捨てられ伯爵令嬢は野獣に勝てるか

アリシア

第10話

「あの女は俺のものだ！どうだ？随分と従順な女になっただろう？お転婆なアリアネスよりもずっと可愛らしくて愛らしい。本当はお前もあんな女になって欲しかったんじゃないのか？」

　リィルがペラペラと言葉を吐き出す。ラシードはそれを黙って聞いていた。それを肯定と受け取ったリィルは嬉しそうに楽しそうにラシードを見る。

「ははっ！図星か？やっぱりそうだ！女という生き物は男に寄り添ってこそ輝く。自分で輝こうなどと賢しらなことをするからこんなことになるんだよ！」

　リィルがラシードに至近距離まで顔を近づけニマニマと笑う。




「ぐぅあっ！」



　そんなリィルに、ラシードは体を縛られたまま頭突きをかました。鼻から血を吹き出して後ずさったリィルは、自分の血を見て顔を真っ赤にする。

「貴様ぁ！」

　そしてラシードの頬を何回も殴りつけた。はぁはぁと息が上がったところでやっとリィルの動きが止まる。何度も殴りつけられたラシードの頬は赤くなり、口からは少しの血を流している。

「くそ！どうだ、少しは大人しく…。」




「アリアネスは従順な方が愛らしいだと？本当に馬鹿だなお前は。アリアネスの魅力を何にもわかっちゃいねぇ。」

　まだ口を開くかと、リィルが拳を構える。しかし、ラシードの燃えるような瞳で強く睨みつけられてぴたりと動けなくなってしまった。

「アリアネスは自由だ。男にも妖精にだって縛られるような奴じゃない。…いいか？無知なお前に教えといてやる。男とか女とかそんなことは関係ないんだよ。人は自由なんだ。己のわがままで愛する女を縛るような幼稚な真似はやめるんだな、坊主。」

「っ！！どうやら死にたいらしいな、ラシード・コネリオン！」

　リィルは腰につけた剣を引き抜いてラシードの首に切先を当てる。

「減らず口を叩いたことを後悔するがいい！！」

　リィルが剣を振り下ろす。





「何を勝手なことをしてるんだ、君は。」

「っぁ！」


　

　両手から黒い炎が上がったかと思うと、リィルが剣を取り落とす。そして地下牢にバライカとミリアンネが入ってきた。

「こいつの処分は僕が決める。何を勝手に殺そうとしている？」

「…申し訳ありません。」

　リィルが悔しそうな表情で謝る。バライカは呆れたようにため息を吐いた後、ラシードに向き直った。


「君には僕が最高の死場所を用意してあげたんだ。ラシード、君はアリアネスが見守る中、処刑台で首を切られて死ぬ。多くの見物客に眺められながら無様な最後を遂げるがいいよ。君が死ねばきっとファニアも目を覚ましてくれるさ。」

　ケラケラと笑ってバライカが部屋を出ていく。リィルもその後を追って地下牢から出ていった。残ったのはラシードとミリアンネのみ。





「これでいいのか、マゴテリア王よ。」

　ラシードの言葉にミリアンネは力無く首を横に振る。




「愚かな女と罵ってもらっても構わない。それでも、私は！！！」

　ぐっと手のひらから血が出るほど拳を握りしめたミリアンネは早足で地下牢を出る。ふーっと長いため息を吐いたラシードは天を仰いだ。



「アリアネス…。」



　小さな呟きは地下牢の暗い影に吸い込まれた。