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縁結び娘の苦悩
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「おはよう」
いつものように迎えに来た蒼士に挨拶をし、モカは助手席に乗り込んだ。
蒼士はモカの自宅の方向を暫し見てから、シートベルトを嵌めるモカに顔を寄せてキスをした。
「何なの?」
至近距離で見つめる蒼士に驚いて訊ねると、蒼士は不機嫌そうに眉を寄せた。
「しちゃ駄目なのかよ」
「…そうじゃないけど、いきなりだったからびっくりしたんだよ」
「じゃ、もう一回、ほら、舌出せ」
「ちょっと、朝から濃厚なやつかますつもり?」
「うるせ、黙れって」
蒼士はモカの口内に舌を入れてモカの舌を絡めとる。
シートに押し付けられたモカは逃げられずに、蒼士の巧みな舌使いに翻弄される。
「はっ、ねえ、もう止めて」
「気持ち良いくせに」
「朝から煽ってどうすんのよ、こんな浮わついた気持ちで儀式に立ち会えないよ」
「やーらしい、直ぐ気持ち良くなっちまうんだなぁ、モカちゃんは」
「ムカつく!」
モカは蒼士の頬を押し退けた。
蒼士はニヤリと笑うと運転席に身体を戻してハンドルを握った。
「再来週くらいにまた飯でも食いに行く?」
「良いけど、仕事は大丈夫なの?また残業して儀式に皺寄せがきたら不味いんじゃない?」
蒼士は運転しながらモカの手を握った。
「その頃なら仕事が一段落つきそうだから誘ってんだよ。…なあ、お前、この間の元カレにちゃんと言ったのかよ」
「……何を?」
蒼士はモカを横目で睨み、手を握る力を強めた。
「付き合えない、って言ったのかよ」
「ああ、うん。ちゃんと言ったよ。少し食い下がられたけど、そこは毅然とね!」
「…毅然と何て言ったんだよ」
「他に…」
「他に?」
「良い人が見つかると思う。そして、それは私じゃない!」
蒼士はハァと息を吐いた。
「何よ」
「いや、何でもねぇ」
蒼士はそうやって、ちょくちょくモカに触れてきた。
人目がない隙を見て、キスをしたり手を握ったり。
その度にモカの心は甘く疼く。
たまに見せる過保護な言動も嬉しくて、蒼士への想いはどんどん加速していく。
蒼士も自分の事を好きなのかもしれない。
その推測は決して自惚れではない気がした。
しかし、それが確信に変わることはなかった。
モカは恋に浮かれるあまり、すっかり忘れていたのだ。
自分が『縁結び人間』だということを。
午前中の儀式を終えたモカは社務所の中に設けられた受付に向かい、ガラス張りの窓口の前に座った。
権禰宜さんが交通安全の祈祷に入ったので交代要員として呼ばれたのだ。
ここで一般参拝客の対応や祈祷の申込を受け付ける。
暫くして蒼士もやって来た。
「来ねぇと思うけどなぁ」
ぶつぶつ言いながら御朱印用の朱肉の箱を取り出して台に置く。
数は少ないが田出呂神社にも稀に御朱印を希望する参拝客が現れる。
神社名と日付を筆で直書きし朱印を押すだけのシンプルなものだが、神主が担当することになっているのだ。
「絵でも描いてみたらどうかなぁ、ここの山の名前の田出呂苺山(でんでろいちごやま)にちなんでイチゴとかさ。きっと女子は食いつくよ、可愛い!ってなるよ」
蒼士はさらさらと紙に筆を走らせて掲げた。
「どうよ」
「朝鮮人参だろそれは。イチゴにひげは生えてません」
「種だろーが」
「果肉から激しく飛び出してんだろーが」
そうやって軽口を叩き合う二人だったが、ガラス窓が開く音に気付き、慌てて姿勢を正す。
「あのー、祈祷を申し込みたいんですけど」
「はい、どういった」
「家内安全……あれ?モカ?」
名前を呼ばれ、モカは受付の窓に覗く顔を見返した。
「花枝ちゃん!久しぶり!」
「やっぱりモカだ!え?え?何でここにいんの?隣町の会社に就職したんじゃないの?」
「うん、ちょっと事情があってね、巫女のバイト中なんだ」
花枝は高校の時の友人だ。
美人だが鼻にかけないサバサバした性格で、男女問わず友人が多い人気者だった。
花枝は窓口から中を覗き込む。
「ね、めっちゃイケメンじゃない?神主さんなの?若っ」
モカはドキリとして蒼士を振り返った。
蒼士はじっとこちらを窺っている。
