落ちこぼれβの恋の諦め方

めろめろす

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第一部

第1話

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 初めて彼を見た時に、年甲斐もなく動悸が激しくなったことを覚えている。身長はすらりと高いのに、スーツの上からでもしっかり筋肉がついていることが分かる極上の身体。意志の強そうな太めの眉に切れ長の瞳。清潔感のある黒髪の短髪で、肌は健康的に焼けている。わざわざ聞かなくても、彼が生まれつきの王者、α(アルファ)であることをその出で立ちだけで示していた。

 

「今日からお世話になります、瀬尾時宗(せお・ときむね)です。右も左も分からないひよっこですので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。」

 

 10歳も年下なのに、自分なんかよりずっと落ち着いている低い声と、堂々とした態度。ただ挨拶をしただけなのに、彼が一瞬でフロア全員をとりこにしてしまったことに気づく。誰も彼もが、彼に話しかけたくて仲良くなりたくてうずうずした表情を隠せていないからだ。

 

「それじゃあ、瀬尾の世話は・・・。」

 

 部長がキョロキョロとフロアを見渡す。ぽーっと浮かされたように彼を見つめていた女性も男性もはっと我に返る。お世話係として立候補したい。でも、なんだかガツガツしてるみたいに思われたくない。できれば課長に指名されて、自然にお近づきになりたい。

 

 彼らのそんな気持ちが伝わってくる。彼に好かれたいという気持ちから誰も動くことができないのだ。でもきっとそれが正解だ。自然にお世話係になり、自然に仲良くなるのが正解だったのだ。なのに、馬鹿な自分は、本当に馬鹿な自分は、当時はそんなところまで考えが及ばなかった。

 

 

「はい!!俺がやります!まかせてください、部長!!」

 

 

 フロアの全員が引くほどに大きな声を出しながら勢いよく立ち上がったのが、山口幸尚(やまぐち・ゆきなお)。そう俺だったのだ。

 

 

 

 

 

 とにかく頑張ってきた人生だった。もともと猪突猛進型で、当たって砕けろをモットーに、人生の荒波を乗り越えてきた。頭はそんなに良くなかったが、勉強に勉強を重ね、名の知られている難関大学に合格、インターンシップや企業研究、OB・OG訪問を重ね、日本有数の大企業である「遊馬商事」に内定をもらった。入社してからは少しでも早く上に行こうと、寝る間を惜しんで仕事をしてきた。

 

 どうしてそんなに頑張るのかといえば、きっと自分が持つ「βである」というコンプレックスが理由だろう。

 

この世には、男女の性別のほかに、α(アルファ)、β(ベータ)、Ω(オメガ)という第2の性が存在する。αは人数が少なく、社会的・職業的に地位が高いものが多い。見た目も非常に良く、生まれながらの強者だ。その対となるのがΩだ。10代後半を過ぎると「ヒート」 と呼ばれる発情期が現れるようになる。本人の意思に関係なく、人によるが1ヶ月ごとに、約1週間ほど強いフェロモンを発するようになる。人口はαと同様に少なく、見目麗しい容姿をしているものがほとんどだ。

そして、一番人数が多く、一番特徴がないのがベータだ。普通の男女と変わらず、発情期も存在しない。αやΩのように「運命のつがい」なんてものはおらず、βはβ同士で結婚し、βの子供を産むのが普通だ。

 

しかし、自分はαとΩの両親から生まれた。運命のつがいで、こちらの目がつぶれそうなほど、見目麗しい2人は、βの子供のことを全力で愛してくれた。小さい頃から「かわいい」「誰よりも素敵」などと芸能人のような2人に言われ続ければ、誰だって勘違いしてしまう。

自分はすごいんだって。

 

 それを打ち砕かれたのは、中学入学の時だ。12歳で義務づけられているバース検査を受けた時。両親のどちらかの性に間違いないだろうと高をくくっていたら、なんてことはない「β」という診断が出た。

 

 そんなはずはないと、検査をしてくれた医者に詰め寄ったが「βに間違いない」と太鼓判を押されてしまった。そこからだ、周りの態度が180度変わったのは。小学校まで、誰もが仲良く、分け隔てなく遊んでいたはずなのに。誰もがαに媚び、そして、Ωによこしまな目線を向けるようになったのだ。そして、βは「その他大勢」になった。昨日まで笑顔で話していたαの男友達は、次の日から話しかけても無視してくるようになった。アイスを食べて一緒に帰ったΩの女友達は、人が怖くなり「もう連絡してこないで」と拒絶された。

 そして何より、βの自分は「身の程を知れ」と侮蔑のこもった視線にさらされた。自信に満ちあふれ、クラスの中心にいたはずなのに、誰も自分には見向きもしてくれなくなったのだ。父親の艶やかな黒髪と、母親の白い肌は受け継いだものの、至って平凡な容姿の自分からあっという間に人が離れていった。何度も彼らに訴えた。バースなんかで人が変わるのはおかしいと。でも変人扱いされたのは自分。むしろ「αやΩに媚びるβ」といじめに近いこともされた。

 

 そこから努力の人生が始まった。見えない、無視される存在なんて嫌だった。必死に努力して、誰かの目にとまりたかった。

 

