理系少年の異世界考察

ヴォルフガング・ニポー

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邂逅

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 翌日、エミリは宿に残って問題集に取り組むことにした。

 勉強の邪魔にならないようにという理由でヤノと一緒に出掛けることにした。エミリは笑顔で送り出してくれた。これでばれずに就職活動ができる。

 条件はひとつ。

 エミリの学費を払いつつも、兄妹で最低限の生活ができる程度の給料がもらえること。

 まずは絵描きへの弟子入りが一番収入がありそうな気がする。卓人は聞き込みをして三日間のうちにそれなりに名の知れた三軒の絵師に当たることができ、そのうち一軒は話を聞いてくれた。

「へえ、なかなかいい絵じゃないか」

 手ごたえを感じたあと、卓人は愕然とした。ここで描くべき絵はすべて油彩画だった。美術の授業では水彩画しかやったことがない卓人には、油絵の具の盛り方などちんぷんかんぷんだった。しかも宗教画が専門ということで絵が表す物語が全く分からなかった。

「線画はうまいけど、それ以外は素人以下だね」

 とはいえむこうも助手がちょうどほしかったようで弟子入りの話になったが、もらえる給料などないに等しかった。これでは学費を払えない。画家になりたいと必死に研鑽を積む他の弟子からは罵声が飛んできたが、卓人は諦めざるを得なかった。

 もはや何でもいいから仕事を見つけなければならない。

 でも結論から言えば、そんな仕事はなかった。

 いきなりやってきた素性の知れない少年にそれだけの給料は払えない。これは給料が異常に少ないわけではなく、兵学校が恵まれすぎていたのだ。衣食住の経費が一切かからずなおかつ給料がもらえたのに、これからはそれらの経費に加え税金も納めなければならない。するともはや学費にまで回すお金がない。

 魔法でも使えればそれなりの技術として認められたかもしれない。その点で、ヤノは職種を選ばなければ、独り身ということもあり仕事はそれなりにあった。

 学校長が勧めていた警吏も訪ねてみたところ、ここもやはり十分な給料となるまでに何年か必要であった。

 学校長は適当なことを言ったのだろうか。いや、推薦状でも書いてもらえれば違うのかもしれない。ひとまずは、他人の悪意を疑うのはやめよう。

 すべてをかなぐり捨て、事情を話して泣きついてみるまでしたが、結局はダメだった。卓人はすっかり肩を落としていた。

 異世界でも就職活動は難しかった。

「やっぱり、エロい絵を描くしかないにゃん」

「…………売れるかなぁ」

 でも悩んでいる暇はない。勇気をふりしぼって春画に手をつけるしかないのだろうか。

「それか、貴族に借金するかだにゃん」

「借金か……怖いけど、それが一番現実的かなぁ」

「お前がその人に気に入られれば、いくらでも返済は待ってくれるにゃん」

「気にられなかったら?」

「その人次第だけど、即刻打ち切られて、暴利をつけられるにゃん」

「うわぁ……」

 知っている貴族といえばルイザくらいである。ただこの前も思いっきり蹴られたし、今となっては頼みにくいという問題もある。

「魔法学校の面接はどうしよう」

「土下座でもしたら、仕事か借金のあてが見つかるまで待ってくれるかにゃん?」

 もう、それくらいしか思いつくことがなかった。

 卓人は考え抜いたのち、さすがに土下座はかえって印象が悪くなると結論づけた。それより前にきちんと学校に事情を話して待ってもらうよう交渉すべきではないだろうか。

 場合によっては誰か紹介してもらえるかもしれないし、奨学金みたいなのもあるかもしれない。

 一縷の望みに賭けて卓人は魔法学校へ向かった。

 だけど、そのやり方は正しいのだろうか?

 悪い結果を恐れて、入ろうかどうか正門前でうろうろして不審者になっていた。ついには守衛に追い返されそうになったときだった。

 ある男に声をかけられた。

「あれ。お前、ナナリのタクトじゃないか? 懐かしいな、一年ぶりくらいか」

 それは二十代半ばの全く面識のない細身の男性だった。なぜこの人は自分を知っているのだろうか。魔法学校から出てきたからここの職員なのだろうか。

「また図書館使うのかい?」

 なんだか軽妙というか軽薄というか、彼のしゃべり方には無責任な印象をもたらす。しかし自分の心が重いせいか、そんな風に声をかけられることが救いのように思えた。

「はい」

「おう、じゃあ使いなよ」

 とっさの嘘に、男はなんとも軽く返事した。

「ん? どした」

「あ、いいえ。図書館はどこかなって……」

「は? 去年は勝手にずかずか入ってきたじゃねぇか。道忘れちまったのかよ、仕方ねぇな」

 男は自分についてくるよう言った。奇妙なやりとりだったが、守衛は職員を信用して卓人を解放した。

 とはいえ、この男は何者なのだろうか。困っている見ず知らずの人を助けたというより、本当に知り合いだから声をかけたといった感じだ。「また」といっていたから、本物のタクトはここの図書館に通っていたということなのだろうか。

 図書館は外部の者にも開放されているみたいなのだが、そもそもアイアとティフリスは遠い。どうやって?

 予期せぬ展開に卓人は混乱したが、だからこそ奇妙な期待感がふつふつと湧いてくる。

「またシャローム・ファーリシーかい? だけどな、断言してやるよ。あれはいくら読んでも理解なんてできねぇよ。間違いなく、よくわかってないくせに抽象的にそれっぽく書くことで、妙な説得力をもたせようとしてるだけの、なんちゃって本だ。かっこよさそうな言葉で装飾しすぎて後になって黒歴史になるという中二病的なあれだ」

 シャローム・ファーリシー?

 思いがけない人名がいきなり現れた。『魂の変成について』を著した人物だ。本物はここの図書館に入り浸って彼の本を読み漁っていたというのだろうか。

「あなたはここの図書館の司書さんなのでしょうか?」

「はあ? そりゃそうさ。なんだよ忘れちまったのか?」

「いやその、僕は記憶をなくしてしまっていて……」

「は?」

 自らの「設定」の説明とともに相手の身分を聞き出す。こんな探りはもう慣れたものだった。そしてここの職員ならば学費の工面についても相談に乗ってくれるかもしれない。

「なんてこったい。お前、一ヶ月近くここで勉強してたってのに。それが全部パァかよ。もったいねぇな」

「それで、僕の妹が今度ここを受験するんですけど……」

 卓人は話題を切り替えて、学費について相談に乗ってもらおうと思った。だけど男は人の話をあまり聞かないのか、そのまま自分の言いたいことを言った。

「ずいぶん熱心だったのにな。会いにだって行ったのに」

 ――え?
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