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第一部
第29話
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えぐえぐと泣きながらお粥を食べていた瀬尾君は、数十分たってやっと食べ終わったようで、スプーンを机の上に置いた。いつのまにか泣き止んでいた彼は恥ずかしそうに頬を赤く染めてこちらをチラチラと見てくる。情けないところを見られたのが嫌だったのだろうと思い、何も言わずに器を片付けようとしたが、腕を取られてしまった。
「ゆ、幸尚さん!俺、いつもはあんなに情けなくないですから!幸尚さんがいたときよりも仕事はできるようになったし、料理だって美味しかったでしょう!?」
「り、料理は美味しかったよ。仕事もできるようになったんだね。もともとあんまり心配してなかったよ。」
まるで子供のように報告してくる彼がかわいくて、無意識に頭を撫でてしまった。すると瀬尾君は目を輝かせてもっととでも言うように頭をこちらに差し出してくる。
「こら、薬を飲んで寝ないとよくならないよ。」
「もう一度撫でてくれたら飲みますから。」
しょうがないと手を彼の頭に持っていこうとしたが、それは三目君によって阻止されてしまった。
「なーに調子のってるんだよ!幸尚さんも、絆されないでくださいよ!こいつはまだ何も山口さんに説明してないんですからね!」
瀬尾君の頭をベチベチと叩きながら、三目君が頬を膨らませる。そういえばその通りだ。自分をΩにするという話や、彼が自分に酷いことを言った理由。それらをまだ聞いていない。
「瀬尾君、話してくれる?」
彼に尋ねると、真剣な顔でゆっくりと頷いてくれた。安心してほっと息を吐く。瀬尾君はすぐにでも話そうとしてくるが、それを遮った。
「じゃあその話は体調が戻ってから聞かせてもらうから。今日はゆっくり寝て。」
「でも!」
「寝ろ!」
不服そうにベッドから抜け出そうとする瀬尾君の額に強烈なデコピンを食らわしてやると、「あでっ!」と情けない声を出して布団に沈んだ。
「明日は休みだし時間はたっぷりあるから焦らなくていい。今日はゆっくり寝てしっかり体調を戻すこと!!分かったら返事!!」
「承知いたしました!」
瀬尾君が大きな声で返事をした後、「昔みたいだ」とヘニャヘニャ笑いながら目を閉じる。そして数分後には穏やかな寝息が聞こえてきた。
「ここからは2人の時間ですね…。」
「三目君も寝るんだよ!!」
流し目でこちらに歩み寄ろうとしてきた三目君には枕と上布団を放り投げ、自分はリビングへと向かう。焦ってついてきた三目君を無理矢理ソファで寝かせた後、自分はカーペットの上で横になり、グチグチと小声で愚痴を言う三目君を無視して電気を消したのだった。
「なんでこんなことになってんの…?」
何だか息苦しくて目を開けると両脇に誰かいた。しかもカーペットの上に寝ていたはずなのに、ふかふかの布団に包まれている。そしてさらに4本の腕が身体に巻き付いている始末だ。
その犯人はもちろん瀬尾君と三目君だ。どっちが自分をベッドまで運んだのかは分からない。しかし、2人ともスヤスヤと眠りについている。頭だけを動かして時計を確認すると時刻は午前3時を過ぎた頃。まだ夜中だ。
「そういえば瀬尾君の体調は!」
「もう大丈夫ですよ、幸尚さん。」
「ひゃあ!」
突然耳元で低く囁かれた。慌てて右を向くと、笑顔を浮かべた瀬尾君がこちらを見ている。
「幸尚さんのお粥のおかげでもう熱も下がりました。」
「そ、そんな短時間で熱が下がるはずが!」
強がっているのだろうと彼の額に強烈な手を当ててみるが、驚いたことに本当に熱が下がっていた。目を丸くする自分を見て、彼はクスッと笑う。
「αはずいぶんと頑丈にできてるんですよ。そもそも熱を出すこと自体珍しいですし、風邪を引いたとしても少し寝ればすぐに治るんです。」
彼がギュウッと身体を抱き締めてくる。逃れようとしたが、三目君を起こしてしまったら可哀想だと思うと、ろくな抵抗ができなかった。
「幸尚さん、俺の話を聞いてくれますか?」
