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ポッコチーヌ様のお世話係
白騎士団長の側近①
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その日から、更に密着した生活が始まった。そう、ベッタリだ。
「団長、そのように張り付かなくても良いのでは。歩き辛いのですが」
「お前は俺の側近だろう」
マクシミリアンはゲルダの腕にしがみつく。
ゲルダが背後のニコライを見やれば、相変わらずのニヤついた表情でこちらを見ている。
「まあまあ、お前が傍にいれば団長会議も巡回にも出てくれるってんだからさ、付き合ってやってくれよ」
ゲルダはため息を呑み込み、傍らにある身体を見下ろす。カタカタと小刻みに震える様は憐れとしか言いようがない。
「そんなに無理をされなくても良いんじゃないですか?」
「そうもいかない。今日の会議は半年に一度の総会だ。稀に陛下が姉上を……王妃殿下を伴うことがあるのだ。それでなくとも、姉上は必ず陛下に俺のことを訊ねるに違いない。となれば、白騎士団長として遜色ない働きをしていると証明しないと」
「証明しないとどうなるんです?」
「家に連れ戻される」
腕を掴む手に力が籠り、マクシミリアンがぎゅっと目を瞑った。
「なるほど」
余程実家が怖いらしい。とっくに成人し騎士団最強と言われるほどの男になったにも関わらず、擦りこまれた隷従の刻印は簡単に消せるものではないようだ。腕力ならゆうに父を凌ぐだろうにそれでも敵わないと思い込んでいる。
その呪縛が解けることをゲルダは願う。この不憫な騎士団長が、いつか見えない鎖を外し、自由になる、その手助けができたらよいと思う。
思いに耽っているうちに扉の前に着いた。ここから先は他の団へ続く廊下となる。いっそう青ざめ固まる顔を見て、ゲルダとニコライは顔を見合わせた。
「マクシミリアン、ゲルダの言う通りだ。無理をして更に悪化しては元も子もない。ゆっくりで良いんだぞ。俺だって、これまでのように補ってやれる」
「……いや、いずれ向き合わねばならない事だ。俺だとて、このままの状態は嫌だ」
マクシミリアンはゆっくりとゲルダの腕から離れる。胸に手を当て、深呼吸を繰り返した。ゲルダとニコライはその背中をじっと見守る。
「どれだけ自分を讃えても自信など持てなかった。恐怖も消えなかった。いつまでも空っぽで。……けど」
マクシミリアンは振り返った。少し青ざめながらもその瞳には力が宿っている。
「お前たちが傍にいるなら、何とか出来そうな気がする」
ゲルダは前に進み出る。
「お供します団長。私共がついております故、恐れることはありません」
マクシミリアンは小さく頷いた。ゲルダは厳重に掛けられた鍵を外し、重い扉を押す。そして、その先へと三人で足を踏み出した。
団長会議が行われる部屋は、王宮と一番近い場所にある。要職しか入ることを許されないエリアだ。すれ違う騎士も殆ど見られなくなったところで、ゲルダはおもむろに口を開いた。
「そういえば、私、まずいことを思い出しました」
「まずいこと?」
「白騎士団へ来る前に、研修生として青赤黒を渡り歩いた訳なんですが、最終日に各団の団長に呼び出されて命じられた事がありまして」
「研修生に命令するなど、軽率だな。何をやってるんだあの方らは。いったい何を命じられたんだ?」
「それが、マクシミリアン団長の素行、弱味を探れといった内容でして」
「はあ?!」
「面倒だったのでその場は引き受けましたが、正直いって乗り気ではなくて。研修期間が終わった後に、何も掴めなかったと報告するつもりだったんです」
正直に言えば、あまりに重大な秘密を知り、怖気付いてしまったのだが。結局、研修期間が切れぬ内に白騎士団への所属が決まってしまい、虚偽の報告をする機会もなく今に至るのである。
「私の任務は続行中なんですよね。未だに自分の手駒だと思われている可能性が高い」
「そりゃ確かに厄介だな。面白ぇけど」
「面白くはないですよ」
ゲルダが軽く睨むと、ニコライは肩を竦める。すると、背中を向けながらも二人の会話を聞いていたのだろう、マクシミリアンが振り向いた。
「俺があまりに表に出てこなくなったので、不審に思ったのだろう。俺のせいだ」
ゲルダはマクシミリアンの隣に並ぶと背中に手を添える。
「団長が気に病むことではありません。そもそも、私を介して探ろうなどという小狡いやり方が気に食わない。直接問えば良い事です」
「俺の背後にはガルシア家があるから。今は王妃の生家でもあるしな。団長の中では俺が一番年若いにも関わらず、就任当初から皆どこか遠慮がちに接する。騎士団長とて権力の前には無力なのだ」
「騎士団は国を守るのが使命でしょう。いざと言う時には一枚岩となり戦わねばなりません。それが、たかが有力貴族の顔色を窺い足を引っ張るかのごとくコソコソ探るなど、みっともない」
「……みっともないか」
「私はそう思います!」
「……そうだな、うん」
「ご安心を。私は今や白騎士団長の側近なのです。もし何か言われても毅然と跳ね除けて見せます!」
