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32 夢の続き
誰かの声がする。
優しくて、あたたかくて、ずっと聞いていたくなるような声。
僕の名前を呼んでいるような気がするけど――きっと、気のせいだ。
だって、僕の名前を呼んでくれる人など、誰もいないのだから。
遥は、ゆっくりと目を開けた。
けれど、光がとてもまぶしくて、すぐに瞼を閉じる。しばらくしてから、今度はゆっくりと、目を開いていった。
見たことのない天井。寒くない体。
視線を横に動かすと、そこにはたくさんのきれいな花が飾られていた。こんなにも近くで見るのは久しぶりだ。怜二のマンションに連れてこられる前、庭で見たのが最後だ。
じっと花を見つめていると、ガラリという音とともに病室の扉が開き、遥の体がびくりと震える。
「おはようございます。体温を測りま――」
入ってきた女性は、遥と目が合った瞬間、言葉を止め、目を見開いた。
「――遥くん、目を覚ましたのね!」
「――っ」
名前を呼ばれた瞬間、遥の体が強張る。声を出そうとしたが、うまく出ない。
「ちょっと待っててね。先生を呼んでくるわ」
女性は慌てて入ってきた扉から外に出ていく。その後ろ姿を、遥はただ見送ることしかできなかった。
体を起こそうとするが、思うように動かせない。声も出ず、体も動きづらい。遥が焦り始めたその時、また扉が開いた。
扉に目線を向けた遥は、そこから入ってきた人物を見て、ほっと息をついた。
(――これは、夢なんだ)
そう気づいたのは、入ってきたのが「彼」だったからだ。
片手に赤い花を持ち、茶色い髪と、優し気な琥珀色の瞳をしたその人は、遥がもう一度会いたいと思っていた人だった。
目を見開いた彼は、ゆっくりと近づいてきた。
「目が、覚めたんだね……よかった」
心配するような優しい声が、遥の心に深く沁み込んでくる。遥の目に、涙が溜まった。零れ落ちそうなそれを、彼の指がそっと伸びて、優しく拭い取る。
本物の彼には、もう嫌われてしまっているはずなのに。次に会っても、あの優しい目は吊り上がり、罵倒されるかもしれない。
胸が痛くなるほどの、優しい夢だ。
「大丈夫だよ――もう大丈夫だからね」
優しい彼の言葉が、遥の心に響く。閉じた目から涙が零れ落ち、こめかみを伝っていく。その涙もシーツに落ちる前に優しく拭き取られた。
ずっと、ずっと、ここにいたい。
そう思いながらも、遥の意識はゆっくりと沈んでいった。
意識が浮上し目を開けると、遥はまた同じ場所にいた。
「おはよう、遥くん」
声のする方に目線を向けると、ベッド横の椅子に、彼が座っていた。
ぼんやりと彼の顔を見つめる。ふわりと優しく笑った後、彼は遥の額にそっと手を伸ばした。
「熱はだいぶ下がったみたいだね。気分はどうかな?」
彼とは逆の方に目を移すと、色とりどりの花が見える。目を閉じる前に見た景色と同じだ。
「花は好きかな?」
彼の声が聞こえ、遥は再び視線を戻す。じっと見つめていると、眉を下げた彼は、遥の髪を優しく撫でた。
「どうしたの? 何か気になることがあるのかな?」
「――ぁ」
口を開くが、かすれた音しか出ない。
「水を飲もうか」
そう言うと、彼はベッド横のスイッチを押した。ベッドがゆっくりと起き上がる。
少し角度がついたところで、ストローの刺さったコップが口元へと差し出された。遥は、それを受け取ろうとしたが、両腕にはギプスがはめられており、うまく動かせない。
「はい、どうぞ」
彼がストローを遥の口元にそっと差し込む。遥は彼を見つめたまま、それを吸った。
冷たい水が喉を通り、胃へと落ちていく。ひと口目で、喉が渇いていたことを自覚した遥は、コップに視線を落とし、夢中で水を飲む。
飲み終えると、遥はゆっくりと口を開いた。
「……ありが、とう、ございます」
「どういたしまして」
返事が返ってきて、遥の心はふわりと浮くような感覚に包まれた。
「ぼく、は――」
遥が言葉を続けようとした時、ガラリと音を立て扉が開いた。驚いた遥は、体を強張らせる。
「目が覚めた?」
「康介、遥くんが驚くから、静かに入ってきてよ」
「ああ、悪い悪い」
白衣を着た黒髪の男性が、遥へと近づいてくる。その後ろから看護師らしき女性も入ってきた。
「気分はどうかな?」
「――いい、です」
笑顔でベットに近づいた男性――康介は、慎一の座っている椅子とは反対側に回る。
「ちょっと触ってもいいかな?」
「は、い」
遥は小さく頷いた。その返事に目を細めた康介は、ゆっくりと手を伸ばす。遥が伸びてくる手を見つめていると、その手は、額に触れた。
「うん、熱も下がってきたね。吐き気はある?」
「いい、え」
「どこか痛いところはあるかな?」
「いい、え」
首を横に振った遥の頭を、康介は優しく撫でる。康介の後ろに佇み様子を見守っていた女性も、遥と目が合うと柔らかく微笑んだ。
「目が覚めて、よかったわ!」
3人とも、遥に笑顔を向けてくれる。
