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第一章 終わる世界
始まりのシガル
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うわぁぁぁっ!
私はフアニータに背中を向け、一目散に逃げ出した。
あの子は、ヤバい。
あの花の力は、ヤバい。
このままだと死んでしまう。
まだまだやり残したことあるのに、人生が終わってしまう。
今までの思い出が、走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
いや待て。待ってって!
駄目じゃん。
走馬灯って、人生最後ってことじゃん。
こんなとこで死ぬわけに行かないって。
そう。
どうせ思い出すなら、私の原点を思い出さなきゃ。
私の原点。あの、始まりの日を。
何より、フアニータに立ち向かうために。
あれは私が「花乙女」になったときのこと。
忘れたくても忘れられない。
あの、シカゴの惨劇が起こった日のこと。
あの日、私は婚約者のトムと両親と車に乗って、はるばるシカゴまで来ていた。
従兄弟のティナの結婚式に出席するために。
私は彼女の花嫁介添人。
ティナの人生で最高の日、ウェディングドレス姿のティナと、タキシードを着た夫のガスパル。
私はティナが教会の階段で転ばないよう、ドレスの裾を持ち上げて一緒に歩いた。
天気は抜けるような快晴。
彼女の友人や私たちの両親や身内がお米を空高く投げる中、幸せいっぱいの二人を笑顔のみんなが祝福して。
何もかもキラキラと輝いていた、あの瞬間。
ふいに。
私の足首を、何かぬるりとした感触が這い上がった。
気持ちの悪い、ヌメヌメした両生類に触れられたような感触。
悪寒が体中を走った。
やだ!
私は本能的に、半歩だけ奥に下がった。
半歩と言っても、実際に足を動かしたわけじゃなくて、無意識のうちに半歩分、深い世界に踏み入れたということ。
次の瞬間、
ごおおおおおおおおおおおおおおお!
視界が真っ赤な炎と風に包まれた。
ティナが、炎に包まれて蒸発した。
ガスパルも、炎に体を引き裂かれた。
やだ!
ママがパパが、許嫁のトムが、恐怖で目を見開きながら、絶叫する間もなく炎に包包まれて、蒸発していく。
やだやだやだやだ!
私達の友達が、身内が、大事な人たちが炎に焼かれて死んでゆく。
なのに私は、何もできないままそこに立ち尽くしている。
私の手の中に、白い小さな布切れが残っていた。
かつてティナのウェディングドレスの裾だった、白い半透明の布。
やだ。
こんなのはやだ。
「お前は、何者だ!?」
不意に、私の後ろから声が聞こえた。
「なぜオレの炎に焼かれない?」
現実はいつも、悲しむ暇さえ与えてくれない。
振り返ると、すぐ後ろで怪物が私をまっすぐ睨んでいた。
顔は人間。顔だけは。
両腕にはロブスターみたいな大きなハサミ。毛むくじゃらの胴体。馬の後ろ脚みたいな足。
一応、二足歩行している。
「地球人のくせに、なぜオレの攻撃を避けられる?」
それは、言葉ではなく心に直接語りかけてくる声。テレパシー。
ロブスター人間は右手のハサミを私の目の前にまっすぐ向け、その先端をカチッと鳴らした。
ガオン!
私めがけて炎が殺到した。
やだ!
私はまた半歩分、深いところに移動してその炎を避けた。
何よ。
何なのよこれ!
炎を避けられたことを知ったロブスター人間はムキになって私にもっと大きな炎を投げた。
私はぎりぎりのところでそれを避けた。
けど、深い世界に逃げるのにも限界がある。
本能が、そう言ってる。
その時。
私の後ろから涼やかな声が聞こえた。
「分をわきまえなさい! ケダモノ」
「何だテメエは!」
ケダモノと呼ばれたロブスター人間は、私の後ろに目の焦点を合わせた。
「オレの邪魔すんな!」
ケダモノは、トラックぐらいの大きさの炎を投げてきた。
私の後ろから来た、五十代くらいの小柄な女性が横に並び、薄紫色の小さな花の花束を前に差し出した。
じゅん!
ほんの小さな花束が、巨大な炎を一瞬で吸い取った。
「無駄なのよ」
女性は、ケダモノを無視して私に微笑みかけた。
「初めまして。私の名はシガル。始まりの花乙女なの。守ってあげるからもう大丈夫」
「あ・・・あの・・・」
惨劇のショックが大きすぎて、私の気持ちは言葉にならない。
「大丈夫。私はあなたの味方よ」
シガルと名乗った女性は、ケダモノが次に放った炎を、花束で空に弾き飛ばした。
「あなたも多分、私と同じ花乙女なのね」
「えっ!? えっ!?」
シガルと名乗った女性は、私に微笑んだ。
「そういう運命なの。惹かれあうのよ、私たちは」
私はフアニータに背中を向け、一目散に逃げ出した。
あの子は、ヤバい。
あの花の力は、ヤバい。
このままだと死んでしまう。
まだまだやり残したことあるのに、人生が終わってしまう。
今までの思い出が、走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
いや待て。待ってって!
