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:第1章 「令和のサムライと村娘、そしてとある村の運命」
・1-3 第18話 「刀」
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・1-3 第18話 「刀」
『それより、源九郎。
サムライが使う、ええと……、日本刀、というものも一緒にご用意させていただいたのですが、いかがでしょうか?
大きなものと、小さなもの。
こちらも、あなたの記憶を頼りに、こちらの世界で入手できるものをご用意させていただきました。
あなたが寝転んでいた場所の、近くにあります』
神が話題を変えるようにそう言うと、源九郎は少し周囲を探して、すぐに、若草の上に二振りの刀が、鞘に納められた状態で置かれているのに気がついた。
本差しと脇差。
どちらも、黒塗りの鞘に納められていて、柄には笹浪組糸と呼ばれる組糸を使った摘巻が施されている。
鍔は飾りが一切なく、楕円形の簡素なものだ。
シンプルで、素っ気ない意匠の刀だった。
儀礼用だったり、高位の人物が用いたりする壮麗な外観の刀ではなかったが、立花 源九郎が世間から外れた貧乏浪人であったことを考えれば、ふさわしいとも言えるだろう。
意匠よりも、実用性に重点を置いた刀だというのは、握ってみなくともわかる。
摘巻という組糸の巻き方をすると、柄に凹凸をより強調して持たせることができ、組糸を巻きつけることで得られる滑り止めの効果がより高くなる。
実戦ではより強く滑り止めが働いてくれた方が使いやすいのだ。
持ち上げてみると、軽々としている。
日本刀は刀身と鍔と柄を合わせた全体で見ても、平均的に見て1キログラム前後にしかならないのだ。
源九郎はその刀を手にした時、それを初めて手にするような気がしなかった。
その刀は、田中 賢二が立花 源九郎を演じていた際に撮影で用いられていた刀とそっくりだったのだ。
源九郎の記憶から刀を選んだと神は言っていたが、本当に瓜二つのものを選んでくれていて、今の源九郎の手にもよくなじんだ。
だが、鞘から刀を引き抜いてみると、その刀身には本物の刃がついていた。
撮影で用いていたのは刃のない模造刀だったのだが、神は、そのままでは打撃武器としてしか使えない模造刀を源九郎に持たせるといった、呆れるようなミスは犯さなかったらしい。
いわゆる、打刀と呼ばれる形状の刀だった。
日本刀は元々、騎馬武者用に発達した武器で、太刀と呼ばれていた当時は、騎馬武者がすれ違いざまに敵をなで斬りするのに適するよう、強い湾曲がつけられていた。
しかし、時代が進んで、日本刀が歩兵戦で使われる機会が多くなってくると、その形状は歩兵戦で用いるのに適したものへと変化していった。
太刀にあった強い湾曲が小さくなり、刀身がまっすぐにのびるようになると、そういった日本刀は打刀と呼ばれるようになり、そして、幕末とよばれた武士の終幕の時代まで打刀が主に用いられていた。
源九郎が引き抜いた刀を自分の目線の高さまでかかげ、太陽の光に照らすと、曇り一つない刀身が鈍く光を反射した。
その刀身が放つ輝きは、この刀が相応の業物であることを物語っている。
全体のこしらえも、悪くない。
華美さのない素っ気ないものではあったが、握った時のバランスがよく、振るいやすいようによく調整されているものだとわかった。
丹念に鍛えられ、仕上げまで手を抜かずに作られた刀だった。
その刀を引き抜いた瞬間、周囲のすべての音が消えたような気がした。
春を感じさせるような暖かな陽光の下で、源九郎の刀は鈍く、冷たく輝いている。
錆びないようにきちんと手入れがされ、均一に油膜をまとった刀の表面は源九郎の顔が映るほどに磨かれており、それが実際に斬ることのできる武器であるということを静かに主張している。
その刀を、源九郎は正眼にかまえる。
麻痺の消えた左手は、しっかりと、その刀の柄を握りしめている。
そのことを確認した源九郎は、それから、スッ、と鋭く息を吸い込んでそれを肺の中にため込んだ。
一瞬の間。
「ィヤァッ! 」
そして、かけ声として、一気に吐き出す。
それから源九郎は、刀を振り上げ、上段にかまえ、それから、目の前にまるで斬るべきなにかが存在しているかのように深く鋭く踏み込みながら刀を振り下ろし、風を切るピッという歯切れのよい音を発しながら、虚空を斬り裂いた。
(ああ……、できる! 昔みたいに! )
刀を振り下ろした姿勢から正眼のかまえに戻りながら、源九郎は、手ごたえを感じていた。
田中 賢二が、立花 源九郎でいられなくなった後も。
源九郎はずっと、自身の肉体を鍛え続けていた。
もう2度と、自分は立花 源九郎になることはできない。
それがわかっていても、どうしても、自分が必死に、なりふりかまわずに、一心不乱に追い続けた夢をあきらめきれなかったからだ。
そして、鍛え続けられた源九郎の肉体は、確かに、自身が極めた殺陣の技を覚えていた。
今の、ほんの一瞬の動作だけで、源九郎はそのことを実感することができていた。
それから源九郎は、刀を静かに鞘へと納めると、それを、自身の腰に差した。
田中 賢二が憧れた、サムライ。
大小の刀を差し、背筋をのばし、まっすぐに前を見つめる源九郎の姿は、まさに、賢二が思い描いていたサムライそのものの姿であった。
「神様。
いい刀を、ありがとうございます」
それから源九郎は、神の方を振り向くと、ペコリ、と深く頭を下げて見せる。
『喜んでいただけたようで、なによりです』
そんな源九郎に、神は言葉少なに、だが嬉しそうな口調でそう言った。
『それより、源九郎。
サムライが使う、ええと……、日本刀、というものも一緒にご用意させていただいたのですが、いかがでしょうか?
