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PHASE.02|平常運転
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早朝。ホテルのロビーは、人の気配がまばらだった。
吹き抜けの天井から落ちる光が、磨かれた床に淡く反射している。
冴木はソファで足を組み、昨日の軍務会議資料に目を通していた。
ふと視線を上げた先に、蓮の整った輪郭が入る。
「時間通りだね、隊長」
冴木は端末を閉じ、立ち上がった。
「昨日の資料、もう整理してある。戻ったら、隊の共有に入れといて」
肩に掛けていた上着を整えながら軽く言う。
「先、行くよ」
そのまま歩き出した背中は、振り返ることはなかった。人の流れに紛れて、その姿が見えなくなる。
蓮は何も言わず、その背中を見送った。
*
零域戦術部隊 通称 零域【ZΩ-00】
桐生蓮隊長執務室
執務区画では、午後の業務が静かに進んでいた。
中央戦略府での会議明けにしては、珍しく隊長の姿がまだ見えない。
入口付近の事務補佐官デスクに座る白倉修司は、
タブレット端末に表示された本日の上官の予定を確認する。
ふと、気怠げな足音に気づいて、顔を上げた視線の先。そこに立っていたのは、軍にはどうにもそぐわない、細身で目を引く副官。
「これ、お土産」
そう言って、冴木は小さな紙袋を差し出した。
「ありがとうございます」
「ホテルの中に入ってた。有名なパティシェのお店なんだって」
冴木は白倉の返事を待つでもなく、デスクの縁に腰を預けた。
足先が床につかない高さで、行き場のないまま、軽く前後に揺れる。
「白倉くん、甘いの、嫌いじゃないでしょ」
桐生隊副官兼戦略参謀 冴木悠斗。
軍服を着ていても、いつもどこか浮いている。
着崩した軍服の襟元から覗く首筋は、不自然なほど華奢で白い。
桐生隊長の隣に立ち続けた副官を、白倉はほとんど知らない。だから今も、冴木がそこにいることが少し不思議だった。
「中央の会議、どうでした?」
白倉は紙袋を開け、中からマカロンを一つ取り出し、そのまま口に運ぶ。
「美味っ!」
「でしょ」
冴木はデスクに腰を預けたまま、足先を軽く揺らす。
「どう、って言われてもね。いつも通り」
「いつも通り、ですか」
「そう、退屈」
白倉はもう一つマカロンを手に取りながら、端末に視線を落とす。
「でも、零域の予算は増えましたよね」
「そこだけは収穫。蓮が強気だったから」
「隊長、いつもあの鋭い眼光で、淡々と正論ぶつけますよね」
「事実を並べてるだけなんだけどね」
「ああいう視線で淡々と詰められたら、誰も口挟めないですよ」
冴木はどうでも良さそうに、息を吐いた。
「あとは、顔ぶれもお説教も、だいたい想像通りかな」
「うちは嫌われてますからね」
「そう言うこと」
ふと思い出したように、白倉が口端を上げる。
「あっちは、どうだったんです?」
「あっち?」
「ほら、空軍の、第三航空機動群でしたっけ。あそこの隊長のこと、冴木さん好みだって言ってたじゃないですか」
冴木は少しだけ考える素振りをしてから、肩をすくめた。
「あー、そっちね。今回は収穫なし」
「え、珍しい。タイプなら見境ないのに」
白倉が笑いをこらえきれずに息を漏らす。
「失礼だな。ちゃんと選んでるよ」
その言葉が落ちた直後、執務室の扉が開いた。
白倉は反射的に振り返り、口に含んでいたマカロンを慌てて飲み込む。
視線の先で、蓮が無言で足を踏み入れてきた。
歩みを止めることなく、室内を一瞥し、そのまま白倉へ視線を向ける。
「午後からの予定を」
白倉は眼鏡を押し上げ、姿勢を正す。
「はい。この後すぐに中央戦略府での会議内容を、各群指揮官および実働隊に共有報告。その後、」
端末を確認してから、白倉は続けた。
「新規配備の半自律型支援兵装の実機テストです」
「午後は詰まってるな」
「まだまだあります」
「あとは自分で確認する」
白倉から端末を受け取り、蓮は視線を落としたまま、冴木の前で一瞬足を止めた。
「早いな」
「そっちが珍しく遅いだけ」
冴木はデスクに腰を預けた姿勢を崩さず、いつも通りの調子で答える。
視線が交わることはなかった。
蓮はそれ以上何も言わず、端末の画面に目を落としたまま執務室の自分のデスクに座る。
冴木もまた、特に気にした様子もなく、足先を軽く揺らした。
白倉は二人の間に視線を行き来させながら、胸の奥に小さな引っかかりを覚えた。
(ん?なんだこの違和感)
