戦巫女様、タヌキ様?

小鳥遊 スズメ/スバル

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馬車は、戦巫女の城へと向けて走る。

中には、王子と戦巫女。そして、それぞれのお付きの者が乗っていた。
車窓から見えるのは、この国のお伽噺で出てくる《大正ロマン》という世界にぴったりだった。

着物という伝統衣装を身に着けている者もいれば、王子の国と変わらずドレスやシャツ――洋服を着ている者もいて、王とその従者には興味深い光景のようだ。
戦巫女と同じ上は着物で、下は袴といった姿の女学生達は、楽し気にお洒落髪しゃれがみの結い方を載せてある雑誌一冊を熱心に見ている。

建物は木造からレンガ造りなど多様で、様相が独特の物も多いため、他国から来た旅人はじっと街並みを眺めている者、模写する者もいた。

「良く発展している」

最近、支流になったガス灯も見受けられ、王子は感心したように呟いた。

「そうでしょう?この国の理想とされている《大正ロマン》ていうお伽噺を実現できたと思うの」

戦巫女は、誇らしげに笑う。

それに王子が頷き、その時上がった少女達の楽し気な笑い声や活気のある子どもの声などに微笑む。

「女子供がどこでも笑えるのは、国が豊かな証拠だ」

戦巫女は細い目を瞠って、唐突に王子の頬を引っ張った。

「顔が良いと得ね。無表情から少し微笑むだけで良いんだわ」

従者が抗議しようとしているのを王子は手で制し、その手を自身の頬に触れている戦巫女の手に添える。
王子は、意味ありげに口を端を上げた。

「それにしても、戦巫女殿。なぜお前は、俺を化かす?そんな顔ではなかっただろう?」
「ありゃ、貴方とどこかで会っていたかしら?」
「幼い時にな……」
「あーあ。面白くないわ。……それにしても、退屈ね」

捕まっている手を乱暴に取り戻した戦巫女は、窓枠に肘を突いて、手で支えた顔をつまらなそうに窓へと向けてしまう。

戦巫女の振る舞いや呟かれた言葉に、無表情に戻ってしまった王子はともかく、従者は眉間に皺を寄せた。
そんな従者を目敏い侍女のチヨが、愛らしい笑い、明るい声を上げる。

「そろそろですわよ。戦巫女様」というのと同時に、ドンと馬車が大きく揺れ止まった。

「きたぁ……っ!!」

瞳孔が開いた細い目をこれでもかと見開き、化け物じみたように口を開いた戦巫女は、ガコッと音を立て馬車の天井に張り付いた。
そう。文字通り、驚くことに妙技を皆に見せていた。

チヨは動じることはもせず、戦巫女の様をさも微笑ましい。というように見守っている。

「ふはハハハッ!!これよ!コレ!!」

そして手足をカサコソと数回バタつかせ、窓をぶち破りながらあっという間に外へ飛び出していった。
どう見ても、戦巫女より小さい窓枠からその張本人が出て行ったのである。
姿はまるで、あの黒光りのどこへとも飛んでいく予測不可能なアレ。

「ご、ゴキ――――」

従者は、思い浮かべた害虫の名を出しかけて必死で飲み込んだ。

「あははははは!」
「助けに行かなくて良いのか?」
「うふふふふ!」
「むしろ足手まといですわ。しばしお待ちを」

戦巫女不気味な笑い声を聞きながら、王子が尋ねるとチヨは少し考えたような素振りを見せて、そんなことを言う。

外では、やんややんやと囃し立てる声援達は聞こえるものの、加勢している者はどうやらいないようだった。
「巫女様、巫女様。がんばれ!」と子供達が、楽し気に声を上げて喜んでいるようだ。
その間にも、馬車がガサゴソと音や揺れがして、青ざめた従者が小さく「やはり、ごき……」と呟く。

しばらくすると「出てきて良いよー」と間抜けた声が聞こえて、一行は馬車から降りた。

周りには、数十人の黒装束の男達が倒れている。
その中で一人、立ち上がっている人物は戦巫女の格好をしていた。
しかし、お多福面ではなく、この国から見れば整った方だとは思うが、ごく平凡な顔が首の上に乗っかっている。

「戦巫女様、お疲れ様です――っと」
「ギャッ!?」
「はいよ」

戦巫女の後ろからヨロリと起き上がった影に、侍女は自分のかんざしを素早く外し投げ打った。
その影から短い悲鳴が上がったが、二人は気にした風もなく話はじめる。

「いやーいやー。目が悪すぎて、すまぬな。チヨ」
「いいえ。戦巫女様をお守りするのが、私、チヨの務めですわ」
「嗚呼。今日もチヨは、美人だねぇ」
「戦巫女様。お戯れを」

チヨの整って儚そうに見えるその顔を、うっとりとした顔の戦巫女はベタベタと遠慮なしに触る。

さすがに嫌がるかと思われたその行為に、チヨが頬を染めた。
『わー羨ましい!』とは、女性達の声が上がる。

従者は、何が羨ましいのかさっぱりわからなかった。
お多福面のような顔だったのに、今は凡庸な顔をした戦巫女を薄気味悪いと思った。
王子も魔道を使うが、複雑な――顔を変えられるほどの術を使う者は、だいたい従者の国では《魔王の使い》として忌み嫌われていたからだ。

そんな戦巫女の両手を掴んだのは、他でもない従者の王子だった。
その掴んだ手を、自身の両頬に当てさせる。

「ほら、俺の顔を触れ。お前の婿なのだから」
「はあ?アンタ、まだ婿未満でしょ?」

自国の王子ながら、何の意図なのかわかりかねる行動だ。
しかも、戦巫女は先ほどまでの大人しさはどこへやら、ツンとした態度で王子を軽くあしらった。
これが本来の、戦巫女なのだろう。

「何なのだ、これは」

呆然とその光景を見て呟いたのは、王子の従者だけだった。
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