駄目じゃん。
走馬灯って、人生最後ってことじゃん。
こんなとこで死ぬわけに行かないって。
そう。
どうせ思い出すなら、私の原点を思い出さなきゃ。
私の原点。あの、始まりの日を。
何より、フアニータに立ち向かうために。
あれは私が「花乙女」になったときのこと。
忘れたくても忘れられない。
あの、シカゴの惨劇が起こった日のこと。
あの日、私は婚約者のトムと両親と車に乗って、はるばるシカゴまで来ていた。
従兄弟のティナの結婚式に出席するために。
私は彼女の花嫁介添人。
ティナの人生で最高の日、ウェディングドレス姿のティナと、タキシードを着た夫のガスパル。
私はティナが教会の階段で転ばないよう、ドレスの裾を持ち上げて一緒に歩いた。
天気は抜けるような快晴。
彼女の友人や私たちの両親や身内がお米を空高く投げる中、幸せいっぱいの二人を笑顔のみんなが祝福して。
何もかもキラキラと輝いていた、あの瞬間。
ふいに。
私の足首を、何かぬるりとした感触が這い上がった。
気持ちの悪い、ヌメヌメした両生類に触れられたような感触。
悪寒が体中を走った。
やだ!
私は本能的に、半歩だけ奥に下がった。
半歩と言っても、実際に足を動かしたわけじゃなくて、無意識のうちに半歩分、深い世界に踏み入れたということ。
次の瞬間、
ごおおおおおおおおおおおおおおお!
視界が真っ赤な炎と風に包まれた。
ティナが、炎に包まれて蒸発した。
ガスパルも、炎に体を引き裂かれた。
やだ!
ママがパパが、許嫁のトムが、恐怖で目を見開きながら、絶叫する間もなく炎に包包まれて、蒸発していく。
やだやだやだやだ!
私達の友達が、身内が、大事な人たちが炎に焼かれて死んでゆく。
なのに私は、何もできないままそこに立ち尽くしている。
私の手の中に、白い小さな布切れが残っていた。
かつてティナのウェディングドレスの裾だった、白い半透明の布。
やだ。
こんなのはやだ。
「お前は、何者だ!?」
不意に、私の後ろから声が聞こえた。
「なぜオレの炎に焼かれない?」
現実はいつも、悲しむ暇さえ与えてくれない。
振り返ると、すぐ後ろで怪物が私をまっすぐ睨んでいた。
顔は人間。顔だけは。
両腕にはロブスターみたいな大きなハサミ。毛むくじゃらの胴体。馬の後ろ脚みたいな足。
一応、二足歩行している。
「地球人のくせに、なぜオレの攻撃を避けられる?」
それは、言葉ではなく心に直接語りかけてくる声。テレパシー。
ロブスター人間は右手のハサミを私の目の前にまっすぐ向け、その先端をカチッと鳴らした。
ガオン!
私めがけて炎が殺到した。
やだ!
私はまた半歩分、深いところに移動してその炎を避けた。
何よ。
何なのよこれ!
炎を避けられたことを知ったロブスター人間はムキになって私にもっと大きな炎を投げた。
私はぎりぎりのところでそれを避けた。
けど、深い世界に逃げるのにも限界がある。
本能が、そう言ってる。
その時。
私の後ろから涼やかな声が聞こえた。
「分をわきまえなさい! ケダモノ」
「何だテメエは!」
ケダモノと呼ばれたロブスター人間は、私の後ろに目の焦点を合わせた。
「オレの邪魔すんな!」
ケダモノは、トラックぐらいの大きさの炎を投げてきた。
私の後ろから来た、五十代くらいの小柄な女性が横に並び、薄紫色の小さな花の花束を前に差し出した。
じゅん!
ほんの小さな花束が、巨大な炎を一瞬で吸い取った。
「無駄なのよ」
女性は、ケダモノを無視して私に微笑みかけた。
「初めまして。私の名はシガル。始まりの花乙女なの。守ってあげるからもう大丈夫」
「あ・・・あの・・・」
惨劇のショックが大きすぎて、私の気持ちは言葉にならない。
「大丈夫。私はあなたの味方よ」
シガルと名乗った女性は、ケダモノが次に放った炎を、花束で空に弾き飛ばした。
「あなたも多分、私と同じ花乙女なのね」
「えっ!? えっ!?」
シガルと名乗った女性は、私に微笑んだ。
「そういう運命なの。惹かれあうのよ、私たちは」
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