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:第11章 「凱旋」
・11-6 第218話:「ギスギス」
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・11-6 第218話:「ギスギス」
少女二人が仲良くキャッキャしながらおめかしをしているころ。
源九郎がラウルに案内されて導かれた控室は、気まずい、ギスギスとした空気に包まれていた。
王宮の中の、客人のための部屋だ。内装は抜群に良い。
壁の表面は漆喰で滑らかに仕上げられ、床はツヤツヤと輝くタイルで覆われ、天井には飾り板が張られていて、建物を支える武骨な骨組みはまったく見えない。側面には大きなガラス窓があって、燦々(さんさん)とした太陽光をふんだんに取り入れ、部屋全体を明るくしてくれている。その向こう側には中庭が見えていて、放し飼いにされているクジャクの様な鳥がカラフルな美しい尾羽を広げていた。
家具も一級品だ。どれも良質な木材を隙間なく正確に組み合わせ、表面をやすりで丁寧に仕上げている。使い込まれているのか、何重にも塗り重ねられ、染みこんだワックスが重厚な輝きを生み出している。
客人のために用意されたソファは、本革の下にたっぷりとクッションの入った座り心地の良いものだ。横になれるほどの長ソファが一組あって、その中央に大理石で天板が作られたテーブルがある。その上には、どこから買いつけたのか、異国の色とりどりなフルーツの盛り合わせと、銀のティーセット、そして人数分のハーブティーまで用意され、爽やかな香りを漂わせてくれている。
快適な空間。
おそらく、令和の時代の日本でも、これほどの内装の部屋は滅多にお目にかかれないはずだった。
しかし、それでも空気が重苦しいのは、———源九郎……、に、べたべたとひっついているエルフが原因だった。
「あの……、ルーン、さん? そろそろ、離れてくれねぇかな? 」
「ん……? なん、で……? 」
「いや、だって、ほら……」
向けられている視線が、とても痛い。
特に、斜め真向かいに腰かけている珠穂が、こんな時でも外さない編み笠の下から向けている三白眼が、サムライを射殺したいのかと思われるほどにグサグサと突き刺さっている。
彼女の機嫌が悪いのは、源九郎とルーンの距離感が近すぎるせいらしかった。
これから王族と会食しようかという時にそんな態度を取るなんて非常識だ、というものだけではなく、様々な感情の入り混じった複雑な殺気が向けられている。
ちなみに、正面にいる獣人のラウルは、積極的に関わり合いになりたくないと身を縮こまらせて視線を明後日の方に向けている。小夜風(さよかぜ)はなんだかおっかなさそうに、珠穂の足元で伏せて聞き耳だけを立てていた。
「こ、これから、王様に会うんだし、もっと、こう、落ち着いて話とかしたくありません? 」
「べつ……に? 私、は……、これ、で、普通……、に、お話……でき、る、け……ど? 」
冷や汗を浮かべている源九郎に、ルーンは怪訝(けげん)そうな顔を向ける。
彼女のこのような態度は、今に始まったわけではなかった。
帰りの馬車では間にフィーナが間にいたからこんなにべったりとくっついてはいなかったのだが、それ以外の時、食事とか、宿に宿泊する際には、こんな風に距離を詰めて来る。
男性と、女性、ではある。
だが、特にそういった、色っぽい意味がある行為ではなかった。
なんというか、お気に入りのモノを常に肌身離さずに持っていたい。
そんな感じなのだ。
自称、千年は生きているというエルフからすると、アラフォーのおっさんといえど赤子に等しい存在に過ぎない。
要するに庇護して愛でる対象であり、人間が動物や植物を愛でるような感覚で接している。
もっとも、源九郎の方は落ち着いていられなかった。
弾力と張りのある豊満な肉丘が、ふたつ。
ずっしりと押しつけられているせいだ。
元々、ルーンのスタイルがいい、というのは分かっていた。
余裕のあるローブを身に着けていたからはっきりとは分からなかったが、その顔立ちといい、スラリとした長身といい、曲線美といい、まるで絵画に空想上の理想の一つを描いた姿が実体となって存在しているかのような印象だった。
