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10 大岩
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アレスは今日もまた森へと入った。だが、いつもと違い心が躍っている。
いつも通りの装備を身につけてきたが、ナイフは昨日落とし穴に残してきてしまったため予備のものを持ってきた。予備のナイフを準備しながら、アレスは昨日のことが現実だったのだと改めて実感した。腰籠の中には約束の薬草を沢山入れている。
森の中はやはり明るくなってきており、まるでアレスの心を表しているようだ。
草木が枯れているせいで薬草も果実も今まで通り取れないが、逆にそれらを食べていた野生の動物たちも場所を移動したらしく、見当たらない。
今日は森の奥まで行く必要はないのだ。アレスはシンと静まり返った森の中を進んでいった。
約束の大きな岩の場所に到着して辺りを見渡してみたが誰もいない。まだルーカスは来ていないようだ。アレスは近くの木の根元に腰かけて待つことにした。
待っているとだんだんと不安になってくる。本当に彼はこの場所に来るのだろうか。もし、仲間を大勢連れて来られたらどうしよう。
先程までの明るい思考から一変して不安に襲われたアレスは、大岩から離れて待つことにした。大岩が見えるギリギリの距離まで離れて、木の影に隠れる。
しばらく待っていると、岩のそばの草木が大きく揺れて巨体が現れた。銀の毛のルーカスだ。
岩の周りをぐるりと一周回ったルーカスは、少し体を屈めたかと思うといきなり跳躍し岩の上へ軽々と登った。まるで翼が生えているような軽い動きだ。
周りを見ても、他の獣狼族がいる気配はない。アレスは隠れていた木から出てルーカスへと近づいていった。
「ごめん、遅くなった」
岩の上にいるルーカスへ向かって、大声で呼びかける。声が聞こえたようで、下を見たルーカスはアレスの目の前に飛び降りてきた。かなりの高さから降りてきたのに、まるでその場で飛び跳ねたような軽さで着地する。
「いや、俺も今来たところだ」
早速、アレスは後ろに回していた腰籠を前に持ってきて、中に入れていた薬草を取り出し、ルーカスへと渡した。
「はい、これ。昨日言ってた薬草」
「こんなにいいのか? ありがとう」
アレスが持っていた時は普通の大きさに見えていた薬草だったが、ルーカスの手にあるととても小さく見える。ルーカスは受け取った薬草を背負っていた籠へと入れた。
渡し終えたので用は無くなったが、どちらともその場から立ち去ろうとはしなかった。
「――少し話していくか?」
「あ、うん。オレもちょうど言おうとしてた」
ルーカスの提案にアレスは素早く頷いた。
「どこかに座るか」
「あー、その――」
アレスは少し迷いながらも、1つの提案をした。
******
「すごい! 高い!」
地面が遠く、目線がいつもより高くて、アレスは年甲斐もなくはしゃいだ。
「落ちるなよ」
「大丈夫!」
アレスは両手と両膝をつき、大岩の下を眺めながらルーカスへと返事をした。
――そう、2人は待ち合わせをしていた大岩の上にいた
「オレ飛べないからさ、高いとこにはいけないんだよ。ありがとう」
アレスは興奮しながら、岩の上へと運んでくれたルーカスにお礼を言った。ルーカスがこの岩の上へと軽々と登ったのを見て、自分も登りたいと思っていた。
目線を上に向けると、頭上に生い茂っている葉や枝もいつもより近くよく見える。ルーカスがこの岩の上から跳躍すれば大木の天辺まで行けるのではないだろうか。
「ここから木の上にはいけるの?」
「ああ、地面から1回じゃ天辺までは無理だが、ここからなら行ける」
「へぇー、すごい」
「体格も筋肉量も違うからな」
いつかあの木々の天辺まで連れていってもらいたい。あそこから見る景色は格別なものだろう。今は会ってまだ2回目なので、頼むのは遠慮することにした。
