58 / 226
:第1章 「令和のサムライと村娘、そしてとある村の運命」
・1-43 第59話 「最期の願い」
しおりを挟む
・1-43 第59話 「最期の願い」
「源九郎……様……ッ!
オラの……、オラの、ことはええんだ……ッ!
こんな、愚かで、バカな、年寄りのことなんか……! 」
長老は、カッ、と双眸を見開き、目尻から涙をこぼしながら、源九郎に必死にうったえかける。
「長老さん、しゃべったらダメだ!
今、血を止めるから! 」
源九郎は長老の無茶な行動をいさめながら、その手を振り払って止血するために上着を脱ごうとする。
しかし長老は、頑なに源九郎の手を放そうとしなかった。
「オラは、もう、ダメだ……。
自分で……、分かってんだ……。
だから、オラのことは、どうなってもええんだ!
源九郎様っ!
フィーナを……、オラの、大事な娘を……! 」
「フィーナ!? フィーナが、どうしたんですか!? 」
その長老の言葉に驚いた源九郎は、慌てて長老に耳をよせる。
(フィーナ……、確かに、洞窟では見かけなかった! )
洞窟の中は薄暗く、源九郎も目覚めたてではあったが、フィーナらしい少女の姿はなかった。
村人たちの多くは中年から老人ばかいで、子供の数は少ないから、すぐに見分けがつくはずなのだ。
「フィーナ……は……、野盗ども……が……」
「えっ!? 野盗どもに、捕まったんですか!? 」
「そうじゃ、ねぇ……。
あの子は……、自分、から……。
村の、ために。
オラの……、ために!
自分から、野盗どもの奴隷にでも何でもしてくれって、来たんだッ! 」
長老の震える声に、力がこもる。
その血走った双眸は源九郎のことは見ておらず、立ち上る煙に覆われた空へと向けられている。
おそらく、多量の出血によってもうほとんど長老の目は見えていないのだろう。
彼は、残されたわずかな時間を、自身の命を振り絞って、源九郎に最期の願いを伝えようとしている。
「お願ぇだ……、源九郎様ッ!
フィーナをッ、オラの、フィーナを! 救ってやってくんろ! 」
「ええ、もちろんです、長老さん!
絶対に、フィーナを助けます! 」
死んでいく長老に、その魂に届くように。
源九郎は自身も双眸から涙をとめどなくこぼしながら、声を張りあげる。
「野盗たちを、倒します!
そしてフィーナを、無事に連れ戻します!
この村を、俺が救います! 」
「源九郎……様……」
その声は、確かに長老の耳に届いたのだろう。
彼の声にはほんの少しだけ、安心したようになる。
源九郎は、もう長老の治療を試みようとはしなかった。
もはや手遅れなのは明らかであるうえに、長老は意外なほどの力強さで源九郎の手をつかみ続けているからだ。
自分の、言葉を。
最後に託す想いを。
余すことなく、源九郎に伝えたい。
すでに自身の死を悟り、受け入れている長老は、死の間際に源九郎に心の底から助けを求めていた。
「オラが……、オラが、全部、間違ぇたんだ……」
長老はまるで自身の罪を告白し、懺悔するように、声を振り絞る。
「野盗どもと、話し合いで解決できるって……。
奴らにも、人間らしい血が通ってるって……、情があるって、そう思っとっただ。
だけんど……、間違ッとった……。
奴ら、奴ら……、最初から、この村を焼き払う、つもりで……」
源九郎は一言も発せず、耳を澄ませている。
長老の言葉を一言一句聞き漏らすまいと、意識を集中する。
「アイツら……、タダの、賊じゃなかったんだ」
長老はそんな源九郎にすがりつきながら、真実を告げる。
「奴ら、外から来た……、この国をしっちゃかめっちゃかにして、かき乱すために差し向けられた……、敵、だったんだ……!
それなのに、オラは、オラは……!