そうした蠱惑的(こわくてき)な雰囲気には、彼女が持っている強力な魔力、といのも関わっているそうなのだが、というのも関わっているそうなのだが、それを抜きにしても、こうして身体を密着させられているのは大問題だった。
———凶器。
そう、まさに今、源九郎は恐るべきモノの感触を突きつけられているのである。
そして珠穂には、サムライの姿勢が若干前かがみ気味になっている理由が分かっているのだろう。
その視線は、絶対零度とはこんな感じだろうと想像させられるほど怜悧(れいり)なものだった。
「い、いや、ルーンさん? こういう場でべたべたひっつくのって、人間の社会ではあり得ないことなんですよ……」
「そう……、な、の……? 」
「そ、そうなんですよ。ほら、さっきから、こう、珠穂さんが、睨んでるじゃないっすか? 」
「……むぅ」
源九郎が声を震わせながら、できる限り平然を装って声を振り絞ると、ルーンは納得していない様子で唇を尖らせたが、それでも「そういうものか」と理解して、身体を離してくれた。
ほっとしたのも、束の間。
なにを思ったのか知らないが、エルフは軽やかな足取りで巫女の方に向かって行く。
「な、なんじゃ、お主!? 」
「ちょっと……、確かめ、た、い」
警戒した声をあげる珠穂にそう言うと、ルーンは背後に回り込む。
そしておもむろにのしかかったのだ。
源九郎に突きつけられていた凶器が、編み笠の上からずっしりとした重みを加える。
「ふ……う……。やっ……ぱ、り、ちょう、ど、い……い、高……さ。ラク……チ、ン♪ 」
「……? 」
ひどく満足そうなエルフの言葉に、巫女は意味が分からずにいぶかしんでいる。
だが、すぐに自分の首にかかっている重みの正体に気づくと、その表情はみるみる怒りと屈辱(くつじょく)に染まっていった。
「きっ、貴ッ様ァッッッ!!! 」
激高して珠穂が立ち上がるのと、ひらりと身をかわしたルーンが楽しそうに笑いながら逃げ出すのは、同時だった。
部屋の外に飛び出していく二人。慌てて追いかけようとした小夜風(さよかぜ)の目の前でバタンと無情に扉が閉まり、怒鳴り声と笑い声、バタバタとした足音が遠ざかっていくと、残された男二人と一匹はそれぞれ別の理由で、深々とした溜息を吐いていた。
少女二人が仲良くキャッキャしながらおめかしをしているころ。
源九郎がラウルに案内されて導かれた控室は、気まずい、ギスギスとした空気に包まれていた。
王宮の中の、客人のための部屋だ。内装は抜群に良い。
壁の表面は漆喰で滑らかに仕上げられ、床はツヤツヤと輝くタイルで覆われ、天井には飾り板が張られていて、建物を支える武骨な骨組みはまったく見えない。側面には大きなガラス窓があって、燦々(さんさん)とした太陽光をふんだんに取り入れ、部屋全体を明るくしてくれている。その向こう側には中庭が見えていて、放し飼いにされているクジャクの様な鳥がカラフルな美しい尾羽を広げていた。
家具も一級品だ。どれも良質な木材を隙間なく正確に組み合わせ、表面をやすりで丁寧に仕上げている。使い込まれているのか、何重にも塗り重ねられ、染みこんだワックスが重厚な輝きを生み出している。
客人のために用意されたソファは、本革の下にたっぷりとクッションの入った座り心地の良いものだ。横になれるほどの長ソファが一組あって、その中央に大理石で天板が作られたテーブルがある。その上には、どこから買いつけたのか、異国の色とりどりなフルーツの盛り合わせと、銀のティーセット、そして人数分のハーブティーまで用意され、爽やかな香りを漂わせてくれている。
快適な空間。
おそらく、令和の時代の日本でも、これほどの内装の部屋は滅多にお目にかかれないはずだった。
しかし、それでも空気が重苦しいのは、———源九郎……、に、べたべたとひっついているエルフが原因だった。
「あの……、ルーン、さん? そろそろ、離れてくれねぇかな? 」
「ん……? なん、で……? 」
「いや、だって、ほら……」
向けられている視線が、とても痛い。
特に、斜め真向かいに腰かけている珠穂が、こんな時でも外さない編み笠の下から向けている三白眼が、サムライを射殺したいのかと思われるほどにグサグサと突き刺さっている。
彼女の機嫌が悪いのは、源九郎とルーンの距離感が近すぎるせいらしかった。