「こちらの参拝者さん、高校の時の同級生の出水花枝さんです」
「そうですか、モカさんの。こんにちは」
蒼士はにこやかに会釈した。
…モカさんだって。
成る程、意外にも外面が良いんだなぁ、浅緋さんの言う通りだ。
モカは少々呆れた表情で蒼士を見た後、花枝に向き直った。
「えーっと、それで家内安全の祈祷希望だっけ」
「毎年うちの両親がお願いしてるらしいの。たまたま近くに来る用があったから申込を頼まれたんだよね」
「そうなんだ。一応名前と住所と連絡先を記入してもらえるかな、後でリストと照会してみるから。お代を先に頂いて良い?」
花枝は申込用紙に記入すると代金と共にモカに手渡した。
「巫女のバイトかぁ、良いなぁ。もう募集してないの?実は今就活中でさ」
「そうなの?訊いてみようか」
「本当に?私さ、これでも経験あるんだよ。巫女舞いも踊れるし」
「へぇ、凄いね」
「また連絡頂戴、せっかくだから参拝してくるわ」
花枝は手を振って去っていった。
花枝ちゃん相変わらず美人だったなぁ。
ぼんやり見送っていると、背後から蒼士が言った。
「綺麗な子だな」
振り返ると、蒼士が窓越しに、花枝の姿を目で追っていた。
モカは背中にゾワリとしたものを感じた。
咄嗟に身体を屈め、腕を擦る。
嫌な感じだ。
……そう、そうだ。
なんで今の今まで忘れていたんだろう。
私は周りの人間の縁を引き寄せるんだ。
蒼士だって例外じゃない、その対象になり得るんだ。
私が蒼士の良縁を引き寄せたんだとしたら?
それが、花枝ちゃんだとしたら?
モカは目の前が真っ黒に塗り潰されていくような心地がした。
蒼士と身体を重ねてから、距離がどんどんと近くなっていくことに有頂天になっていたが、決定的な未来を忘れていた。
モカは誰かの一番にはなれないのだ。
今までの苦い思いが甦る。
一番近くにいた筈の恋人が、自分の近しい人に惹き付けられ、離れていく。
またあんな思いをするの?
蒼士が自分じゃない人を一番近くに置くのを見るなんて辛すぎる。
離れに入っていく花枝の姿が浮かぶ。
中には蒼士が待っていて…
モカは顔を覆う。
駄目だ。
今回ばかりは無理だ。
平気なふりなんて出来そうにない。
どうしよう……
モカは来るべき未来に怯えた。
そして、それは今までと同じ様に、流れるように、そして急速に、やって来た。
いつものように迎えに来た蒼士に挨拶をし、モカは助手席に乗り込んだ。
蒼士はモカの自宅の方向を暫し見てから、シートベルトを嵌めるモカに顔を寄せてキスをした。
「何なの?」
至近距離で見つめる蒼士に驚いて訊ねると、蒼士は不機嫌そうに眉を寄せた。
「しちゃ駄目なのかよ」
「…そうじゃないけど、いきなりだったからびっくりしたんだよ」
「じゃ、もう一回、ほら、舌出せ」
「ちょっと、朝から濃厚なやつかますつもり?」
「うるせ、黙れって」
蒼士はモカの口内に舌を入れてモカの舌を絡めとる。
シートに押し付けられたモカは逃げられずに、蒼士の巧みな舌使いに翻弄される。
「はっ、ねえ、もう止めて」
「気持ち良いくせに」
「朝から煽ってどうすんのよ、こんな浮わついた気持ちで儀式に立ち会えないよ」
「やーらしい、直ぐ気持ち良くなっちまうんだなぁ、モカちゃんは」
「ムカつく!」
モカは蒼士の頬を押し退けた。
蒼士はニヤリと笑うと運転席に身体を戻してハンドルを握った。
「再来週くらいにまた飯でも食いに行く?」
「良いけど、仕事は大丈夫なの?また残業して儀式に皺寄せがきたら不味いんじゃない?」
蒼士は運転しながらモカの手を握った。
「その頃なら仕事が一段落つきそうだから誘ってんだよ。…なあ、お前、この間の元カレにちゃんと言ったのかよ」
「……何を?」
蒼士はモカを横目で睨み、手を握る力を強めた。
「付き合えない、って言ったのかよ」
「ああ、うん。ちゃんと言ったよ。少し食い下がられたけど、そこは毅然とね!」
「…毅然と何て言ったんだよ」
「他に…」
「他に?」
「良い人が見つかると思う。そして、それは私じゃない!」
蒼士はハァと息を吐いた。
「何よ」
「いや、何でもねぇ」
蒼士はそうやって、ちょくちょくモカに触れてきた。
人目がない隙を見て、キスをしたり手を握ったり。
その度にモカの心は甘く疼く。
たまに見せる過保護な言動も嬉しくて、蒼士への想いはどんどん加速していく。