鼻から息を吐き拳を握るゲルダを、マクシミリアンは眩しそうに見つめていた。
「団長、そのように張り付かなくても良いのでは。歩き辛いのですが」
「お前は俺の側近だろう」
マクシミリアンはゲルダの腕にしがみつく。
ゲルダが背後のニコライを見やれば、相変わらずのニヤついた表情でこちらを見ている。
「まあまあ、お前が傍にいれば団長会議も巡回にも出てくれるってんだからさ、付き合ってやってくれよ」
ゲルダはため息を呑み込み、傍らにある身体を見下ろす。カタカタと小刻みに震える様は憐れとしか言いようがない。
「そんなに無理をされなくても良いんじゃないですか?」
「そうもいかない。今日の会議は半年に一度の総会だ。稀に陛下が姉上を……王妃殿下を伴うことがあるのだ。それでなくとも、姉上は必ず陛下に俺のことを訊ねるに違いない。となれば、白騎士団長として遜色ない働きをしていると証明しないと」
「証明しないとどうなるんです?」
「家に連れ戻される」
腕を掴む手に力が籠り、マクシミリアンがぎゅっと目を瞑った。
「なるほど」
余程実家が怖いらしい。とっくに成人し騎士団最強と言われるほどの男になったにも関わらず、擦りこまれた隷従の刻印は簡単に消せるものではないようだ。腕力ならゆうに父を凌ぐだろうにそれでも敵わないと思い込んでいる。
その呪縛が解けることをゲルダは願う。この不憫な騎士団長が、いつか見えない鎖を外し、自由になる、その手助けができたらよいと思う。
思いに耽っているうちに扉の前に着いた。ここから先は他の団へ続く廊下となる。いっそう青ざめ固まる顔を見て、ゲルダとニコライは顔を見合わせた。
「マクシミリアン、ゲルダの言う通りだ。無理をして更に悪化しては元も子もない。ゆっくりで良いんだぞ。俺だって、これまでのように補ってやれる」
「……いや、いずれ向き合わねばならない事だ。俺だとて、このままの状態は嫌だ」
マクシミリアンはゆっくりとゲルダの腕から離れる。胸に手を当て、深呼吸を繰り返した。ゲルダとニコライはその背中をじっと見守る。
「どれだけ自分を讃えても自信など持てなかった。恐怖も消えなかった。いつまでも空っぽで。……けど」
マクシミリアンは振り返った。少し青ざめながらもその瞳には力が宿っている。
「お前たちが傍にいるなら、何とか出来そうな気がする」
ゲルダは前に進み出る。
「お供します団長。私共がついております故、恐れることはありません」
マクシミリアンは小さく頷いた。ゲルダは厳重に掛けられた鍵を外し、重い扉を押す。そして、その先へと三人で足を踏み出した。
団長会議が行われる部屋は、王宮と一番近い場所にある。要職しか入ることを許されないエリアだ。すれ違う騎士も殆ど見られなくなったところで、ゲルダはおもむろに口を開いた。
「そういえば、私、まずいことを思い出しました」
「まずいこと?」
「白騎士団へ来る前に、研修生として青赤黒を渡り歩いた訳なんですが、最終日に各団の団長に呼び出されて命じられた事がありまして」
「研修生に命令するなど、軽率だな。何をやってるんだあの方らは。いったい何を命じられたんだ?」
「それが、マクシミリアン団長の素行、弱味を探れといった内容でして」
「はあ?!」
「面倒だったのでその場は引き受けましたが、正直いって乗り気ではなくて。研修期間が終わった後に、何も掴めなかったと報告するつもりだったんです」
正直に言えば、あまりに重大な秘密を知り、怖気付いてしまったのだが。結局、研修期間が切れぬ内に白騎士団への所属が決まってしまい、虚偽の報告をする機会もなく今に至るのである。
「私の任務は続行中なんですよね。未だに自分の手駒だと思われている可能性が高い」
「そりゃ確かに厄介だな。面白ぇけど」
「面白くはないですよ」
ゲルダが軽く睨むと、ニコライは肩を竦める。すると、背中を向けながらも二人の会話を聞いていたのだろう、マクシミリアンが振り向いた。
「俺があまりに表に出てこなくなったので、不審に思ったのだろう。俺のせいだ」
ゲルダはマクシミリアンの隣に並ぶと背中に手を添える。
「団長が気に病むことではありません。そもそも、私を介して探ろうなどという小狡いやり方が気に食わない。直接問えば良い事です」
「俺の背後にはガルシア家があるから。今は王妃の生家でもあるしな。団長の中では俺が一番年若いにも関わらず、就任当初から皆どこか遠慮がちに接する。騎士団長とて権力の前には無力なのだ」
「騎士団は国を守るのが使命でしょう。いざと言う時には一枚岩となり戦わねばなりません。それが、たかが有力貴族の顔色を窺い足を引っ張るかのごとくコソコソ探るなど、みっともない」
「……みっともないか」
「私はそう思います!」
「……そうだな、うん」
「ご安心を。私は今や白騎士団長の側近なのです。もし何か言われても毅然と跳ね除けて見せます!」
鼻から息を吐き拳を握るゲルダを、マクシミリアンは眩しそうに見つめていた。
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