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アリシア
第8話
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「…おい、勝手に俺の婚約者に触れるな。」
リィルがアリシアの体を抱き寄せて、ライラックと距離を取る。それをほんの少しだけ残念に思ってしまったアリシアは頭を振って気持ちを切り替える。
(私ったら初めて会った男性にこんな気持ちになるなんて。はしたないわ。)
緩んでしまいそうになる口元をキュッと引き締めて、アリシアはリィルに体を寄せてライラックに視線を向ける。
「宝石商とはどんなお仕事ですか?私はあまり外に出ないものですから世事に疎くて。」
アリシアが聞くと、ライラックは目を細め、まるで愛しい人でも見るようにアリシアを見る。
「私は美しい宝石を求めて各国を回っております。良い石があれば買い付けて、顧客に見せて売って回るというようなことを繰り返しております。」
「そうか。では、このアリシアにぴったりの宝石はあるか?」
ライラックの話を聞いていたリィルが小馬鹿にしたような表情で尋ねる。アリシアは咎めるようにリィルを見るが、彼は肩をすくめてさらに強くアリシアを抱き寄せる。
アリシアの胸元には、リィルから贈られた大きなブラックダイヤモンドのネックレスが輝いている。貴族でも手が出ないような高額な宝石を、王女であるミリオンネのつてで手に入れたものだ。一介の宝石商が手に入れられる宝石でこのネックレスを超えられるものなどない。それを分かってリィルはライラックをけしかけたのだ。
「もう、リィルったら。ごめんなさいね、ライラック様。どうか悪く思わないで。この人ってすぐに人を挑発するようなところがあるから…。」
「ございますよ。」
「え?」
ライラックの言葉が理解できずにアリシアが首を傾げる。それを見てクスッと笑ったライラックはもう一度言葉を繰り返す。
「ございます。アリシア様にぴったりの宝石が。」
「…ほぉ。」
ライラックの言葉にリィルが苛立たしげに片眉を上げる。低くなったリィルの声を聞いて、彼の機嫌が急降下したことが分かったアリシアは、そんな雰囲気を誤魔化すように笑った。
「ふふ。ありがとう、ライラック様。でも結構よ。私にはリィルが贈ってくれたピッタリの宝石があるの。」
アリシアが胸元のブラックダイヤモンドを触りながら微笑む。
「いいじゃないか、アリシア。こいつが言ったんだ。さぁ、ライラックとやら。アリシアにぴったりの宝石とやらを出してみろ。このブラックダイヤモンドよりも価値があるものがあればだがな!」
あからさまに嘲笑するリィルにアリシアは少しだけ顔を顰める。ライラックもライラックだ。何とかこの場を収めようとしたのに、なぜリィルを煽るようなことを言うのか。
アリシアの不満そうな視線を受けてもライラックは平然としている。
「承知いたしました。では…。」
ライラックが胸元に手を入れて取り出したのは赤いベルベットのリングケースだった。それをアリシアたちに見えないように開けると、手のひらに隠したままアリシアに歩み寄る。
「お手を…。」
「え、えぇ。」
アリシアはライラックに手を差し出す。リィルは気に入らないようで口を開こうとしたが、それをアリシアが止めた。
「どんな宝石が気になるわ。」
「…分かった。」
アリシアが視線で先を促す。するとライラックは顔を上げて、アリシアをまっすぐに見つめてくる。アリシアの胸は先ほどのように高鳴る。
「愛しい俺の子猫。お前は気ままな子猫ちゃんなのに、こんなところで籠にしまわれてたら病気になっちまう。…前は婚約破棄なんかして悪かったな。ただお前を守りたい一心だった。でもそれは俺の傲慢だったよ。お前は守られるだけの女じゃない。いつだって自分で道を切り開いていく女だ。そんなお前だから俺は惚れたんだ。…アリアネス・バレンターレ。どうか俺と結婚してくれ。これ以上にお前にピッタリの宝石なんかないさ。」
ライラックがアリシアの指にはめたのは美しいダイヤモンドが輝く婚約指輪だった。
「あなたは…!」
アリシアの頭がズキズキと痛み出す。
「戻ってこい、アリアネス。」
違う。この人はライラックじゃない。もっとカッコよくて素敵な名前があったはず。
「あなたは…。」
「アリアネス…。」
「おーっと、そこまでた。」
「っ!!!くそ!!!」
ライラックがアリシアを抱きしめようとするが、直前でライラックの身体が動かなくなる。よく知った声にアリシアが振り向くとそこにはバライカがいた。
「オルドネア騎士団長がこんなところまでノコノコと。そんなにアリシアが大事かい?」
「黙れ!アリアネスをそんな名前で呼ぶな!」
「ふふ。君さえいなければオルドネアなんて大したことないんだよ。ミリアンネに行って総攻撃に移らせよう。」
「バライカ…?」
幼い執事の大人びた言動にアリシアが困惑する。バライカはリィルに歩み寄ると、その頬を強い力で叩いた。
「リィル!」
「何をしてるんだお前は。こんな至近距離までアリシアに接近されるなんて、騎士団長を返上させてもいいんだぞ?」
「申し訳ありません…。」
顔を真っ青にして俯くリィルにアリシアが駆け寄ろうとするが、その前にバライカが近寄ってくる。
「バライカ、これは!」
「アリシアは眠るんだ。起きたら全て忘れているよ。」
