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暫しのお別れ
④
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いつものように屋根に舞い降りたセルジュは、いつものように僕の隣に腰を下ろす。
「晴れて良かったな。魔国では朝方雨が降ったから、飛べないんじゃないかと気が気じゃなかった」
牙を見せて笑う顔も変わらない。
場合によっては今度会う時が最期になるかもしれない。
選択する道によっては僕らの奇妙な友情は今夜で終わる。
けれど、しみったれた感傷など、今の僕たちには似合わない。
「濡れ鼠の君も一度見てみたかったな」
「羽が濡れて重くなる。髪の毛も貼りつくし。とにかくうっとおしくて最悪の気分になる。濡れるのは嫌いだ」
「もしかして泳いだりもしないのか?」
「魔国には湖があって夏場は賑わうけどな、俺は行かない。泳げねぇし」
「セルジュはかなづちなのか?!」
僕は声を上げて笑った。身体能力が完璧に見える魔王の思わぬ欠点を知り、しかも拗ねたような表情が可愛らしく、気分が高揚した。
「笑うな」
「君は良い意味で魔王らしくないよな。トマトが嫌いだったり、泳げなかったり。駄々も捏ねるし」
「親しい奴の前だけだ。普段はこうじゃない。一応君主だからな!」
一番じゃなくても、君が心を許せる存在の中に僕が含まれているなら、それでいい。
望まれずこの世の中に生れ落ち、僅かに与えられた温もりを拾い集めて形を保っていた僕に、セルジュは命を吹き込んでくれた。
ただ純粋に寄せられる好意に、僕がどれほど救われたか。
僕は君のおかげで輪郭を持ち、実体を得て、僕として生きてこられたのだ。
「とはいえ、おれもすんなり受け入れたわけでもねぇよ。最初は魔王なんか面倒だなって思ってたな。やりたくねぇって我儘を言って周りを困らせたり」
「そうなのか」
「お前には偉そうなことを言ってたけどな」
胡坐をかき、交差した足首を掴んだセルジュが苦笑いをする。
魔王は世襲制ではないと以前セルジュが話してくれたことがある。生まれつき魔力を容れる器の大きい者が選ばれるという。
「実際のところ、俺一人で国を統べているわけじゃねぇ。周りで補佐してくれる奴らが優秀だからなんとかなってる。ズーガリアに比較すれば魔国の総人口なんて微々たるもんだけど、それでもままならねぇことはある。考えても答えの出ないこともある」
セルジュが魔国についてここまで語るのは珍しい。お互いの近況は報告し合っても、国の内情に関わる話題はお互い意識的に避けていたからだ。
「でもよ、俺が魔王でオリバーが勇者だからこそ、俺たちは会えた」
セルジュが僕の肩に手を回し引き寄せた。嗅ぎなれた匂いを吸い込み、心地よい温もりに身を委ねる。
「そうだね。あり得ないことだけど」
僕らは敵同士。国を背負って戦うことを定められた者同士。
けれど、出会わなければよかったと思ったことは一度もなかった。
「とうとう対戦の日が来るな」
「楽しみかい?」
「ああ」
その声には迷いがない。
「僕もだ」
戦わずに済ます方法もあった。けれど、僕はそれを選ばない。
己を極限まで高め、ぶつけあう。そのような機会を得ることなど滅多にない。
きっと一生に一度。
僕にとっての魔聖対戦は、愛の告白だ。
決して告げることの叶わないセルジュへの思いを、剣に乗せて捧げる。
自ら死を選ぶ結末は手放しても、これだけは譲れなかった。
その夜、僕たちは口付けをすることはなかった。
固い握手を交わし、お互いを抱擁して別れた。
僕は屋根の上に立ち、去っていくセルジュを見送った。
その有翼の姿が半分の月に吸い込まれて消えるまで、ずっと見ていた。
「晴れて良かったな。魔国では朝方雨が降ったから、飛べないんじゃないかと気が気じゃなかった」
牙を見せて笑う顔も変わらない。
場合によっては今度会う時が最期になるかもしれない。
選択する道によっては僕らの奇妙な友情は今夜で終わる。
けれど、しみったれた感傷など、今の僕たちには似合わない。
「濡れ鼠の君も一度見てみたかったな」
「羽が濡れて重くなる。髪の毛も貼りつくし。とにかくうっとおしくて最悪の気分になる。濡れるのは嫌いだ」
「もしかして泳いだりもしないのか?」
「魔国には湖があって夏場は賑わうけどな、俺は行かない。泳げねぇし」
「セルジュはかなづちなのか?!」
僕は声を上げて笑った。身体能力が完璧に見える魔王の思わぬ欠点を知り、しかも拗ねたような表情が可愛らしく、気分が高揚した。
「笑うな」
「君は良い意味で魔王らしくないよな。トマトが嫌いだったり、泳げなかったり。駄々も捏ねるし」
「親しい奴の前だけだ。普段はこうじゃない。一応君主だからな!」
一番じゃなくても、君が心を許せる存在の中に僕が含まれているなら、それでいい。
望まれずこの世の中に生れ落ち、僅かに与えられた温もりを拾い集めて形を保っていた僕に、セルジュは命を吹き込んでくれた。
ただ純粋に寄せられる好意に、僕がどれほど救われたか。
僕は君のおかげで輪郭を持ち、実体を得て、僕として生きてこられたのだ。
「とはいえ、おれもすんなり受け入れたわけでもねぇよ。最初は魔王なんか面倒だなって思ってたな。やりたくねぇって我儘を言って周りを困らせたり」
「そうなのか」
「お前には偉そうなことを言ってたけどな」
胡坐をかき、交差した足首を掴んだセルジュが苦笑いをする。
魔王は世襲制ではないと以前セルジュが話してくれたことがある。生まれつき魔力を容れる器の大きい者が選ばれるという。
「実際のところ、俺一人で国を統べているわけじゃねぇ。周りで補佐してくれる奴らが優秀だからなんとかなってる。ズーガリアに比較すれば魔国の総人口なんて微々たるもんだけど、それでもままならねぇことはある。考えても答えの出ないこともある」
セルジュが魔国についてここまで語るのは珍しい。お互いの近況は報告し合っても、国の内情に関わる話題はお互い意識的に避けていたからだ。
「でもよ、俺が魔王でオリバーが勇者だからこそ、俺たちは会えた」
セルジュが僕の肩に手を回し引き寄せた。嗅ぎなれた匂いを吸い込み、心地よい温もりに身を委ねる。
「そうだね。あり得ないことだけど」
僕らは敵同士。国を背負って戦うことを定められた者同士。
けれど、出会わなければよかったと思ったことは一度もなかった。
「とうとう対戦の日が来るな」
「楽しみかい?」
「ああ」
その声には迷いがない。
「僕もだ」
戦わずに済ます方法もあった。けれど、僕はそれを選ばない。
己を極限まで高め、ぶつけあう。そのような機会を得ることなど滅多にない。
きっと一生に一度。
僕にとっての魔聖対戦は、愛の告白だ。
決して告げることの叶わないセルジュへの思いを、剣に乗せて捧げる。
自ら死を選ぶ結末は手放しても、これだけは譲れなかった。
その夜、僕たちは口付けをすることはなかった。
固い握手を交わし、お互いを抱擁して別れた。
僕は屋根の上に立ち、去っていくセルジュを見送った。
その有翼の姿が半分の月に吸い込まれて消えるまで、ずっと見ていた。
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