「獣狼族で、ルーカス以外にオレらを食べないって奴はいるの?」
「――いや、俺だけだ」
「そうなのか、昨日オレを見つけたのがルーカスで本当に良かったよ」
「ああ、持ち回りで森に設置している罠を確認してるんだが、昨日は丁度俺の番だったんだ」
「……あちこちに設置しているの?」
「ああ、あの辺りは多いな。落とし穴だけじゃなくて、踏んだら刃物が飛び出る罠もあるから、もう行かない方がいい」
落とし穴だけじゃなく、命をその場で刈り取る罠もあったようだ。アレスの体が恐怖でブルリと震えた。危なかった。本当に昨日は運が良かったようだ。
「でも、最近植物が枯れてきているだろ? 村の近くだと全然取れなくて……」
「ああ、確かにな。鳥人族では植物が枯れている原因を特定できているのか?」
「ううん、分かんない。ルーカスたちは?」
「いや、こっちでも不明だ。村ごと移動する話も出てる」
「移動か……」
アレスは岩の上で横になった。背中に当たる感触は硬くて痛いが、目の前に広がる緑と、そこから差し込んでくる木漏れ日はとても綺麗だ。
「この森、全部枯れちゃうのかな?」
「このままだと近いうちに無くなるだろうな」
現実を見たくなくて、アレスは目を瞑った。
「そろそろ帰るか」
「そうだね」
体を起こしたアレスは、岩の上で立ち上がった。隣で同じように立ち上がったルーカスが、アレスの腰に手を回し抱き上げる。
「痛くないか?」
「うん、大丈夫」
アレスが返事をして目を瞑った次の瞬間、体がふわりと宙に浮いた感覚がして次に目を開けると地面に降りていた。
「また、会えないかな?」
このまま別れてしまうと、偶然森で出会えることはもう無いだろう。そう思ったアレスはルーカスに聞いてみた。
「ああ、時間があったらこの場所に今日と同じ時間帯にくるよ」
「うん」
「薬草ありがとう」
「こちらこそ、命を助けてくれてありがとう」
お礼を言いあった2人は、それぞれ正反対の自分の村へと帰っていく。
アレスがこの森でこんなに心穏やかに過ごすことができたのは初めての事だった。
いつも通りの装備を身につけてきたが、ナイフは昨日落とし穴に残してきてしまったため予備のものを持ってきた。予備のナイフを準備しながら、アレスは昨日のことが現実だったのだと改めて実感した。腰籠の中には約束の薬草を沢山入れている。
森の中はやはり明るくなってきており、まるでアレスの心を表しているようだ。
草木が枯れているせいで薬草も果実も今まで通り取れないが、逆にそれらを食べていた野生の動物たちも場所を移動したらしく、見当たらない。
今日は森の奥まで行く必要はないのだ。アレスはシンと静まり返った森の中を進んでいった。
約束の大きな岩の場所に到着して辺りを見渡してみたが誰もいない。まだルーカスは来ていないようだ。アレスは近くの木の根元に腰かけて待つことにした。
待っているとだんだんと不安になってくる。本当に彼はこの場所に来るのだろうか。もし、仲間を大勢連れて来られたらどうしよう。
先程までの明るい思考から一変して不安に襲われたアレスは、大岩から離れて待つことにした。大岩が見えるギリギリの距離まで離れて、木の影に隠れる。
しばらく待っていると、岩のそばの草木が大きく揺れて巨体が現れた。銀の毛のルーカスだ。
岩の周りをぐるりと一周回ったルーカスは、少し体を屈めたかと思うといきなり跳躍し岩の上へ軽々と登った。まるで翼が生えているような軽い動きだ。
周りを見ても、他の獣狼族がいる気配はない。アレスは隠れていた木から出てルーカスへと近づいていった。
「ごめん、遅くなった」
岩の上にいるルーカスへ向かって、大声で呼びかける。声が聞こえたようで、下を見たルーカスはアレスの目の前に飛び降りてきた。かなりの高さから降りてきたのに、まるでその場で飛び跳ねたような軽さで着地する。
「いや、俺も今来たところだ」
早速、アレスは後ろに回していた腰籠を前に持ってきて、中に入れていた薬草を取り出し、ルーカスへと渡した。
