理系少年の異世界考察

ヴォルフガング・ニポー

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無限和の収束と魔法との関連についての考察

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 日が暮れる前に魔法学校近くの宿を借りることができた。兄妹で一部屋、ヤノが個室を一部屋借りることにした。

 初めは三人別々の部屋にする予定だったのだが、お金がもったいないと言い出したエミリによってこのような部屋割りになった。孤児院でも兄妹は同じ部屋で寝ていたのだからとくに問題はないと思ったのだが、ヤノはショックでしばらく動けなかった。

「うわー、買っておいてよかったね。こんな問題が出るなんて思わなかった」

 夜の宿屋、ランプの明かりで勉強するエミリは問題集を見ながら驚いていた。

「お兄ちゃん、これってどうやったらいいの?」

 見せられた問題集を前に、好奇心よりも恐怖心のほうが先立つ。

 ――全然わからなかったらどうしよう。

 卓人は様々な知識を集めたいと本を漁っていた時期があったが、それがこの世界でも通じるとは限らない。

 見ると、開かれた問題集には数学の問題がずらりと並んでいた。数学が問われると考えたルイザの推測は正しかったのだ。

 まだまだ完全とは言い難いが、この三ヶ月である程度までなら字も読めるようになってきた。何とか苦労して読んでみると、次のような問いであった。


『数というものが無限に続くものと認めたとき、
 1+2+3+ 4+……=-1/12
 となることを証明せよ。』


「絶対に無限に大きくなっていくよね。マイナスの答えが出るなんておかしいよね」

 幸いにも卓人はこれについては知っていた。

 ちょっとほっとする。

 尋常に考えれば、エミリのほうが正しい。ただし、「無限」という概念を導入することによって、必ずしも間違っていると証明できない現象が生じるのである。

「じゃあ、ひとまず S=1+2+ 3+ 4+…… とおいてみよう。このSを4倍したものを4Sとして引き算をしてみよう」

   S=1+2+3+4+5+6+……

  -4S=  -4   -8  -12……

 これで上下の数字を計算すると、

  -3S=1-2+3-4+5-6……

 という式が成立する。

「いっこ飛ばしで書いたら数字の個数が合わないよ。いや、無限だからいいのか」

「そうだね。無限に数字が続くから、この計算はおかしくない」

「へー、そうすると偶数の+と‐が入れ替わったんだね」

「ここでできた式をきちんと考えるために、じゃあ-3S=t、つまり t=1-2+3-4+5-6…… としてみようか。このtを4倍したものが4tだね。それはこう表される」

 4t=(1-2+3-4+5-6……)+(1-2+3-4+5-6……)+(1-2+3-4+5-6……)+(1-2+3-4+5-6……)

「括弧ひとつがtで、四つあるから……うん、そうだね」

「じゃあ、この足す順を変えてみよう」

  4t=1+1+1-2+(1-2-2+3)+(-2+3+3-4)+(3-4-4+5)+(-4+5+5-6)+……

「え、何これ?」

「1も2も3も4もそれぞれ四つずつあるだろ。この後も同じように四つずつあるから同じ式だよ」

「うーん、確かに……」

「これを計算するといくつになる?」

「あ、括弧の中はみんな0だ。だから4t=1だ」

「そう、だからt=1/4だ。そして-3S=tとおいたんだから、-3S=1/4、S=-1/12となる」

「うわぁ!」

 エミリは拍手をした。

「これは4tの式の括弧の中が0となることが無限に続くということが約束されてないと証明できない。だから『数というものが無限に続くものと認めたとき』という断り書きがしてある。もしどこかで止まってしまったなら、有限だったならこの答えにはならない」

「無限だからひとつの答えに収束するのか。なんだか不思議。無限だからとんでもなく大きな答えが出てきそうなのに」

「そうなんだよね。面白いね」

 より詳しくは解析接続という拡張的な数学的手法で説明できるようなのだが、さすがに卓人もそれについて深く触れたことはなかった。

 何にしても無限とはとても不思議なものだ。

 例えば、1より大きな数字は無限個ある。その逆数も無限個あるが、それは必ず0から1の有限の値の間の大きさになる。有限の中に無限個の数字がある。

 この不思議さと同じような不思議さが物質の世界にもある。素粒子は、実体のない波の状態と実体のある粒子の状態を同時にとる。波は無限に広がるかのごとく、粒子はただひとつの有限の点に収束する。まったく見当違いのことを同列に扱っているのかもしれないが、そこには共通の何かがあるような気がする。

 そして根拠などないが、魔法もこの不思議な有限と無限の、波と粒子の狭間を行き交う現象のような気がした。

 そういえば、例の本にもこんな行があった。

『それを認めよ。

 認めるとは、虚ろなるやも知れぬが、虚は虚をもって実となす。

 魂は虚であれど、実との間をさまよう。

 質料は現れる。

 認めぬものは、実たりえぬ』

 虚とは虚数、実とは実数ということかもしれないが、無限と有限の関係をそのように表記した可能性もある。魂も有限と無限の間をさまよっているのだろうか? 

 この『魂の変成について』という本については、いまだに解読ができていない。作者はたしかシャローム・ファーリシーといったはずだ。彼はどういう意図であの本を書いたのだろうか。
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