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第二部

第6話

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「幸尚さん、やっぱりあいつに何かいわれたんじゃないんですか?」

 三目君がデスクの横に立って顔を覗き込んでくる。「本当に何にもないから」と朝から言い訳しているものの、三目君は全く信じてくれない。それどころかさらに厳しく追求してくる始末だ。でも小鳥遊君とのことを三目君に相談できない。

 なぜなら三目君はΩだから。

 小鳥遊君の「βはαとΩの恋愛に入れっこない」と言う言葉がどうしても心に引っかかってしまう。

 瀬尾君は自分をΩにしようとしている。でもそれを断ったのは自分だ。βとしての自分を誇りに思っているし、βとして努力してきた自分を無くしたくない。

 けれど、βがαやΩと本当に恋愛できるんだろうか。今のところ、瀬尾君も三目君も自分のことを好いてくれている。しかし彼らには「運命の番」が存在するのだ。もし、そんな人が彼らの前に現れたら、自分はどうなるんだろう。容赦なく捨てられてしまうんだろうか。

(そんなの…。)

 大丈夫だなんて思えなかった。2人が離れていくとを想像して感じたのはとんでもない恐怖と孤独感。αとしてΩとして一流の男2人を独占したいという自分の醜くて浅ましい心の内に気付いてしまった。

「っ!」

「幸尚さん?」

 突然立ち上がった自分に、三目君が不思議そうに声をかけてくる。それと同時に定時の合図である音楽が流れ始めた。

「きょ、今日は用事があるから先に帰る!じゃあね、三目君!」

「あ!ちょ、ちょっと幸尚さん!」

 慌ててデスクを片付けて鞄を掴み部屋から飛び出した。後ろから三目君の焦った声が聞こえてきたが、構わずに全速力でエレベーターまで急ぎ、彼が来ない内に乗り込んでしまう。無事に1人で帰ることに成功して、ホッと息を吐いた。エレベーターを降りて、会社のビルを出る。

(あっ…。)

 向こうから見えたのは帰社してくる瀬尾君だった。そしてその隣には小鳥遊君が笑顔でひっついている。
 今は彼らに会いたくない。そう思っても、遠くから自分を見つけた瀬尾君が笑顔でこちらに駆け寄ってくる。

「幸尚さん、もう帰るんですか?」

「う、うん。」

「そうですか…。俺は今やっと営業から帰って来たところで、これから残業なんです。本当なら幸尚さんと一緒に帰りたいんですが…。」

 瀬尾君が申し訳なさそうな顔をするので気にするなと返事をしようとした。

「えー、定時で帰るなんて随分と暇な部署なんですね。僕たち営業部は会社の花形部署なんで大変なんです。まぁ、だからこそ多くの人に期待されてるんですけど。」

 小鳥遊君がぎゅうっと瀬尾君に抱きつきながらこちらを睨みつけてくる。瀬尾君は「こら!」といって小鳥遊君を軽く叱りつけるが、「だってぇー!」と甘えた声で返事をするだけだ。

「瀬尾先輩みたいに優秀な人がいるから、この人みたいに優秀じゃない人でもこの会社でやっていけてるんですよ。しかもβなんですよね?…αもΩの僕たちとは生きる世界が違うんですよ。」

「っ!小鳥遊、いい加減にしろ!」

 瀬尾君が大きい声を出して小鳥遊君を振り払う。怒られた小鳥遊君ほ少しだけ目を見開いた後、忌々しげに自分を睨みでけてくる。

「あなたのせいで瀬尾先輩に怒られちゃったでしょ!聞きましたけど、あなた前は営業部にいたんでしょ?それで体調崩してデータベース部に移動になったとか。そんなの会社のお荷物じゃないですか!すぐ辞めれば良かったのに!体の弱いβなんかにこの会社にいてもらいたくない!格が下がるんですよ!」

「小鳥遊!!!」

「っ!僕、先に行きます!」

「待て!」

 散々言いたいことを言った小鳥遊君は、本気で怒った瀬尾君の剣幕を恐れて駆け足で会社に戻っていった。

「すいません、幸尚さん。あいつのこもは厳しく叱っとくので気にしないでください。体調崩したのだって、俺が、幸尚さんをΩに変えようとしたから…。」

「俺のことは気にしなくていいから、小鳥遊君を追いかけてあげなよ。」

「幸尚さん…?」

 俯いたまま言うと、瀬尾君が気遣わしげに肩に触れてくる。

「っ俺のことはいいってば!どうせもともと営業部で働くのは限界だったんだ。俺にはαやΩみたいに人を惹きつける力なんてないんだから!じゃあな!」

「っ、幸尚さん!!」

 むしゃくしゃする。そして悲しくなってくる。ぐちゃぐちゃになっている情けない自分をこれ以上見られたくなくて、瀬尾君の手を乱暴に振り払う。呆然としている瀬尾君を置いて、その場から駆け足で逃げ出したのだった。
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