しかも、フィーナまで……」
徐々に長老の言葉は、弱くなっていく。
その瞳からは輝きが失われ、源九郎の手をつかんでいる力も、失われていく。
「フィーナ……。
フィーナを……、助……け……」
そしてそこで、長老の声は途絶えた。
源九郎をつかんでいた手がするりと離れ、ドサリ、と地面の上に倒れる。
長老の双眸は、カッ、っと見開かれたままま。
その形相は、悔しさと、後悔と、心配とで歪んでいる。
「長老さん……、俺、約束します」
源九郎は、長老の耳にはもうどんな音も聞こえていないのだと理解しつつも、それでもそう言って、彼に約束をせずにはいられない。
「必ず、フィーナを助けます。
必ず、野盗どもを倒して、この村から追い出します。
必ず……、必ずッ! 」
涙が止まらなかった。
源九郎の双眸からは涙があふれ続け、その声は悲しみに震えている。
源九郎の目の前で、長老は息を引き取った。
彼は確かに野盗たちのことを見誤ったが、しかし、強い責任感を持ち、村のために自らの命を犠牲にするという覚悟を固めた、芯のある老人だった。
もっと早くに、源九郎に頼ってさえいれば。
そう思うと、源九郎の心は後悔であふれかえり、その感情は涙となってこぼれ落ちていく。
長老の遺体の横で、源九郎は膝をつき、うつむいて、泣き続けた。
こんなに泣いたことはおそらく、源九郎がまだ幼い子供だったころ以来だろう。
大人は、普通、泣くようなことはない。
特に、自分の夢に向かっていくことや、自分の果たすべき責任を背負っていく覚悟を固めた大人は、泣かない。
涙を流すことよりも、どうすれば自身の夢を叶えられるのか、果たすべき責任を全うできるかを考えるからだ。
泣けば確かに一時は楽になるのかもしれなかったが、それで目の前にある問題や課題が消えてなくなることはない。
だから涙を流さずに、しっかりと足を踏ん張って、歯を食いしばって進むのだ。
しかし源九郎は、いい歳のアラフォーのおっさんにもなって、泣いていた。
あまりにも過酷で、理不尽な運命。
その中で生き抜こうとして、失われた命。
それを救えなかった、守れなかった、自分。
悲しくて、悔しくて、あふれて来るその感情を涙によって出し切らなければ、源九郎は立ち上がれそうになかった。
「源九郎……様……ッ!
オラの……、オラの、ことはええんだ……ッ!
こんな、愚かで、バカな、年寄りのことなんか……! 」
長老は、カッ、と双眸を見開き、目尻から涙をこぼしながら、源九郎に必死にうったえかける。
「長老さん、しゃべったらダメだ!
今、血を止めるから! 」
源九郎は長老の無茶な行動をいさめながら、その手を振り払って止血するために上着を脱ごうとする。
しかし長老は、頑なに源九郎の手を放そうとしなかった。
「オラは、もう、ダメだ……。
自分で……、分かってんだ……。
だから、オラのことは、どうなってもええんだ!
源九郎様っ!
フィーナを……、オラの、大事な娘を……! 」
「フィーナ!? フィーナが、どうしたんですか!? 」
その長老の言葉に驚いた源九郎は、慌てて長老に耳をよせる。
(フィーナ……、確かに、洞窟では見かけなかった! )
洞窟の中は薄暗く、源九郎も目覚めたてではあったが、フィーナらしい少女の姿はなかった。
村人たちの多くは中年から老人ばかいで、子供の数は少ないから、すぐに見分けがつくはずなのだ。
「フィーナ……は……、野盗ども……が……」
「えっ!? 野盗どもに、捕まったんですか!? 」
「そうじゃ、ねぇ……。
あの子は……、自分、から……。
村の、ために。
オラの……、ために!
自分から、野盗どもの奴隷にでも何でもしてくれって、来たんだッ! 」
長老の震える声に、力がこもる。
その血走った双眸は源九郎のことは見ておらず、立ち上る煙に覆われた空へと向けられている。
おそらく、多量の出血によってもうほとんど長老の目は見えていないのだろう。
彼は、残されたわずかな時間を、自身の命を振り絞って、源九郎に最期の願いを伝えようとしている。
「お願ぇだ……、源九郎様ッ!
フィーナをッ、オラの、フィーナを! 救ってやってくんろ! 」
「ええ、もちろんです、長老さん!