蒼士も自分の事を好きなのかもしれない。
その推測は決して自惚れではない気がした。
しかし、それが確信に変わることはなかった。
モカは恋に浮かれるあまり、すっかり忘れていたのだ。
自分が『縁結び人間』だということを。
午前中の儀式を終えたモカは社務所の中に設けられた受付に向かい、ガラス張りの窓口の前に座った。
権禰宜さんが交通安全の祈祷に入ったので交代要員として呼ばれたのだ。
ここで一般参拝客の対応や祈祷の申込を受け付ける。
暫くして蒼士もやって来た。
「来ねぇと思うけどなぁ」
ぶつぶつ言いながら御朱印用の朱肉の箱を取り出して台に置く。
数は少ないが田出呂神社にも稀に御朱印を希望する参拝客が現れる。
神社名と日付を筆で直書きし朱印を押すだけのシンプルなものだが、神主が担当することになっているのだ。
「絵でも描いてみたらどうかなぁ、ここの山の名前の田出呂苺山(でんでろいちごやま)にちなんでイチゴとかさ。きっと女子は食いつくよ、可愛い!ってなるよ」
蒼士はさらさらと紙に筆を走らせて掲げた。
「どうよ」
「朝鮮人参だろそれは。イチゴにひげは生えてません」
「種だろーが」
「果肉から激しく飛び出してんだろーが」
そうやって軽口を叩き合う二人だったが、ガラス窓が開く音に気付き、慌てて姿勢を正す。
「あのー、祈祷を申し込みたいんですけど」
「はい、どういった」
「家内安全……あれ?モカ?」
名前を呼ばれ、モカは受付の窓に覗く顔を見返した。
「花枝ちゃん!久しぶり!」
「やっぱりモカだ!え?え?何でここにいんの?隣町の会社に就職したんじゃないの?」
「うん、ちょっと事情があってね、巫女のバイト中なんだ」
花枝は高校の時の友人だ。
美人だが鼻にかけないサバサバした性格で、男女問わず友人が多い人気者だった。
花枝は窓口から中を覗き込む。
「ね、めっちゃイケメンじゃない?神主さんなの?若っ」
モカはドキリとして蒼士を振り返った。
蒼士はじっとこちらを窺っている。
「こちらの参拝者さん、高校の時の同級生の出水花枝さんです」
「そうですか、モカさんの。こんにちは」
蒼士はにこやかに会釈した。
…モカさんだって。
成る程、意外にも外面が良いんだなぁ、浅緋さんの言う通りだ。
モカは少々呆れた表情で蒼士を見た後、花枝に向き直った。
「えーっと、それで家内安全の祈祷希望だっけ」
「毎年うちの両親がお願いしてるらしいの。たまたま近くに来る用があったから申込を頼まれたんだよね」
「そうなんだ。一応名前と住所と連絡先を記入してもらえるかな、後でリストと照会してみるから。お代を先に頂いて良い?」
花枝は申込用紙に記入すると代金と共にモカに手渡した。
「巫女のバイトかぁ、良いなぁ。もう募集してないの?実は今就活中でさ」
「そうなの?訊いてみようか」
「本当に?私さ、これでも経験あるんだよ。巫女舞いも踊れるし」
「へぇ、凄いね」
「また連絡頂戴、せっかくだから参拝してくるわ」
花枝は手を振って去っていった。
花枝ちゃん相変わらず美人だったなぁ。
ぼんやり見送っていると、背後から蒼士が言った。
「綺麗な子だな」
振り返ると、蒼士が窓越しに、花枝の姿を目で追っていた。
モカは背中にゾワリとしたものを感じた。
咄嗟に身体を屈め、腕を擦る。
嫌な感じだ。
……そう、そうだ。
なんで今の今まで忘れていたんだろう。
私は周りの人間の縁を引き寄せるんだ。
蒼士だって例外じゃない、その対象になり得るんだ。
私が蒼士の良縁を引き寄せたんだとしたら?
それが、花枝ちゃんだとしたら?
モカは目の前が真っ黒に塗り潰されていくような心地がした。
蒼士と身体を重ねてから、距離がどんどんと近くなっていくことに有頂天になっていたが、決定的な未来を忘れていた。
モカは誰かの一番にはなれないのだ。
今までの苦い思いが甦る。
一番近くにいた筈の恋人が、自分の近しい人に惹き付けられ、離れていく。
またあんな思いをするの?
蒼士が自分じゃない人を一番近くに置くのを見るなんて辛すぎる。
離れに入っていく花枝の姿が浮かぶ。
中には蒼士が待っていて…
モカは顔を覆う。
駄目だ。
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