「はい、これ。昨日言ってた薬草」
「こんなにいいのか? ありがとう」
アレスが持っていた時は普通の大きさに見えていた薬草だったが、ルーカスの手にあるととても小さく見える。ルーカスは受け取った薬草を背負っていた籠へと入れた。
渡し終えたので用は無くなったが、どちらともその場から立ち去ろうとはしなかった。
「――少し話していくか?」
「あ、うん。オレもちょうど言おうとしてた」
ルーカスの提案にアレスは素早く頷いた。
「どこかに座るか」
「あー、その――」
アレスは少し迷いながらも、1つの提案をした。
******
「すごい! 高い!」
地面が遠く、目線がいつもより高くて、アレスは年甲斐もなくはしゃいだ。
「落ちるなよ」
「大丈夫!」
アレスは両手と両膝をつき、大岩の下を眺めながらルーカスへと返事をした。
――そう、2人は待ち合わせをしていた大岩の上にいた
「オレ飛べないからさ、高いとこにはいけないんだよ。ありがとう」
アレスは興奮しながら、岩の上へと運んでくれたルーカスにお礼を言った。ルーカスがこの岩の上へと軽々と登ったのを見て、自分も登りたいと思っていた。
目線を上に向けると、頭上に生い茂っている葉や枝もいつもより近くよく見える。ルーカスがこの岩の上から跳躍すれば大木の天辺まで行けるのではないだろうか。
「ここから木の上にはいけるの?」
「ああ、地面から1回じゃ天辺までは無理だが、ここからなら行ける」
「へぇー、すごい」
「体格も筋肉量も違うからな」
いつかあの木々の天辺まで連れていってもらいたい。あそこから見る景色は格別なものだろう。今は会ってまだ2回目なので、頼むのは遠慮することにした。
「獣狼族で、ルーカス以外にオレらを食べないって奴はいるの?」
「――いや、俺だけだ」
「そうなのか、昨日オレを見つけたのがルーカスで本当に良かったよ」
「ああ、持ち回りで森に設置している罠を確認してるんだが、昨日は丁度俺の番だったんだ」
「……あちこちに設置しているの?」
「ああ、あの辺りは多いな。落とし穴だけじゃなくて、踏んだら刃物が飛び出る罠もあるから、もう行かない方がいい」
落とし穴だけじゃなく、命をその場で刈り取る罠もあったようだ。アレスの体が恐怖でブルリと震えた。危なかった。本当に昨日は運が良かったようだ。
「でも、最近植物が枯れてきているだろ? 村の近くだと全然取れなくて……」
「ああ、確かにな。鳥人族では植物が枯れている原因を特定できているのか?」
「ううん、分かんない。ルーカスたちは?」
「いや、こっちでも不明だ。村ごと移動する話も出てる」
「移動か……」
アレスは岩の上で横になった。背中に当たる感触は硬くて痛いが、目の前に広がる緑と、そこから差し込んでくる木漏れ日はとても綺麗だ。
「この森、全部枯れちゃうのかな?」
「このままだと近いうちに無くなるだろうな」
現実を見たくなくて、アレスは目を瞑った。
「そろそろ帰るか」
「そうだね」
体を起こしたアレスは、岩の上で立ち上がった。隣で同じように立ち上がったルーカスが、アレスの腰に手を回し抱き上げる。
「痛くないか?」
「うん、大丈夫」
アレスが返事をして目を瞑った次の瞬間、体がふわりと宙に浮いた感覚がして次に目を開けると地面に降りていた。
「また、会えないかな?」
このまま別れてしまうと、偶然森で出会えることはもう無いだろう。そう思ったアレスはルーカスに聞いてみた。
「ああ、時間があったらこの場所に今日と同じ時間帯にくるよ」
「うん」
「薬草ありがとう」
「こちらこそ、命を助けてくれてありがとう」
お礼を言いあった2人は、それぞれ正反対の自分の村へと帰っていく。
アレスがこの森でこんなに心穏やかに過ごすことができたのは初めての事だった。
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