8 / 22
08 逃走
しおりを挟む
それは本当にたまたまで、少しどこかの歯車がずれただけで実現しなかっただろう。ただ、もしかしたら互いに引き寄せた運命であったのかもしれない。
***
香月がいつものように工場の仕事を終え、家に帰っているときだった。
歩いている歩道から道路をはさんで反対側の歩道。そこをなんとなく見たとき、香月の身体に衝撃が走った。
匂いがする。例えようのないほどいい匂いが。
匂いのもとを目でたどると、2人の青年が歩いている姿が見える。
香月は本能で分かった。左側の黒髪の彼が、えい君だと。
ようやく会えたという事実に胸を打たれ、香月はしばらく動けなかった。
歩く彼を目に焼き付け、駆け出そうと一歩踏み出した瞬間、香月は気づいた。これだけ離れていても分かる彼の身長の高さ、着ているものの良さに。
香月はその場から動くことができなかった。
今すぐに駆け出したい本能を抑え込み、今の自分を見下ろした。まったく伸びずに止まった身長、ぼさぼさの髪、穴の開いたシャツにズボン、壊れかけたスニーカー。
誰がどう見ても釣り合っていなかった。
薬を長年服用しているので、香月の匂いは彼まで届かないだろう。
もしかしたら、顔を見ても分かってもらえないかもしれない。だって、香月のキラキラの目はもうなくなってしまったのだから。
彼の前に駆け出して行って、なんて言うのか。言える言葉などあるはずもなかったのだ。
自分から急にいなくなっておいて――
あの日した決意が、香月の中でボロボロと崩れていく。
会えたから、それでいいじゃないか。一目見ることができた。
彼にも気づいてほしいと思うのは、図々しいだけだ。身の程を知るべきなのだ。
香月は歩いていく彼の後姿を見つめた。
行ってしまう。ずっと会いたかった人が、すぐそこにいるのに! 走れば間に合う距離にいるのに!
叫びたい思いを唇をかみしめて耐える。
涙で彼の姿がぼやけてしまわないように、必死にこらえながら、香月は見えなくなるまで彼の後姿を目に焼き付けようとした。
その時、角を曲がろうとした彼が、ふとこちらを振り返った。
――目が合った
次の瞬間、香月は逆の方向を向いて脱兎のごとく走り出した。
いままで動かなかった身体が嘘かのように、全速力で逃げたのだ。
そのまま家まで帰った香月は、押入れまで駆け込んで泣いた。
色々な思いが込み上げてきて、涙が止まらなかった。
彼を見ることができて嬉しかった。思い出の中の彼よりもずっと素敵な人に見えた。匂いを感じることができた。目があって嬉しかったはずなのに、とても恥ずかしかったのだ。出会った当時よりも、ダメになってしまった自分自身を見られることが。
今の香月を拒絶されたくなかった。精一杯頑張ってきたはずなのに、こんなことになってしまっている自分を彼に知ってほしくなかったのだ。
それでも、もう一度会いたい。声を聞きたかった。あの時、夕焼けで染まる公園で言われたようにもう一度、大切だと、そう言われたい。名前を呼んでほしい。
相反する感情が心の中で渦巻いて、香月は押入れの中で布団に顔を押し当てながら、声をあげて泣いた。
しばらくそのまま泣き続けた後、顔を洗うためにお風呂場に向かい、そこにある鏡で泣きはらした自分の顔を見て、もう一度泣いた。
***
香月がいつものように工場の仕事を終え、家に帰っているときだった。
歩いている歩道から道路をはさんで反対側の歩道。そこをなんとなく見たとき、香月の身体に衝撃が走った。
匂いがする。例えようのないほどいい匂いが。
匂いのもとを目でたどると、2人の青年が歩いている姿が見える。
香月は本能で分かった。左側の黒髪の彼が、えい君だと。
ようやく会えたという事実に胸を打たれ、香月はしばらく動けなかった。
歩く彼を目に焼き付け、駆け出そうと一歩踏み出した瞬間、香月は気づいた。これだけ離れていても分かる彼の身長の高さ、着ているものの良さに。
香月はその場から動くことができなかった。
今すぐに駆け出したい本能を抑え込み、今の自分を見下ろした。まったく伸びずに止まった身長、ぼさぼさの髪、穴の開いたシャツにズボン、壊れかけたスニーカー。
誰がどう見ても釣り合っていなかった。
薬を長年服用しているので、香月の匂いは彼まで届かないだろう。
もしかしたら、顔を見ても分かってもらえないかもしれない。だって、香月のキラキラの目はもうなくなってしまったのだから。
彼の前に駆け出して行って、なんて言うのか。言える言葉などあるはずもなかったのだ。
自分から急にいなくなっておいて――
あの日した決意が、香月の中でボロボロと崩れていく。
会えたから、それでいいじゃないか。一目見ることができた。
彼にも気づいてほしいと思うのは、図々しいだけだ。身の程を知るべきなのだ。
香月は歩いていく彼の後姿を見つめた。
行ってしまう。ずっと会いたかった人が、すぐそこにいるのに! 走れば間に合う距離にいるのに!