瀬尾君が自分の顔を覗きこんでくる。前とは違う澄みきった瞳。何か憑き物が落ちたかのような彼の様子を見て、無意識のうちにコクリと頷いてしまった。彼はありがとうございますと言って、一度目を伏せる。そして意を決したような表情で話し始めた。
「俺の母親は、βだったんです。」
「ゆ、幸尚さん!俺、いつもはあんなに情けなくないですから!幸尚さんがいたときよりも仕事はできるようになったし、料理だって美味しかったでしょう!?」
「り、料理は美味しかったよ。仕事もできるようになったんだね。もともとあんまり心配してなかったよ。」
まるで子供のように報告してくる彼がかわいくて、無意識に頭を撫でてしまった。すると瀬尾君は目を輝かせてもっととでも言うように頭をこちらに差し出してくる。
「こら、薬を飲んで寝ないとよくならないよ。」
「もう一度撫でてくれたら飲みますから。」
しょうがないと手を彼の頭に持っていこうとしたが、それは三目君によって阻止されてしまった。
「なーに調子のってるんだよ!幸尚さんも、絆されないでくださいよ!こいつはまだ何も山口さんに説明してないんですからね!」
瀬尾君の頭をベチベチと叩きながら、三目君が頬を膨らませる。そういえばその通りだ。自分をΩにするという話や、彼が自分に酷いことを言った理由。それらをまだ聞いていない。
「瀬尾君、話してくれる?」
彼に尋ねると、真剣な顔でゆっくりと頷いてくれた。安心してほっと息を吐く。瀬尾君はすぐにでも話そうとしてくるが、それを遮った。
「じゃあその話は体調が戻ってから聞かせてもらうから。今日はゆっくり寝て。」
「でも!」
「寝ろ!」
不服そうにベッドから抜け出そうとする瀬尾君の額に強烈なデコピンを食らわしてやると、「あでっ!」と情けない声を出して布団に沈んだ。
「明日は休みだし時間はたっぷりあるから焦らなくていい。今日はゆっくり寝てしっかり体調を戻すこと!!分かったら返事!!」
「承知いたしました!」
瀬尾君が大きな声で返事をした後、「昔みたいだ」とヘニャヘニャ笑いながら目を閉じる。そして数分後には穏やかな寝息が聞こえてきた。
「ここからは2人の時間ですね…。」
「三目君も寝るんだよ!!」
流し目でこちらに歩み寄ろうとしてきた三目君には枕と上布団を放り投げ、自分はリビングへと向かう。焦ってついてきた三目君を無理矢理ソファで寝かせた後、自分はカーペットの上で横になり、グチグチと小声で愚痴を言う三目君を無視して電気を消したのだった。
「なんでこんなことになってんの…?」
何だか息苦しくて目を開けると両脇に誰かいた。しかもカーペットの上に寝ていたはずなのに、ふかふかの布団に包まれている。そしてさらに4本の腕が身体に巻き付いている始末だ。
その犯人はもちろん瀬尾君と三目君だ。どっちが自分をベッドまで運んだのかは分からない。しかし、2人ともスヤスヤと眠りについている。頭だけを動かして時計を確認すると時刻は午前3時を過ぎた頃。まだ夜中だ。
「そういえば瀬尾君の体調は!」
「もう大丈夫ですよ、幸尚さん。」
「ひゃあ!」
突然耳元で低く囁かれた。慌てて右を向くと、笑顔を浮かべた瀬尾君がこちらを見ている。
「幸尚さんのお粥のおかげでもう熱も下がりました。」
「そ、そんな短時間で熱が下がるはずが!」
強がっているのだろうと彼の額に強烈な手を当ててみるが、驚いたことに本当に熱が下がっていた。目を丸くする自分を見て、彼はクスッと笑う。
「αはずいぶんと頑丈にできてるんですよ。そもそも熱を出すこと自体珍しいですし、風邪を引いたとしても少し寝ればすぐに治るんです。」
彼がギュウッと身体を抱き締めてくる。逃れようとしたが、三目君を起こしてしまったら可哀想だと思うと、ろくな抵抗ができなかった。
「幸尚さん、俺の話を聞いてくれますか?」
瀬尾君が自分の顔を覗きこんでくる。前とは違う澄みきった瞳。何か憑き物が落ちたかのような彼の様子を見て、無意識のうちにコクリと頷いてしまった。彼はありがとうございますと言って、一度目を伏せる。そして意を決したような表情で話し始めた。
「俺の母親は、βだったんです。」
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