殺陣を極めたおっさん、異世界に行く。村娘を救う。自由に生きて幸せをつかむ

熊吉(モノカキグマ)

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:第11章 「凱旋」

・11-7 第219話:「巫女の秘密」

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・11-7 第219話:「巫女の秘密」

 メイファ王国の王宮の敷地内で、騒々しい声が響く。

「お主ッ!!! 待てッ、待たぬかぁっ!!! 」
「ウッフフフフッ! 」

 散々徴発されて激高した珠穂が、楽しそうに笑いながら逃げていくルーンを鬼の形相で追って行く。
 ああ、なんという、屈辱的な仕打ちであっただろうか!
 エルフと人間は違う。
 この世界ではそれが常識であったが、しかし、このような格差が存在することが、許せるだろうか。
 たとえるならば。
 ルーンのそれは、天高くそびえる鋭鋒。夏でも雪が解けないような峻険な山であり、優美な曲線を誇らしげに見せつけている。
 対して、珠穂のそれは、ちょっとした遠足やハイキングに行くのにちょうどいいくらいのサイズでしかない。ひょっとすると、そこにそれがあると知らない旅人ならば気づかずに通過してしまうほどの……。
 どちらが良いか、悪いか、などというのは、それぞれの感性、好みでしかない。
 巫女は今までそういったことをさほど気にして来たつもりはなかった。人間の魅力というのは身体的な特徴ですべてが決まるわけではないし、年頃の女性として相応に、過酷な旅の中でできる限りの気配りもして来たから、自身の容貌(ようぼう)はまず、人に見せてもはばかりないモノだという自信もある。
 だが、どうだろうか。
 あの、源九郎の反応は。
 珠穂が身に着けて来た[常識]の範疇(はんちゅう)からすれば、公衆の面前で異性にべたべたとひっつくという態度は、あってはならないことだ。
 しかしそれはしょせん、他人がすること。果たすべき使命を持ち、長く旅をして、これからも旅をすることになる自分にとっては関係のないこと、内心で眉をひそめつつも黙っていれば、どこかに過ぎ去っていく[雑事]でしかなかった。
 そのはずなのだが、ルーンにひっつかれて、表面的には困っている様子を見せていたものの、内心ではだいぶ喜んでいる様子のサムライを見ていると、こう、胸の内がざわざわと波だって、普段の自分を保っていられなかったのだ。

(嫌だ、というのなら、もっとはっきりと拒絶すればよいではないか! )

 珠穂の怒りは、三割はルーンの非常識さ、二割は身体的な格差への羨望(せんぼう)、残りの五割は、煮え切らない態度を見せた大男の不純さに原因があった。
 この怒りを、いったい、どこにぶつければいいのか。
 なぜ、こんなにも心がざわついてしまうのか。
 いくらだらしなかろうが、それは、赤の他人。
 普通なら、気にも留めずに無視してしまえることのはずなのに、どうしてか、そうすることができない。
 巫女は、実は自分でもなにがなんだか訳が分からないままに、ただ、エルフの魔術師のことを追っている。
 ———だが、不意にその追いかけっこは終わった。

「ぬわっ!? 」

 身長差のために速度が足りず、少し引き離されたことに慌て、急いで角を曲がった先で待ちかまえていたルーンに、珠穂は停止するのが間に合わずにもろにぶつかってしまった。
 緑髪のエルフはスラリとした長身で、パワフルな印象はまったくなかったが、こうなることを予期していたのかほとんど動じず、自身の胸の中に飛び込んで来た巫女のことをぎゅぅ、と抱きしめて来る。

「ごめ、ん……な、さ、い」

 離せ、と大暴れする前に聞こえてきたのは、そんな、謝罪の言葉。
 それも、やけに深刻で、心のこもったものだった。

「な、なんじゃ……? 急に」

 そう戸惑った一瞬の隙に。
 ルーンは珠穂のことを抱きしめたまま、素早く、その編み笠をずらしていた。
 ———あらわになるのは、美しい黒髪。
 そして、ピンと立った、二つの獣耳(ケモミミ)。
 その、これまで巫女が頑なに隠そうとしていたものが姿を見せたのは、ほんの一、二秒のことでしかなかった。すぐに編み笠は元の位置に戻されている。
 どうやらエルフはそのことを確かめたかっただけで、その秘密を周囲に赤裸々に見せつけたいわけではないらしい。そしておそらく、徴発して控えの間から誘い出したのも、こっそりとこの確認の作業をするためだったのだろう。

「ん……なっ!? 」

 声が、出てこない。
 必死に、なりふりかまわずに隠し続けてきた秘密を知られて、どうしたらいいのかわからない。

「……ごめ、ん……ね? 」

 そんな珠穂のことを、ルーンはあらためて、強く抱きしめていた。
 まるで、母親が、辛い目に遭ってしまった子供を慈しんで、慰めるように。

「あな……た、の、その……、姿。私……の、エルフ、の、力……で、も、どう、す……る、こと、も……、でき……な、い、の」

 胸の内に渦巻いていた怒りも忘れて、巫女は、無言でその言葉に聞き入る。

「それ……、は、魔法……と、は、違う。呪……い、の、力……。呪……い、は、解呪……の、条件、が、わか……ら、な、い……と、ダ、メ」
「……そのようなこと、わかっておる」

 珠穂はルーンの胸の中でそっと目を閉じて、しみじみとした口調で呟いていた。
 そう。
 彼女は知っている。
 自身の身体に起こり、現在進行形で続いている変化の正体も、それをもたらしたモノがなんであるのかも。
 だから、これまで旅をして来た。
 懐かしい故郷を、そこで一生を過ごすのだと幼心に思っていた場所から、家族から離れ、一人と一匹で海を渡り、広大な大陸をあてもなくさまよい、横断し、それでも終わることのない、果ての見えない旅を。
 身体が、少しずつ人間から、獣へと変わっていく、呪い。
 それを解き、そして、この恐るべき呪縛をもたらした存在との決着をつけるために、あらゆる辛苦を乗り越えてきたのだ。
 だが、少しだけ、エルフには期待していた。
 古の時代から生き続けている、長命で、強力な魔法の力を持った、生きた伝説と呼べる種族ならば、この呪いも解くことができてしまうのではないか。
 それを、ルーンは見抜いていたのかもしれない。
 二回、くりかえされたごめんねの言葉。
 そこには、これから珠穂の秘密を暴くこと、そして、それを自分の力ではどうすることもできないことへの謝罪が含まれていたのだろう。

「耳……は、い……つ、から? 」
「呪いを受けてから、一年ほど経ってからじゃ。……今では、人間の方の耳はほとんど聞こえておらぬ」

 そっとルーンの手が珠穂の髪をかき分け、退化しつつある人間の耳の部分に触れる。
 すると、編み笠の下で、新たな感覚器官となった獣耳(けもみみ)が、ぴくぴくと動いた。
 もはや、自分が人間ではなくなりつつある、なによりの証拠。
 人間の部分よりも獣の部分の方が、意識と連動するようになっている。

「案ずるな、ルーン殿。……これは、わらわが解決しなければならぬことだというのは、とうに覚悟しておる」

 それは、その言葉通りの覚悟のあらわれか。
 あるいは、諦めか。
 巫女はそっとエルフから身体を離すと、心苦しそうなルーンの表情を見上げ、悲壮な笑顔を見せていた。
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