叫びたい思いを唇をかみしめて耐える。
涙で彼の姿がぼやけてしまわないように、必死にこらえながら、香月は見えなくなるまで彼の後姿を目に焼き付けようとした。
その時、角を曲がろうとした彼が、ふとこちらを振り返った。
――目が合った
次の瞬間、香月は逆の方向を向いて脱兎のごとく走り出した。
いままで動かなかった身体が嘘かのように、全速力で逃げたのだ。
そのまま家まで帰った香月は、押入れまで駆け込んで泣いた。
色々な思いが込み上げてきて、涙が止まらなかった。
彼を見ることができて嬉しかった。思い出の中の彼よりもずっと素敵な人に見えた。匂いを感じることができた。目があって嬉しかったはずなのに、とても恥ずかしかったのだ。出会った当時よりも、ダメになってしまった自分自身を見られることが。
今の香月を拒絶されたくなかった。精一杯頑張ってきたはずなのに、こんなことになってしまっている自分を彼に知ってほしくなかったのだ。
それでも、もう一度会いたい。声を聞きたかった。あの時、夕焼けで染まる公園で言われたようにもう一度、大切だと、そう言われたい。名前を呼んでほしい。
相反する感情が心の中で渦巻いて、香月は押入れの中で布団に顔を押し当てながら、声をあげて泣いた。
しばらくそのまま泣き続けた後、顔を洗うためにお風呂場に向かい、そこにある鏡で泣きはらした自分の顔を見て、もう一度泣いた。
254
あなたにおすすめの小説
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
8/16番外編出しました!!!!!
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
4/29 3000❤️ありがとうございます😭
8/13 4000❤️ありがとうございます😭
12/10 5000❤️ありがとうございます😭
わたし5は好きな数字です💕
お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭
欠陥αは運命を追う
豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」
従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。
けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。
※自己解釈・自己設定有り
※R指定はほぼ無し
※アルファ(攻め)視点
【完結】番になれなくても
加賀ユカリ
BL
アルファに溺愛されるベータの話。
新木貴斗と天橋和樹は中学時代からの友人である。高校生となりアルファである貴斗とベータである和樹は、それぞれ別のクラスになったが、交流は続いていた。
和樹はこれまで貴斗から何度も告白されてきたが、その度に「自分はふさわしくない」と断ってきた。それでも貴斗からのアプローチは止まらなかった。
和樹が自分の気持ちに向き合おうとした時、二人の前に貴斗の運命の番が現れた──
新木貴斗(あらき たかと):アルファ。高校2年
天橋和樹(あまはし かずき):ベータ。高校2年
・オメガバースの独自設定があります
・ビッチング(ベータ→オメガ)はありません
・最終話まで執筆済みです(全12話)
・19時更新
※なろう、カクヨムにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる