【完結】塔の上のオメガが見る夢は

結城れい

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38 退院の日

「遥くん、お待たせ」
「あ、いえ」

 病室の扉を開いて入ってきた慎一に、遥は素早く椅子から立ち上がった。
 今日はいつもの病院着ではなく、慎一がプレゼントしてくれた服を身に着けている。

 温かな白のハイネックニットに、黒いパンツ。靴下から白いスニーカーまで、すべて慎一が昨日のお昼に持ってきてくれたものだ。

 今日、遥は退院する。そして、これから慎一の家に行くのだ。

 昨夜は緊張のせいでなかなか眠れなかったが、今朝は早くに目が覚めた。
 午前中に迎えに来ると言われていたので、身支度を整えて待っていたのだ。

「服、似合ってるね」
「あ、ありがとうございます」

 微笑みながら近づいてきた慎一は、そっと遥の頭を撫でると、前髪をかき上げる。
 そして、ゆっくりと額に唇を落とした。
 慎一のぬくもりを感じた瞬間、遥の頬はパッと赤く染まった。

「先生が来るから、少し待っていようね」
「――っ、はい」 

 ただでさえ高鳴っていた鼓動が、さらに速くなる。遥は慎一の顔を直視できず、そっと視線を落とした。

「花瓶を持って帰れるように、袋を持ってきたよ」
「あっ……」

 慎一の言葉に、遥はパッと顔を上げた。
 昨日、お願いしていたことを覚えてくれていたのだ。毎日慎一が持ってきてくれた花を、一緒に持っていきたかった。

「ほら、これで包んで、このバッグに入れたら、そのまま持って帰れるでしょ?」
「はい、ありがとうございます!」

 礼を言って受け取った遥は、受け取ったプチプチと新聞紙で花瓶を丁寧に包んだ。そして、慎一が広げてくれたマチのある深い袋にそっと収める。

 丁度、花瓶を入れ終わったタイミングで、病室の扉が開き、康介と看護師が入ってきた。

「遥くん、退院おめでとう」
「おめでとう。寂しくなるわね」

 2人の言葉に、遥は深く頭を下げた。

「本当に、ありがとう、ございました」
「詳しいことは慎一に伝えているけど、しばらくは経過観察で通院してもらうからね」
「はい」
「お薬も忘れずにちゃんと飲むようにね」
「はい」
「この黄色い錠剤は毎食後、オレンジのカプセルは寝る前。この白い錠剤は、眠れないときだけ飲んでね」
「はい」

 袋に入った薬を受け取った遥は、それぞれの服用時間と回数をもう一度確認する。
 今までと同じ飲み方なので、大丈夫だとは思いつつ、遥は慎重に説明を聞いた。

「じゃあ、行こうか」
「はい!」

 慎一が椅子に掛けていたもこもこのコートを広げてくれたため、遥は笑顔で頷き、そっと腕を通した。



 康介と看護師に見送られながら、遥は慎一に手を引かれて駐車場へ向かう。
 風は冷たいが、空は雲一つないほど晴れており、太陽が2人を温かく照らしてくれる。

「どうぞ」

 慎一が助手席のドアを開けてくれたので、遥はお礼を言って乗り込む。
 しっとりとした柔らかな革のシートに腰を下ろす。まるで包み込まれるような座り心地だ。とても広く、かえって落ち着かない。
 遥はシートベルトをした後、慎一の姿を探し、首を回した。

 慎一は、荷物を後部座席に乗せてから、運転席へと乗り込んできた。

「花は後ろのフックにかけたから、大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
「うん、家までは50分くらいだから、ゆっくりしててね」
「は、はい……」

 緊張した面持ちの遥を見て、優しく微笑んだ慎一は、エンジンを始動させてゆっくりとアクセルを踏んだ。

 車が滑らかに進む中、遥は窓越しに小さくなっていく診療所を振り返った。
 
 しかし、すぐ前に向き直る。

 フロントガラスの向こうでは、景色が流れるように動き続けていた。初めて目にする景色ばかりで、遥は目をせわしなく動かしながら、膝の上でそっと両手を握りしめた。
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