交わらない2人の視線。
(まさか、隊長)
白倉はそれ以上考えるのをやめ、端末に視線を戻した。
吹き抜けの天井から落ちる光が、磨かれた床に淡く反射している。
冴木はソファで足を組み、昨日の軍務会議資料に目を通していた。
ふと視線を上げた先に、蓮の整った輪郭が入る。
「時間通りだね、隊長」
冴木は端末を閉じ、立ち上がった。
「昨日の資料、もう整理してある。戻ったら、隊の共有に入れといて」
肩に掛けていた上着を整えながら軽く言う。
「先、行くよ」
そのまま歩き出した背中は、振り返ることはなかった。人の流れに紛れて、その姿が見えなくなる。
蓮は何も言わず、その背中を見送った。
*
零域戦術部隊 通称 零域【ZΩ-00】
桐生蓮隊長執務室
執務区画では、午後の業務が静かに進んでいた。
中央戦略府での会議明けにしては、珍しく隊長の姿がまだ見えない。
入口付近の事務補佐官デスクに座る白倉修司は、
タブレット端末に表示された本日の上官の予定を確認する。
ふと、気怠げな足音に気づいて、顔を上げた視線の先。そこに立っていたのは、軍にはどうにもそぐわない、細身で目を引く副官。
「これ、お土産」
そう言って、冴木は小さな紙袋を差し出した。
「ありがとうございます」
「ホテルの中に入ってた。有名なパティシェのお店なんだって」
冴木は白倉の返事を待つでもなく、デスクの縁に腰を預けた。
足先が床につかない高さで、行き場のないまま、軽く前後に揺れる。
「白倉くん、甘いの、嫌いじゃないでしょ」
桐生隊副官兼戦略参謀 冴木悠斗。
軍服を着ていても、いつもどこか浮いている。
着崩した軍服の襟元から覗く首筋は、不自然なほど華奢で白い。
桐生隊長の隣に立ち続けた副官を、白倉はほとんど知らない。だから今も、冴木がそこにいることが少し不思議だった。
「中央の会議、どうでした?」
白倉は紙袋を開け、中からマカロンを一つ取り出し、そのまま口に運ぶ。
「美味っ!」
「でしょ」
冴木はデスクに腰を預けたまま、足先を軽く揺らす。
「どう、って言われてもね。いつも通り」
「いつも通り、ですか」
「そう、退屈」
白倉はもう一つマカロンを手に取りながら、端末に視線を落とす。
「でも、零域の予算は増えましたよね」
「そこだけは収穫。蓮が強気だったから」
「隊長、いつもあの鋭い眼光で、淡々と正論ぶつけますよね」
「事実を並べてるだけなんだけどね」
「ああいう視線で淡々と詰められたら、誰も口挟めないですよ」
冴木はどうでも良さそうに、息を吐いた。
「あとは、顔ぶれもお説教も、だいたい想像通りかな」
「うちは嫌われてますからね」
「そう言うこと」
ふと思い出したように、白倉が口端を上げる。
「あっちは、どうだったんです?」
「あっち?」
「ほら、空軍の、第三航空機動群でしたっけ。あそこの隊長のこと、冴木さん好みだって言ってたじゃないですか」
冴木は少しだけ考える素振りをしてから、肩をすくめた。
「あー、そっちね。今回は収穫なし」
「え、珍しい。タイプなら見境ないのに」
白倉が笑いをこらえきれずに息を漏らす。
「失礼だな。ちゃんと選んでるよ」
その言葉が落ちた直後、執務室の扉が開いた。
白倉は反射的に振り返り、口に含んでいたマカロンを慌てて飲み込む。
視線の先で、蓮が無言で足を踏み入れてきた。
歩みを止めることなく、室内を一瞥し、そのまま白倉へ視線を向ける。
「午後からの予定を」
白倉は眼鏡を押し上げ、姿勢を正す。
「はい。この後すぐに中央戦略府での会議内容を、各群指揮官および実働隊に共有報告。その後、」
端末を確認してから、白倉は続けた。
「新規配備の半自律型支援兵装の実機テストです」
「午後は詰まってるな」
「まだまだあります」
「あとは自分で確認する」
白倉から端末を受け取り、蓮は視線を落としたまま、冴木の前で一瞬足を止めた。
「早いな」
「そっちが珍しく遅いだけ」
冴木はデスクに腰を預けた姿勢を崩さず、いつも通りの調子で答える。
視線が交わることはなかった。
蓮はそれ以上何も言わず、端末の画面に目を落としたまま執務室の自分のデスクに座る。
冴木もまた、特に気にした様子もなく、足先を軽く揺らした。
白倉は二人の間に視線を行き来させながら、胸の奥に小さな引っかかりを覚えた。
(ん?なんだこの違和感)
交わらない2人の視線。
(まさか、隊長)
白倉はそれ以上考えるのをやめ、端末に視線を戻した。
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