大きなものと、小さなもの。
こちらも、あなたの記憶を頼りに、こちらの世界で入手できるものをご用意させていただきました。
あなたが寝転んでいた場所の、近くにあります』
神が話題を変えるようにそう言うと、源九郎は少し周囲を探して、すぐに、若草の上に二振りの刀が、鞘に納められた状態で置かれているのに気がついた。
本差しと脇差。
どちらも、黒塗りの鞘に納められていて、柄には笹浪組糸と呼ばれる組糸を使った摘巻が施されている。
鍔は飾りが一切なく、楕円形の簡素なものだ。
シンプルで、素っ気ない意匠の刀だった。
儀礼用だったり、高位の人物が用いたりする壮麗な外観の刀ではなかったが、立花 源九郎が世間から外れた貧乏浪人であったことを考えれば、ふさわしいとも言えるだろう。
意匠よりも、実用性に重点を置いた刀だというのは、握ってみなくともわかる。
摘巻という組糸の巻き方をすると、柄に凹凸をより強調して持たせることができ、組糸を巻きつけることで得られる滑り止めの効果がより高くなる。
実戦ではより強く滑り止めが働いてくれた方が使いやすいのだ。
持ち上げてみると、軽々としている。
日本刀は刀身と鍔と柄を合わせた全体で見ても、平均的に見て1キログラム前後にしかならないのだ。
源九郎はその刀を手にした時、それを初めて手にするような気がしなかった。
その刀は、田中 賢二が立花 源九郎を演じていた際に撮影で用いられていた刀とそっくりだったのだ。
源九郎の記憶から刀を選んだと神は言っていたが、本当に瓜二つのものを選んでくれていて、今の源九郎の手にもよくなじんだ。
だが、鞘から刀を引き抜いてみると、その刀身には本物の刃がついていた。
撮影で用いていたのは刃のない模造刀だったのだが、神は、そのままでは打撃武器としてしか使えない模造刀を源九郎に持たせるといった、呆れるようなミスは犯さなかったらしい。
いわゆる、打刀と呼ばれる形状の刀だった。
日本刀は元々、騎馬武者用に発達した武器で、太刀と呼ばれていた当時は、騎馬武者がすれ違いざまに敵をなで斬りするのに適するよう、強い湾曲がつけられていた。
しかし、時代が進んで、日本刀が歩兵戦で使われる機会が多くなってくると、その形状は歩兵戦で用いるのに適したものへと変化していった。
太刀にあった強い湾曲が小さくなり、刀身がまっすぐにのびるようになると、そういった日本刀は打刀と呼ばれるようになり、そして、幕末とよばれた武士の終幕の時代まで打刀が主に用いられていた。
源九郎が引き抜いた刀を自分の目線の高さまでかかげ、太陽の光に照らすと、曇り一つない刀身が鈍く光を反射した。
その刀身が放つ輝きは、この刀が相応の業物であることを物語っている。
全体のこしらえも、悪くない。
華美さのない素っ気ないものではあったが、握った時のバランスがよく、振るいやすいようによく調整されているものだとわかった。
丹念に鍛えられ、仕上げまで手を抜かずに作られた刀だった。
その刀を引き抜いた瞬間、周囲のすべての音が消えたような気がした。
春を感じさせるような暖かな陽光の下で、源九郎の刀は鈍く、冷たく輝いている。
錆びないようにきちんと手入れがされ、均一に油膜をまとった刀の表面は源九郎の顔が映るほどに磨かれており、それが実際に斬ることのできる武器であるということを静かに主張している。
その刀を、源九郎は正眼にかまえる。
麻痺の消えた左手は、しっかりと、その刀の柄を握りしめている。
そのことを確認した源九郎は、それから、スッ、と鋭く息を吸い込んでそれを肺の中にため込んだ。
一瞬の間。
「ィヤァッ! 」
そして、かけ声として、一気に吐き出す。
それから源九郎は、刀を振り上げ、上段にかまえ、それから、目の前にまるで斬るべきなにかが存在しているかのように深く鋭く踏み込みながら刀を振り下ろし、風を切るピッという歯切れのよい音を発しながら、虚空を斬り裂いた。
(ああ……、できる! 昔みたいに! )
刀を振り下ろした姿勢から正眼のかまえに戻りながら、源九郎は、手ごたえを感じていた。
田中 賢二が、立花 源九郎でいられなくなった後も。
源九郎はずっと、自身の肉体を鍛え続けていた。
もう2度と、自分は立花 源九郎になることはできない。
それがわかっていても、どうしても、自分が必死に、なりふりかまわずに、一心不乱に追い続けた夢をあきらめきれなかったからだ。
そして、鍛え続けられた源九郎の肉体は、確かに、自身が極めた殺陣の技を覚えていた。
今の、ほんの一瞬の動作だけで、源九郎はそのことを実感することができていた。
それから源九郎は、刀を静かに鞘へと納めると、それを、自身の腰に差した。
田中 賢二が憧れた、サムライ。
大小の刀を差し、背筋をのばし、まっすぐに前を見つめる源九郎の姿は、まさに、賢二が思い描いていたサムライそのものの姿であった。
「神様。
いい刀を、ありがとうございます」
それから源九郎は、神の方を振り向くと、ペコリ、と深く頭を下げて見せる。
『喜んでいただけたようで、なによりです』
そんな源九郎に、神は言葉少なに、だが嬉しそうな口調でそう言った。
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