目覚めたら隣に副官がいた。隊長として、あれは事故だと思いたい

そよら

文字の大きさ
9 / 10
CATEGORY 02

PHASE II-04|陸戦近接部隊

しおりを挟む
 翌朝。外では、接近戦に向けた装備の最終確認が続いていた。
 陸戦近接部隊の区画には、金属が擦れる音と短い号令が絶え間なく飛び交っている。

 その一角で、視線が集まる。

 完全武装の隊員たちの列を割るように、冴木が姿を見せた。
 ボディアーマーも重装備もない。軽装のまま、肩から端末を下げている。
 少し長めの髪が無造作に額へかかり、気だるげな空気をまといながらも、その立ち姿には不思議と隙がない。
 装甲服の隊員たちの中で、彼だけがこの場に属していないように見えた。

「あれ、誰だ?」

 背後で、抑えた声が漏れる。

「副官らしい」
「あれが?」
「冗談だろ」

 声は抑えられているが、遠慮のない視線が向けられている。見慣れないものを見るような空気が、その場にそのまま残っていた。
 冴木は気にした様子もなく、周囲をぐるりと見回した。

「近接六班の班長を、探してるんだけど」

 近くにいた兵士が、思わず手元の装備から顔を上げた。

「班長?」
「用件は?」

「作戦のすり合わせをしておきたくて」

 冴木は気負いのない調子で言うと、一歩だけ踏み込み、輪の内側に入った。
 周囲の兵士たちが、互いの顔を見やる。
 一番近くにいた隊員が、留め具を締めながら顔を上げた。

「失礼ですけど、前線に出たことは?」

「ないよ」

 周囲で、かすかな笑いが広がる。

「じゃあ、余計なことはしない方がいい」
「おとなしくしてた方が安全ですよ、副官殿」

「心配してくれてありがとう」

「皮肉も通じないのか」

 揶揄する声が、あちこちから上がる。

「お前さ、何やってんだよ」

 隊員たちの間から、短く刈り込まれた金髪の男が前へ出てくる。肩で人を押し分け、緋堂が輪の中へ入ってきた。

「朝から騒ぎを起こすな」

「班長を、探しに来ただけなんだけど」

「目立つなって言ってる」

 緋堂は冴木の腕を掴み、輪の外へ連れ出す。

「行くぞ。神崎班長のとこ」

 歩き出すと、背後の声が薄れていく。

「昨日で、だいぶ形ついたよね」

 通路を抜けながら、冴木が続ける。

「敵主力はもう大して動けないから、流れが来てるうちに、ここからは接近戦で、一気に行こうかなって」

「今向かってる、神崎班長は話が早い人だ。細かいことで突っかかってくるタイプじゃない」

「だから、六班の班長を選んだ」

「さすが。ただ、桐生隊長はお前みたいなタイプを一番嫌う。勝手な真似して、切られるなよ」

「もう十分、嫌われてるみたいけど」

「だろうな」

 二人は、そのまま準備区画を抜けていく。

 *

 砂漠に並べられた前線指揮管制コンテナの一室。
 扉が開くと、卓上に投影された戦域図を囲み、各班の指揮官たちがすでに集まっていた。

 装甲服の袖をまくった陸戦近接部隊の分隊長が二名、卓を挟んで立っている。
 通信担当は卓の端で、端末を操作していた。

 その少し後ろ、壁際には冴木の姿があった。

「作戦案を共有する」

 蓮は卓の正面に立ち、戦域図を一瞥した。

 零域陸戦近接部隊・第六班班長、神崎が一歩前に出る。

「作戦案は既に整理しております、桐生隊長」

「説明を」

「こちらをご覧ください」

 操作に合わせて、周縁都市《FRINGE-07》の外縁が拡大される。
 外周に点在する複数の反応が、淡く表示された。

「敵の実働は、現在この外周に分散しております。補給線も細く、昨夜のドローン攻撃と遠隔射撃で、拠点内部に主力は残っておりません」

 神崎は淡々と説明を続ける。

「敵が本拠に戦力を集め直す前に、外縁が手薄な現段階で攻勢に出るほうが、被害を最小限に抑えられると考えます」

 蓮は腕を組んだまま、卓上に投影された詳細な配置図へと視線を落とす。
 光のラインで示される部隊配置を追いながら、最後まで言葉を挟まなかった。

「接近戦だな」

 神崎は小さく頷いた。

「話が早い」

 神崎は一瞬だけ、壁際へ視線を向け、すぐに戦域図へ戻した。

「最も確実です」

「それで行く」

 分隊長たちは互いに短く言葉を交わし、指揮管制ユニットを出ていく。

 冴木も壁から離れ、出口へ向かう。

「冴木」

 冴木は足を止め、ゆっくりと振り返った。

「お前の案だな」

 冴木の目が細くなる。その変化は一瞬で、すぐにいつもの気だるげな余裕を帯びた表情に戻った。

「違うと言った方が、都合がいいですか」

「神崎と、事前に詰めていたな」

「優秀な人ですよ」

「答えろ」

「ええ、自分です」

 モニターに走るデータの更新音だけが空気を動かす。

「神崎は優秀だが、収束点までは詰めない。線は太く引くが、端を残す」

 冴木は小さく息を吐いた。

「接近戦になります。隊長は、どの任務でも、前に出られる方だと聞いています」

「前で状況を掴む。それが俺の役目だ」

「配置は、その動きを前提に組みました」 

 冴木は額にかかった髪を無造作にかき上げ、視線を蓮へ戻した。

「隊長が最前に立っても、視界と動線が塞がれない構成です」

 蓮が視線を上げ、初めて冴木を正面から見る。

「助かる」

 冴木の目が、わずかに見開かれる。
 言葉が出ず、そのまま黙り込んだ。

「なんだ」

「いや、なんか想定外で……」

 ほんの一瞬、素の声が漏れ、冴木はふいに、蓮から視線を逸らす。

「失礼しました」

「次からも頼む」

 指揮管制ユニットの照明が、蓮の整った横顔を照らしている。蓮は冴木をまっすぐ見ていた。
 冴木も、それを受け止めたまま動かない。
 表情には、すでにいつもの余裕が戻っていた。

「了解です。では、後ほど」

 冴木は軽く顎を引いた。
 踵を返し、指揮管制ユニットを出ていく。

 室内に残った蓮は、しばらくその扉を見ていた。
 やがて視線をモニターへ戻した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

イケメンダブルセンターとアンチ>ファンな平凡な俺

スノウマン(ユッキー)
BL
アイドルグループ【オーバーウェルミング】は圧倒的な歌唱力の深山影月、圧倒的なパフォーマンス力の漣陽太、そして圧倒的な平凡力な俺間桐真緒の3人で結成されている。  大人気の二人と違いアンチしかいない俺だが、メンバーからもファンからも愛される日が果たしてくるのか!?

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

泣き虫だったはずの幼なじみが再会したら僕を守るために完璧超人になっていた話。

ネギマ
BL
気弱で泣き虫な高校生、日比野千明は、昔からいじめられっ子体質だった。 高校生になればマシになるかと期待したが状況は変わらず、クラスメイトから雑用を押し付けられる毎日を送っていた。 そんなある日、いつものように雑用を押し付けられそうになっている千明を助けたのは、学校中が恐れる“完璧超人”の男子生徒、山吹史郎だった。 文武両道、眉目秀麗、近寄りがたい雰囲気を纏う一匹狼の生徒だったが、実は二人は、幼い頃に離れ離れになった幼なじみだった――。

天使から美形へと成長した幼馴染から、放課後の美術室に呼ばれたら

たけむら
BL
美形で天才肌の幼馴染✕ちょっと鈍感な高校生 海野想は、保育園の頃からの幼馴染である、朝川唯斗と同じ高校に進学した。かつて天使のような可愛さを持っていた唯斗は、立派な美形へと変貌し、今は絵の勉強を進めている。 そんなある日、数学の補習を終えた想が唯斗を美術室へと迎えに行くと、唯斗はひどく驚いた顔をしていて…? ※1話から4話までは別タイトルでpixivに掲載しております。続きも書きたくなったので、ゆっくりではありますが更新していきますね。 ※第4話の冒頭が消えておりましたので直しました。

【「麗しの眠り姫」シリーズ】苦労性王子は今日も従兄に振り回される

黒木  鳴
BL
「麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る」でセレナードたちに振り回されるお世話係ことエリオット王子視点のお話。エリオットが親しい一部の友人たちに“王子(笑)”とあだなされることになった文化祭の「sleeping beauty」をめぐるお話や生徒会のわちゃわちゃなど。【「麗しの眠り姫」シリーズ】第三段!!義兄さまの出番が少ないのでBL要素は少なめです。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

病弱で病院生活の俺は、幼なじみの恋人と別れたい

しゅうじつ
BL
この先明るい未来のない俺から恋人を解放してあげたい受け×何があってもずっと一緒にいたい恋人 超短編、暗い話 1話完結です。 追記 続きを出しました。(2026/3/5)

過去のやらかしと野営飯

琉斗六
BL
◎あらすじ かつて「指導官ランスロット」は、冒険者見習いだった少年に言った。 「一級になったら、また一緒に冒険しような」 ──その約束を、九年後に本当に果たしに来るやつがいるとは思わなかった。 美形・高スペック・最強格の一級冒険者ユーリイは、かつて教えを受けたランスに執着し、今や完全に「推しのために人生を捧げるモード」突入済み。 それなのに、肝心のランスは四十目前のとほほおっさん。 昔より体力も腰もガタガタで、今は新人指導や野営飯を作る生活に満足していたのに──。 「討伐依頼? サポート指名? 俺、三級なんだが??」 寝床、飯、パンツ、ついでに心まで脱がされる、 執着わんこ攻め × おっさん受けの野営BLファンタジー! ◎その他 この物語は、複数のサイトに投稿されています。

処理中です...