「あっ…。」
突然意識が遠くなる。遠くでライラックが自分を呼ぶ声がするが、アリシアは眠気に抗うことができなかった。
リィルがアリシアの体を抱き寄せて、ライラックと距離を取る。それをほんの少しだけ残念に思ってしまったアリシアは頭を振って気持ちを切り替える。
(私ったら初めて会った男性にこんな気持ちになるなんて。はしたないわ。)
緩んでしまいそうになる口元をキュッと引き締めて、アリシアはリィルに体を寄せてライラックに視線を向ける。
「宝石商とはどんなお仕事ですか?私はあまり外に出ないものですから世事に疎くて。」
アリシアが聞くと、ライラックは目を細め、まるで愛しい人でも見るようにアリシアを見る。
「私は美しい宝石を求めて各国を回っております。良い石があれば買い付けて、顧客に見せて売って回るというようなことを繰り返しております。」
「そうか。では、このアリシアにぴったりの宝石はあるか?」
ライラックの話を聞いていたリィルが小馬鹿にしたような表情で尋ねる。アリシアは咎めるようにリィルを見るが、彼は肩をすくめてさらに強くアリシアを抱き寄せる。
アリシアの胸元には、リィルから贈られた大きなブラックダイヤモンドのネックレスが輝いている。貴族でも手が出ないような高額な宝石を、王女であるミリオンネのつてで手に入れたものだ。一介の宝石商が手に入れられる宝石でこのネックレスを超えられるものなどない。それを分かってリィルはライラックをけしかけたのだ。
「もう、リィルったら。ごめんなさいね、ライラック様。どうか悪く思わないで。この人ってすぐに人を挑発するようなところがあるから…。」
「ございますよ。」
「え?」
ライラックの言葉が理解できずにアリシアが首を傾げる。それを見てクスッと笑ったライラックはもう一度言葉を繰り返す。
「ございます。アリシア様にぴったりの宝石が。」
「…ほぉ。」
ライラックの言葉にリィルが苛立たしげに片眉を上げる。低くなったリィルの声を聞いて、彼の機嫌が急降下したことが分かったアリシアは、そんな雰囲気を誤魔化すように笑った。
「ふふ。ありがとう、ライラック様。でも結構よ。私にはリィルが贈ってくれたピッタリの宝石があるの。」
アリシアが胸元のブラックダイヤモンドを触りながら微笑む。
「いいじゃないか、アリシア。こいつが言ったんだ。さぁ、ライラックとやら。アリシアにぴったりの宝石とやらを出してみろ。このブラックダイヤモンドよりも価値があるものがあればだがな!」
あからさまに嘲笑するリィルにアリシアは少しだけ顔を顰める。ライラックもライラックだ。何とかこの場を収めようとしたのに、なぜリィルを煽るようなことを言うのか。
アリシアの不満そうな視線を受けてもライラックは平然としている。
「承知いたしました。では…。」
ライラックが胸元に手を入れて取り出したのは赤いベルベットのリングケースだった。それをアリシアたちに見えないように開けると、手のひらに隠したままアリシアに歩み寄る。
「お手を…。」
「え、えぇ。」
アリシアはライラックに手を差し出す。リィルは気に入らないようで口を開こうとしたが、それをアリシアが止めた。
「どんな宝石が気になるわ。」
「…分かった。」
アリシアが視線で先を促す。するとライラックは顔を上げて、アリシアをまっすぐに見つめてくる。アリシアの胸は先ほどのように高鳴る。
「愛しい俺の子猫。お前は気ままな子猫ちゃんなのに、こんなところで籠にしまわれてたら病気になっちまう。…前は婚約破棄なんかして悪かったな。ただお前を守りたい一心だった。でもそれは俺の傲慢だったよ。お前は守られるだけの女じゃない。いつだって自分で道を切り開いていく女だ。そんなお前だから俺は惚れたんだ。…アリアネス・バレンターレ。どうか俺と結婚してくれ。これ以上にお前にピッタリの宝石なんかないさ。」
ライラックがアリシアの指にはめたのは美しいダイヤモンドが輝く婚約指輪だった。
「あなたは…!」
アリシアの頭がズキズキと痛み出す。
「戻ってこい、アリアネス。」
違う。この人はライラックじゃない。もっとカッコよくて素敵な名前があったはず。
「あなたは…。」
「アリアネス…。」
「おーっと、そこまでた。」
「っ!!!くそ!!!」
ライラックがアリシアを抱きしめようとするが、直前でライラックの身体が動かなくなる。よく知った声にアリシアが振り向くとそこにはバライカがいた。
「オルドネア騎士団長がこんなところまでノコノコと。そんなにアリシアが大事かい?」
「黙れ!アリアネスをそんな名前で呼ぶな!」
「ふふ。君さえいなければオルドネアなんて大したことないんだよ。ミリアンネに行って総攻撃に移らせよう。」
「バライカ…?」
幼い執事の大人びた言動にアリシアが困惑する。バライカはリィルに歩み寄ると、その頬を強い力で叩いた。
「リィル!」
「何をしてるんだお前は。こんな至近距離までアリシアに接近されるなんて、騎士団長を返上させてもいいんだぞ?」
「申し訳ありません…。」
顔を真っ青にして俯くリィルにアリシアが駆け寄ろうとするが、その前にバライカが近寄ってくる。
「バライカ、これは!」
「アリシアは眠るんだ。起きたら全て忘れているよ。」
「あっ…。」
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