 頑張りすぎる自分を両親は心配したが何を言われても努力をやめなかった。そして、その結果が大手企業の課長だ。自分の同期はほとんどαかΩで、βは一人もいない。それでもがむしゃらにやってきたのだ。

 

 そんな自分の人生に現れたのが、瀬尾時宗だった。誰かと付き合ったことなんてない、色恋沙汰とは無縁の人生を送ってきた自分に、神様がプレゼントしてくれたのかと思うほどに一目で彼のことが好きになってしまった。

 

 そして、彼が入社して3年。時がたつごとにますます彼のことを好きになっていく。彼は見た目だけでなく、仕事ぶりも優秀で、まるでスポンジのように業務内容を吸収し、国内にとどまらず、海外からの契約をも取ってくる。普段は寡黙で、必要なこと以外は喋らないのに、いざという時に見せる人なつっこい笑顔に、いったい何人の人間が落とされたか。

1年目からめきめきと頭角を現し、今ではすっかり次代のホープとして、あちこちを飛び回っている。

 

 「はぁ、なのにどうして・・・。」

 

 大きなため息をついて、ゆっくりと周りを見渡す。埃かぶったファイルと、旧式のパソコンが置かれた薄暗い部屋が今の職場だ。

高級ブランドのスーツを着て、彼とともに意気揚々とフロアを闊歩していたのは2年前までの話。現在、自分がいるのは「データベース部」というたった2人しかいない部署だ。この大企業が抱える膨大のデータを管理する営業には欠かせない重要部署とは名ばかり。実際は行き場のない人間を押し込めるための閑職だ。

 

 1年間彼を指導し、2年目に突入しようとしていた3月のある日。33年間の無理がたたったのか、突然職場で意識を失い、1週間の間、生死の境をさまよった。なんとか意識を取り戻したものの、すっかり身体が弱ってしまったのだ。風邪など引いたことは一度もなかったのに、少し身体を冷やすだけで、熱を出すようになった。それでも無理をすると、高熱になり、数日はベッドから立ち上がることもできない。βながら、営業のトップを走っていた自分は、いつのまにか部のお荷物になっていた。

 

 

 

「いや、もうあの人から教えてもらうことはない。」

 

その言葉を聞いたのは本当に偶然だった。いつもなら近寄らない会社の喫煙所。たばこの煙を吸うだけで、咳が止まらなくなってしまうからだ。

部長から頼まれた会議用の書類を、会議室に置きに行った時。彼の姿を喫煙所で見かけたのだ。年期が入った鈍い銀色のスタンド式灰皿の側にいるあの後ろ姿と低い声は間違いなく瀬尾君だ。その隣にいるのは、彼の同期だろう。部署が違うので名前は分からないが、何度か見た覚えがある。

 

 それよりも気になるのは二人の会話だ。忌々しそうに声を発したのは瀬尾君の方。今まで見たこともないような不機嫌そうな顔でたばこを吹かしている。

 

「まぁ、山口課長、すぐ体調崩すしな。営業成績もかなり落ちてるだろ?ちょっと無理させると入院するって総務もヒヤヒヤしてるからなぁ。」

「あの人はもう営業部に必要ない。」

 

 

(うっそーん。)

 

 思わず声を出そうとしてしまい、慌てて自分の口を両手でふさいだ。廊下の角に隠れているおかげで、音さえ出さなければ彼らに気づかれることはない。足ががくがくと震えてきたせいで、その場にしゃがみ込んでしまった。

 

「お前、1年目の時にめちゃくちゃ連れ回されてたじゃん。後で聞いたらあの人βって聞いてさ。なんかがっかりだったよ。結局お前にお近づきになりたかっただけじゃね?」

「・・・βなんてそんなもんだろ。まぁ、そろそろ世話役はやめてほしいけど。」

 

(そんな・・・。)

 

 とどめをさされて頭を抱えた。必死に努力した。瀬尾君に関して、あこがれの気持ちがないとはいわないが、仕事に関しては私情を挟まずにしっかり教えてきたつもりだった。恋愛感情からテンションが高すぎるということはあったかもしれない。それでも、厳しく接してきた。そんなことは少しも彼に伝わっていなかったようだ。

 

 その日、その足で総務に向かい退職を申し出た。会社のお荷物になっている自分がここにいる訳にはいかないと訴えた。担当者は「自分の一存で決める訳にはいかない」と渋っていたが、握りしめてくしゃくしゃになった退職届を無理矢理押しつけて帰ってきた。

 

 本当であれば、部長はもちろん、部署の仲間にも説明しなければいけないが、職場の人間に会いたくなかった。所詮βなんてこんなもんだと笑われるのが怖かったのだ。自分がβであることに陰口をたたかれていたのも知っている。それなら自分がいなければ結束の固い部署になるだろう。そう思い、布団に潜り込んでいた時、返し忘れていた社用のスマートフォンがなった。最初は無視していたものの、ずっと鳴り続けるので渋々出ると総務部長からだった。

 

 頼むから残ってほしいと粘られ、話すのが億劫になってしまった自分は「自分は退職したことにしてもらって、誰にも会わない自分だけの部署を作ってくれるなら」と無理難題をふっかけて電話切った。

 

 もう電話はこないだろう。そう思っていたのに、次の日には「準備ができた」との連絡。あれよあれよという間に、職場の人間には誰にも会わずに退職扱いになり、4月には新たな部署へと異動することになったのだった。

 

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