すために大忙しで、ずっとここで暮らすはずだった。
つまり、少女と二匹も、ずっと一緒にいられるのだ。
「オスカー! カイ! 久しぶりだねっ! 」
マーリアから、行っておやり、と軽く肩を押されたルーシェは、感極まって目尻に涙まで浮かべながら駆けていく。
すると起き上がった二匹も向かって来て、この異種族同士の家族は再びひとつになった。
激しく尻尾を振り回しながら駆けて来たカイは後ろ足で立ち上がりながら少しかがんだルーシェの腕の中に飛び込み、その顔をぺろぺろとなめ回し、フンフン、と鼻を鳴らして懐かしいにおいを追い求める。
少し回り込んだオスカーは、ひょい、と身軽にメイドの背中に飛び乗ると、肩のあたりまで器用によじ登って、まるで自分の妹分だと主張するかのようにその身体をすりつけ、全身で喜びをあらわしている。
ルーシェも、忙しい。顔をなめられてくすぐったそうに、ころころとした明るい声で笑いながら、カイの全身を、オスカーの全身を、両手を使ってせわしなく撫でまわしている。
きっと、ここでの暮らしは楽しく、希望に満ち溢れたモノになるのに違いない。
その時、黒髪ツインテールの少女は、そう確信していた。
大切な家族も、懐かしい相手も、集まって来てくれた。
そしてこの帝国は、心から親愛している主が辣腕(らつわん)を振るい、これから、どんどん良くして行ってくれるはずだ。
そんな思いと共に無邪気に再会を喜んでいる彼女たちを、マーリアも、エドゥアルドの部屋の警護を務めていた近衛兵たちも、微笑ましく見つめている。
今この瞬間、この場所には、少しの影も、憂いも存在しなかった。
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