これから王族と会食しようかという時にそんな態度を取るなんて非常識だ、というものだけではなく、様々な感情の入り混じった複雑な殺気が向けられている。
ちなみに、正面にいる獣人のラウルは、積極的に関わり合いになりたくないと身を縮こまらせて視線を明後日の方に向けている。小夜風(さよかぜ)はなんだかおっかなさそうに、珠穂の足元で伏せて聞き耳だけを立てていた。
「こ、これから、王様に会うんだし、もっと、こう、落ち着いて話とかしたくありません? 」
「べつ……に? 私、は……、これ、で、普通……、に、お話……でき、る、け……ど? 」
冷や汗を浮かべている源九郎に、ルーンは怪訝(けげん)そうな顔を向ける。
彼女のこのような態度は、今に始まったわけではなかった。
帰りの馬車では間にフィーナが間にいたからこんなにべったりとくっついてはいなかったのだが、それ以外の時、食事とか、宿に宿泊する際には、こんな風に距離を詰めて来る。
男性と、女性、ではある。
だが、特にそういった、色っぽい意味がある行為ではなかった。
なんというか、お気に入りのモノを常に肌身離さずに持っていたい。
そんな感じなのだ。
自称、千年は生きているというエルフからすると、アラフォーのおっさんといえど赤子に等しい存在に過ぎない。
要するに庇護して愛でる対象であり、人間が動物や植物を愛でるような感覚で接している。
もっとも、源九郎の方は落ち着いていられなかった。
弾力と張りのある豊満な肉丘が、ふたつ。
ずっしりと押しつけられているせいだ。
元々、ルーンのスタイルがいい、というのは分かっていた。
余裕のあるローブを身に着けていたからはっきりとは分からなかったが、その顔立ちといい、スラリとした長身といい、曲線美といい、まるで絵画に空想上の理想の一つを描いた姿が実体となって存在しているかのような印象だった。
そうした蠱惑的(こわくてき)な雰囲気には、彼女が持っている強力な魔力、といのも関わっているそうなのだが、というのも関わっているそうなのだが、それを抜きにしても、こうして身体を密着させられているのは大問題だった。
———凶器。
そう、まさに今、源九郎は恐るべきモノの感触を突きつけられているのである。
そして珠穂には、サムライの姿勢が若干前かがみ気味になっている理由が分かっているのだろう。
その視線は、絶対零度とはこんな感じだろうと想像させられるほど怜悧(れいり)なものだった。
「い、いや、ルーンさん? こういう場でべたべたひっつくのって、人間の社会ではあり得ないことなんですよ……」
「そう……、な、の……? 」
「そ、そうなんですよ。ほら、さっきから、こう、珠穂さんが、睨んでるじゃないっすか? 」
「……むぅ」
源九郎が声を震わせながら、できる限り平然を装って声を振り絞ると、ルーンは納得していない様子で唇を尖らせたが、それでも「そういうものか」と理解して、身体を離してくれた。
ほっとしたのも、束の間。
なにを思ったのか知らないが、エルフは軽やかな足取りで巫女の方に向かって行く。
「な、なんじゃ、お主!? 」
「ちょっと……、確かめ、た、い」
警戒した声をあげる珠穂にそう言うと、ルーンは背後に回り込む。
そしておもむろにのしかかったのだ。
源九郎に突きつけられていた凶器が、編み笠の上からずっしりとした重みを加える。
「ふ……う……。やっ……ぱ、り、ちょう、ど、い……い、高……さ。ラク……チ、ン♪ 」
「……? 」
ひどく満足そうなエルフの言葉に、巫女は意味が分からずにいぶかしんでいる。
だが、すぐに自分の首にかかっている重みの正体に気づくと、その表情はみるみる怒りと屈辱(くつじょく)に染まっていった。
「きっ、貴ッ様ァッッッ!!! 」
激高して珠穂が立ち上がるのと、ひらりと身をかわしたルーンが楽しそうに笑いながら逃げ出すのは、同時だった。
部屋の外に飛び出していく二人。慌てて追いかけようとした小夜風(さよかぜ)の目の前でバタンと無情に扉が閉まり、怒鳴り声と笑い声、バタバタとした足音が遠ざかっていくと、残された男二人と一匹はそれぞれ別の理由で、深々とした溜息を吐いていた。
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