【完結】塔の上のオメガが見る夢は

結城れい

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125 バレンタイン 3

 金曜日。
 まだ薄暗い寝室で、目覚ましが鳴る前に目を覚ました遥は、慎一の腕の中でそっとスマホを操作していた。
 分厚い羽毛布団を少し上に引き上げ、慎一から画面が見えないように隠す。 

 昨日、光から無事に注文したものが届いたと連絡があった。
 光が送ってくれたチョコのレシピのURLを開き、作り方を読みながら頭の中でイメージする。

(えっと、まずはお鍋で生クリームを温めて、それで刻んだチョコを溶かす。そして、冷蔵庫に入れて――)

 スマホを握った手を小さく動かしながら動作を確認してると、慎一が体を動かし、手を遥の頭に伸ばしてきた。
 遥は素早くスマホの画面を消し、布団の中に隠す。

 恐る恐る視線を上げると、慎一の目はまだ閉じていた。
 手だけが遥の頭を撫でる。いつものように優しく、ゆっくりと。

 その瞬間、遥の胸がじんと震えた。
 
 閉じたスマホを開くことなく、遥は目覚ましが鳴るまでずっと慎一を見つめ続けた。


******

 
 いつもより30分早く設定された目覚ましが鳴り、遥は慎一とともに1階へ下りる。
 
 顔を洗い、着替えた遥は、急いでキッチンへ向かった。
 エプロンをつけ、慎一の隣に立つ。

「じゃあ、まずはゆでたまごを作ろうか」
「はい!」

 遥が鍋に水を張ってそっとたまごを入れると、慎一がコンロに置き、火をつけた。
 タイマーをセットした遥は、ぐつぐつと温まっていく鍋を見つめる。

 その横で慎一は、サンドイッチの具材を次々に切っていく。
 遥は何度もそちらに目をやり、慎一の手の動きを追った。
 
 切った後の包丁の置き方、切り方、切る順番、無駄のない流れるような動き。
 自分も料理をしようと決意して観察してみると、慎一の作業がどれほど効率的なのかがよく分かった。


 タイマーの時間がきたことを伝えると、慎一が茹で上がったたまごを水の入ったボウルに移して冷やす。

 ここからは遥の出番だ。
 熱さを確かめながら殻を剥いていく。最初の頃はたまごがボロボロになっていたけど、最近では綺麗に剥けるようになった。細かくひびを入れて優しく指先でつまむと、つるりと殻が取れる。

 すべて剥き終えると、マッシャーで潰して、マヨネーズと塩、コショウを混ぜ合わせる。

「たまご、終わりました!」
「うん、ありがとう」

 慎一に渡すと、彼はそれを丁寧に食パンに乗せ、もう1枚の食パンで挟む。
 そして、パンの耳を包丁で切り落とし、2等分すると、かわいいチェック柄の使い捨て容器にそれぞれ入れていく。

 2つ並べられているその容器には、既にほかのサンドイッチが詰められていた。
 端からツナマヨ、ベーコンレタス、そしてたまごサンドだ。 

 次に慎一は小さな容器を取り出し、遥を振り返る。

「じゃあ、次はアレを作ろうか」
「はい!」

 遥はにっこり笑うと、冷蔵庫へ向かった。


******


 お弁当作りに想定以上に時間がかかってしまい、2人はバタバタと出かける準備をする。

 遥は、先日慎一にもらったキャンパス生地のトートバックを取り出し、勉強道具を入れていく。左下に小さなクマが刺繍されているお気に入りのバッグだ。

 今日は『チョコ』はお留守番。
 リビングのソファーに座らせてから、もこもこのコートにマフラー、手袋をつける。そして、トートバッグを肩にかけた。

「準備できました!」
「うん、じゃあ、行こうか」
「はい!」

 遥はダイニングテーブルに置いていた保冷バッグを手に取る。
 そして、スーツの上からロングコートを羽織った慎一と玄関へ向かった。

 いつも見送る場所を越えて靴を履き、玄関の外に出る。
 一度振り返った遥は慎一が鍵をかけるのを見守り、一緒に車へと向かった。

 仕事に向かう慎一と一緒に出るのは初めてだ。
 保冷剤の入ったひんやりとしたバッグを膝の上に乗せ、遥は温かい車内から少し興奮しながら外を眺めた。
 道の脇にうっすらと残っている白い雪が、昇り始めた太陽に照らされ光っている。

 
 光たちのマンションに着くと、慎一も一緒にエレベーターに乗った。
 ぎゅっと手をつないでもらい、問題なく最上階へと到達し、エレベーターから出る。

 チャイムを鳴らすと、しばらくして勢いよく扉が開いた。
 驚いて一歩下がった遥の背を、慎一の大きな手が優しく支える。

「遥くん、いらっしゃい! ほな、いってくるなー!」

 スーツの上着とコートを片手に、慌てて飛び出してきた光輝は、遥に笑顔を見せながら、玄関へ出てきていた光を振り返る。
 まだ結ばれていないネクタイが胸元で揺れた。

「じゃあ、いってくるね」

 光輝に驚いていると、慎一が声をかけてきて、遥は慌てて返事をする。

「あ、いってらっしゃい!」

 優しく遥の髪を撫でた慎一は、光輝と並んでエレベーターへと向かっていく。

「光輝、荷物持とうか?」
「ああ、頼むわ。ネクタイはいつもエレベーターの中で締めとんねん。時間の有効活用や! 寝坊したわけちゃうで!」

 歩いていく2人の声が遠ざかっていく。
 遥がその後ろ姿を見送っていると、外まで出てきた光が、隣に立って耳打ちする。

「寝坊したんだよ」
「そうなの? ふふっ」

 小さく笑っていると、慎一と光輝がエレベーターの前で振り返り、手を振る。
 
 遥は光と一緒に手を振り返した。
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