優しくて、あたたかくて、ずっと聞いていたくなるような声。
僕の名前を呼んでいるような気がするけど――きっと、気のせいだ。
だって、僕の名前を呼んでくれる人など、誰もいないのだから。
遥は、ゆっくりと目を開けた。
けれど、光がとてもまぶしくて、すぐに瞼を閉じる。しばらくしてから、今度はゆっくりと、目を開いていった。
見たことのない天井。寒くない体。
視線を横に動かすと、そこにはたくさんのきれいな花が飾られていた。こんなにも近くで見るのは久しぶりだ。怜二のマンションに連れてこられる前、庭で見たのが最後だ。
じっと花を見つめていると、ガラリという音とともに病室の扉が開き、遥の体がびくりと震える。
「おはようございます。体温を測りま――」
入ってきた女性は、遥と目が合った瞬間、言葉を止め、目を見開いた。
「――遥くん、目を覚ましたのね!」
「――っ」
名前を呼ばれた瞬間、遥の体が強張る。声を出そうとしたが、うまく出ない。
「ちょっと待っててね。先生を呼んでくるわ」
女性は慌てて入ってきた扉から外に出ていく。その後ろ姿を、遥はただ見送ることしかできなかった。
体を起こそうとするが、思うように動かせない。声も出ず、体も動きづらい。遥が焦り始めたその時、また扉が開いた。
扉に目線を向けた遥は、そこから入ってきた人物を見て、ほっと息をついた。
(――これは、夢なんだ)
そう気づいたのは、入ってきたのが「彼」だったからだ。
片手に赤い花を持ち、茶色い髪と、優し気な琥珀色の瞳をしたその人は、遥がもう一度会いたいと思っていた人だった。
目を見開いた彼は、ゆっくりと近づいてきた。
「目が、覚めたんだね……よかった」
心配するような優しい声が、遥の心に深く沁み込んでくる。遥の目に、涙が溜まった。零れ落ちそうなそれを、彼の指がそっと伸びて、優しく拭い取る。
本物の彼には、もう嫌われてしまっているはずなのに。次に会っても、あの優しい目は吊り上がり、罵倒されるかもしれない。
胸が痛くなるほどの、優しい夢だ。
「大丈夫だよ――もう大丈夫だからね」
優しい彼の言葉が、遥の心に響く。閉じた目から涙が零れ落ち、こめかみを伝っていく。その涙もシーツに落ちる前に優しく拭き取られた。
ずっと、ずっと、ここにいたい。
そう思いながらも、遥の意識はゆっくりと沈んでいった。
意識が浮上し目を開けると、遥はまた同じ場所にいた。
「おはよう、遥くん」
声のする方に目線を向けると、ベッド横の椅子に、彼が座っていた。
ぼんやりと彼の顔を見つめる。ふわりと優しく笑った後、彼は遥の額にそっと手を伸ばした。
「熱はだいぶ下がったみたいだね。気分はどうかな?」
彼とは逆の方に目を移すと、色とりどりの花が見える。目を閉じる前に見た景色と同じだ。
「花は好きかな?」
彼の声が聞こえ、遥は再び視線を戻す。じっと見つめていると、眉を下げた彼は、遥の髪を優しく撫でた。
「どうしたの? 何か気になることがあるのかな?」
「――ぁ」
口を開くが、かすれた音しか出ない。
「水を飲もうか」
そう言うと、彼はベッド横のスイッチを押した。ベッドがゆっくりと起き上がる。
少し角度がついたところで、ストローの刺さったコップが口元へと差し出された。遥は、それを受け取ろうとしたが、両腕にはギプスがはめられており、うまく動かせない。
「はい、どうぞ」
彼がストローを遥の口元にそっと差し込む。遥は彼を見つめたまま、それを吸った。
冷たい水が喉を通り、胃へと落ちていく。ひと口目で、喉が渇いていたことを自覚した遥は、コップに視線を落とし、夢中で水を飲む。
飲み終えると、遥はゆっくりと口を開いた。
「……ありが、とう、ございます」
「どういたしまして」
返事が返ってきて、遥の心はふわりと浮くような感覚に包まれた。
「ぼく、は――」
遥が言葉を続けようとした時、ガラリと音を立て扉が開いた。驚いた遥は、体を強張らせる。
「目が覚めた?」
「康介、遥くんが驚くから、静かに入ってきてよ」
「ああ、悪い悪い」
白衣を着た黒髪の男性が、遥へと近づいてくる。その後ろから看護師らしき女性も入ってきた。
「気分はどうかな?」
「――いい、です」
笑顔でベットに近づいた男性――康介は、慎一の座っている椅子とは反対側に回る。
「ちょっと触ってもいいかな?」
「は、い」
遥は小さく頷いた。その返事に目を細めた康介は、ゆっくりと手を伸ばす。遥が伸びてくる手を見つめていると、その手は、額に触れた。
「うん、熱も下がってきたね。吐き気はある?」
「いい、え」
「どこか痛いところはあるかな?」
「いい、え」
首を横に振った遥の頭を、康介は優しく撫でる。康介の後ろに佇み様子を見守っていた女性も、遥と目が合うと柔らかく微笑んだ。
「目が覚めて、よかったわ!」
3人とも、遥に笑顔を向けてくれる。
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