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第3部     黒い剣士と宿敵の魔族メイズ

第1話

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「数えろ。今の僕は戦士じゃない。行商人だ。物資の数を正確に把握しないといけない」

野営地に向かう前、まずは一つ、確かめなければならないことがあった。
――物資が、本当に足りるのか。

行商に転じてから、僕ホワイトの足は軽くなったわけじゃない。
むしろ、どこへ行っても重い。

荷台に積んだ薬草、回復薬、魔石、乾燥肉。
それらは命綱なのに、同時に僕を縛る鎖でもある。
荷が減るほど安心し、荷が減るほど不安になるんだから、矛盾だ。

風が吹く草原の道を、僕は黙って歩いた。
隣を歩くのは、ナイル。

見上げるほどに大柄な体躯、脚が長く、やけに堂々としていて、しかも――派手だ。
旅装のはずなのに、立っているだけで目立つ。

それに外見の派手さ以外にも、その存在感は圧倒的だ。
見た目だけじゃない。

雰囲気、というか高い魔力が感じられるというか。

視線の集まり方が違う。

何もしていなくても、空気がそちらへ寄っていく感じだ。

「ねえ、ホワイト。顔、こわいわよお?」

ナイルが笑いながら言う。

ナイルは、今の軽口が示す通り、派手な外見とは裏腹に陽気で、人懐っこい性格をしている。

「こわくない。ただ考えてるだけだよ」

「考えすぎぃ。人族って、すぐ顔に出るのよねぇ」

ナイルは、ふっと前を見た。
そして、まるで気楽な散歩みたいに言う。

「・・・・ま、行商って大変よねぇ。売れなきゃ食えない。売れても恨まれる。どう転んでも疲れるもの」

その言い方が妙に現実的で、僕は息を吐いた。

「ナイルって、そういうこと分からなさそうなのに意外にわかっているんだね」

「失礼ねぇ。分かっているわよ、ちゃあんと。・・・・分かってるから、こうやってえ、ほらあ、地上を歩いてるてしょう」

一瞬、僕は返事に迷った。

ナイルが、僕に合わせて歩いている。
それが、どれだけ珍しいことなのか。僕だけが知っている。

「・・・・ありがとう」

言うと、ナイルは肩をすくめた。

「礼はいらないわよん。あたくし、気まぐれだもの」

そう言って、彼女は空を見上げた。
雲の流れが速い。風が強い証拠だ。
人族の僕には、今日の移動はしんどい。
でも――ナイルは違う。

「ねえ、あたくしの話、聞いてたぁ?」

「なに?」

「龍族って、飛べるのよ」

「飛べる?」

「龍の状態は、もちろんなんだけどお」

「人化していても飛ぶって“意識”すればあ。魔法じゃなくて、もっと、そう、呼吸みたいな気軽さでね」

ナイルは平然と言う。
僕は、思わず荷台の車輪を見た。
車輪はきしみ、道はぬかるみ、僕の足は重い。

「便利でうらやましいよ」

「でしょう?」

少しだけ、彼女は得意げに笑った。
でも、次の言葉は違った。

「・・・・・けど、ホワイトが歩くなら、あたくしも歩くわよ」

その言葉が、風の音に溶けずに残る。
僕は目を伏せた。うまく返せない。

歩き続け、日が傾き、焚き火の匂いが濃くなるころ。
遠くに、灯りが見えた。

――野営地だ。

想像していたより、ずっと大きい。
町と見まがうほどの規模。
軍が陣を張ると、数日で商人や周辺の住民が集まり、勝手に市場ができる。
人は、金の匂いに敏感だ。

僕も、その一人だ。
綺麗事は言わない。必要なんだ。
薬も、食糧も、武具の修繕も。勇者の後方支援には、金がいる。

野営地の入口で、見張りに止められた。

「名は?」

「ホワイトといいます。・・・・スレート・シルバーナ男爵に用があります。取り次いでほしいのですが・・・」

見張りは訝しむ。
黒い鎧。古い。薄汚れている。
平民の匂いがする。――そういう目だ。

「男爵様に?」

「昔、同じ旅をした仲間なんですよ」

しばらくの沈黙のあと、見張りは渋々、奥へ走った。

そのときだった。

「ホワイト!!」

背後から、馴染みの声がした。
間違えるはずがない。
僕は振り返る。

そこにいたのは――スレートじゃない。

赤い髪。赤い瞳。
軍装の上からでも分かる、場に馴染まない整った顔立ち。

「クラレット・・・・殿下」

ゴールド王国の王太子。
僕の幼なじみ。
そして、今や国の英雄。

「ケガはない?良かった。ここで会えるなんて」

驚く彼に、僕は事情を簡潔に説明する。
勇者パーティの後方支援の任務を受けていること。

物資の調達のために、各地を行商をして回っていること。
ナイルのことは――旅の同行者、とだけ言った。

彼女の正体をいう必要はないし、クラレットも深くは聞いてこなかった。

説明の後、彼は僕に抱きついてきた。
勢いが強い。鎧の胸当てがぶつかる。

「ちょ、クラレット」

「元気そうでよかった。それに、生きてた」

息が、近い。
妙に、いい匂いがした。
香草のような、甘いような。・・・・・・男の匂いかこれ。

僕は一瞬、思考が止まるが、気のせいだと思うことにした。

「僕は・・・・まあ、なんとかね」

それだけ返して、僕は視線を逸らした。
脳が、考えることを放棄した。
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