絶対に、フィーナを助けます! 」
死んでいく長老に、その魂に届くように。
源九郎は自身も双眸から涙をとめどなくこぼしながら、声を張りあげる。
「野盗たちを、倒します!
そしてフィーナを、無事に連れ戻します!
この村を、俺が救います! 」
「源九郎……様……」
その声は、確かに長老の耳に届いたのだろう。
彼の声にはほんの少しだけ、安心したようになる。
源九郎は、もう長老の治療を試みようとはしなかった。
もはや手遅れなのは明らかであるうえに、長老は意外なほどの力強さで源九郎の手をつかみ続けているからだ。
自分の、言葉を。
最後に託す想いを。
余すことなく、源九郎に伝えたい。
すでに自身の死を悟り、受け入れている長老は、死の間際に源九郎に心の底から助けを求めていた。
「オラが……、オラが、全部、間違ぇたんだ……」
長老はまるで自身の罪を告白し、懺悔するように、声を振り絞る。
「野盗どもと、話し合いで解決できるって……。
奴らにも、人間らしい血が通ってるって……、情があるって、そう思っとっただ。
だけんど……、間違ッとった……。
奴ら、奴ら……、最初から、この村を焼き払う、つもりで……」
源九郎は一言も発せず、耳を澄ませている。
長老の言葉を一言一句聞き漏らすまいと、意識を集中する。
「アイツら……、タダの、賊じゃなかったんだ」
長老はそんな源九郎にすがりつきながら、真実を告げる。
「奴ら、外から来た……、この国をしっちゃかめっちゃかにして、かき乱すために差し向けられた……、敵、だったんだ……!
それなのに、オラは、オラは……!
しかも、フィーナまで……」
徐々に長老の言葉は、弱くなっていく。
その瞳からは輝きが失われ、源九郎の手をつかんでいる力も、失われていく。
「フィーナ……。
フィーナを……、助……け……」
そしてそこで、長老の声は途絶えた。
源九郎をつかんでいた手がするりと離れ、ドサリ、と地面の上に倒れる。
長老の双眸は、カッ、っと見開かれたままま。
その形相は、悔しさと、後悔と、心配とで歪んでいる。
「長老さん……、俺、約束します」
源九郎は、長老の耳にはもうどんな音も聞こえていないのだと理解しつつも、それでもそう言って、彼に約束をせずにはいられない。
「必ず、フィーナを助けます。
必ず、野盗どもを倒して、この村から追い出します。
必ず……、必ずッ! 」
涙が止まらなかった。
源九郎の双眸からは涙があふれ続け、その声は悲しみに震えている。
源九郎の目の前で、長老は息を引き取った。
彼は確かに野盗たちのことを見誤ったが、しかし、強い責任感を持ち、村のために自らの命を犠牲にするという覚悟を固めた、芯のある老人だった。
もっと早くに、源九郎に頼ってさえいれば。
そう思うと、源九郎の心は後悔であふれかえり、その感情は涙となってこぼれ落ちていく。
長老の遺体の横で、源九郎は膝をつき、うつむいて、泣き続けた。
こんなに泣いたことはおそらく、源九郎がまだ幼い子供だったころ以来だろう。
大人は、普通、泣くようなことはない。
特に、自分の夢に向かっていくことや、自分の果たすべき責任を背負っていく覚悟を固めた大人は、泣かない。
涙を流すことよりも、どうすれば自身の夢を叶えられるのか、果たすべき責任を全うできるかを考えるからだ。
泣けば確かに一時は楽になるのかもしれなかったが、それで目の前にある問題や課題が消えてなくなることはない。
だから涙を流さずに、しっかりと足を踏ん張って、歯を食いしばって進むのだ。
しかし源九郎は、いい歳のアラフォーのおっさんにもなって、泣いていた。
あまりにも過酷で、理不尽な運命。
その中で生き抜こうとして、失われた命。
それを救えなかった、守れなかった、自分。
悲しくて、悔しくて、あふれて来るその感情を涙によって出し切らなければ、源九郎は立ち上がれそうになかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる