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モフモフは人の心を掴む!パンでもダイアウルフでも

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「何このパン、メッチャ柔らかいんですけど!」

 試作品として自宅から焼いたパンをリタ姉達に試食してもらうと、目をパチパチさせて歓喜の声を上げてくれた。この世界のパンは石か……というぐらい固い。一般的にスープに浸して柔らかくしながら食べるという。保存は効くが決して美味しくない。

「天然酵母を使いますの」

「てんねんこーぼ?」

 二人は聞きなれない言葉に首を傾げる。

「パンを柔らかくする素材ですわ。作り方は簡単ですの。果物などを水に浸し、数日おき時々瓶を振って寝かせるだけでできます。作り方は今度お教えいたしますわね」

 梅干し以上に手間はかかるが、それでも余ったリンゴの皮などで作れるという点では本当に便利だ。

「リタがさ、工場で食べるパンがうまいって言っていたんだけどさ、こういうことだったわけね。働いて腹減っているだけだろって思ったけど……こんなパン初めて食べた」

「このパンを食べるために、ここに来るって奴もいるんじゃないかね」

「そうなると嬉しいですわ」

 ランチ目当てに女性客が集まるのが理想だ

「でもさ、私達、夜の営業が結構遅くまでやってんだよね。正直、客が増えたらランチまで手が回らないかもしれない」

 酒場が閉店するのは二十二時頃と決めているが、客が来るとどうしても閉められないらしく実質、日付が変わる時間まで営業しているという。そして相当儲かっているようだ。

「ランチが軌道に乗りましたら、専属のシェフを雇ってもいいかもしれませんわね」

「あ、私ねいい料理人知ってんだよ」

 リタ姉はしめたという表情と共にそう提案し、それをレオ姉が「止めなよ」といさめる。なんとなく彼女達の言いたいことは読めてきた。

「工場長ですわね」

 私が先にそう言うと、二人の顔はパッと明るくなる。

「私も同じことを考えておりましたわ。梅肉エキスを作るノウハウも皆さまに伝わっているようですし、お話ししてみますわね」

 酒場の上の階には個室が用意されており、リタ姉達は基本的にそこで生活している。そのためおそらくほとんど工場長とレオ姉は一緒に過ごす時間がないのだろう。

「ありがとーー。うちの兄貴、アホだからさ、下手すると毎日、ここまで通って来そうだったんだよね」

「あら、通ってらっしゃったんですか?」

 工場が終わってから徒歩二時間…往復四時間かけて通うとは……なかなかの根性だ。私も頻繁にこの温泉宿を訪れているが、森の入口にたどり着くとコロが現れ背中に乗せてくれる。

「元々さ、工場が軌道にのってから直ぐにマーゴを身請けすりゃよかったのに、アホだから週三で娼館に通ってさ、全然金ないの。バカだよね。この前の金だってリタや母さんに頭を下げて貸してもらって作ったらしいよ。正直リタの方が頭いいんじゃね?」

 散々な言われようだが、確かに金貨百枚ならば、今の彼にとって用意できない金額ではないはずだ。ただ『会いたい』が先にきてしまったんだろう。ひとしきり女子三人で大笑いした後、リタ姉は思い出したように私の足元を指して

「ねぇ、グレイス姉さん……それ大丈夫なの?」

と聞いた。私の膝の上にはコロの顔がのせられており、先ほどから私はその首筋を撫でている。

「大丈夫……といいますと?」

「いや、コロがいい奴なのは知ってんだけど、ダイアウルフだよ?」

 コロは用心棒兼護衛として酒場に常駐している。といっても獣人の姿をしているとイケメンすぎるため、ダイアウルフの姿で常に待機しているらしい。

「でも噛みませんわよね?」

「え?」

 私の言葉にリタ姉はやはり訝し気な表情を浮かべる。最初に会った時も威嚇はしてきたが、決して私達に危害を加えることはない。

「グレイス姉さんが『犬みたいなもん』っていうから、そんなもんかと思っていたんだけどさ――」

 なんでも数日前、酔って暴れた客がいたらしい。リタ姉がコロに声をかけると軽く床を蹴りあげカウンターを飛び越えると酔って暴れる客に飛びかかり、床に押し付けるようにして大人しくさせたという。

「それ見てさ、犬じゃないわ……って思ったんだよね」

「そうなの?コロ?」

『飯の邪魔をされて、気が立っていたからな。それに俺は犬じゃないから当たり前だ』

 フンっと鼻を鳴らし、手を止めるなと顎で膝をつついて撫でるように要求する。

「私からするとコロなんですけど――」

「まぁ……あの一件で客が大人しくなったからいいんだけどさ……。やっぱり姉さんすごいよ」

 いつの間にか彼女達の間で私の呼び方が『グレイスさん』から『グレイス姉さん』に変わっていたのは、コロのせいなのだろう。
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