125 / 132
125 バレンタイン 3
金曜日。
まだ薄暗い寝室で、目覚ましが鳴る前に目を覚ました遥は、慎一の腕の中でそっとスマホを操作していた。
分厚い羽毛布団を少し上に引き上げ、慎一から画面が見えないように隠す。
昨日、光から無事に注文したものが届いたと連絡があった。
光が送ってくれたチョコのレシピのURLを開き、作り方を読みながら頭の中でイメージする。
(えっと、まずはお鍋で生クリームを温めて、それで刻んだチョコを溶かす。そして、冷蔵庫に入れて――)
スマホを握った手を小さく動かしながら動作を確認してると、慎一が体を動かし、手を遥の頭に伸ばしてきた。
遥は素早くスマホの画面を消し、布団の中に隠す。
恐る恐る視線を上げると、慎一の目はまだ閉じていた。
手だけが遥の頭を撫でる。いつものように優しく、ゆっくりと。
その瞬間、遥の胸がじんと震えた。
閉じたスマホを開くことなく、遥は目覚ましが鳴るまでずっと慎一を見つめ続けた。
******
いつもより30分早く設定された目覚ましが鳴り、遥は慎一とともに1階へ下りる。
顔を洗い、着替えた遥は、急いでキッチンへ向かった。
エプロンをつけ、慎一の隣に立つ。
「じゃあ、まずはゆでたまごを作ろうか」
「はい!」
遥が鍋に水を張ってそっとたまごを入れると、慎一がコンロに置き、火をつけた。
タイマーをセットした遥は、ぐつぐつと温まっていく鍋を見つめる。
その横で慎一は、サンドイッチの具材を次々に切っていく。
遥は何度もそちらに目をやり、慎一の手の動きを追った。
切った後の包丁の置き方、切り方、切る順番、無駄のない流れるような動き。
自分も料理をしようと決意して観察してみると、慎一の作業がどれほど効率的なのかがよく分かった。
タイマーの時間がきたことを伝えると、慎一が茹で上がったたまごを水の入ったボウルに移して冷やす。
ここからは遥の出番だ。
熱さを確かめながら殻を剥いていく。最初の頃はたまごがボロボロになっていたけど、最近では綺麗に剥けるようになった。細かくひびを入れて優しく指先でつまむと、つるりと殻が取れる。
すべて剥き終えると、マッシャーで潰して、マヨネーズと塩、コショウを混ぜ合わせる。
「たまご、終わりました!」
「うん、ありがとう」
慎一に渡すと、彼はそれを丁寧に食パンに乗せ、もう1枚の食パンで挟む。
そして、パンの耳を包丁で切り落とし、2等分すると、かわいいチェック柄の使い捨て容器にそれぞれ入れていく。
2つ並べられているその容器には、既にほかのサンドイッチが詰められていた。
端からツナマヨ、ベーコンレタス、そしてたまごサンドだ。
次に慎一は小さな容器を取り出し、遥を振り返る。
「じゃあ、次はアレを作ろうか」
「はい!」
遥はにっこり笑うと、冷蔵庫へ向かった。
******
お弁当作りに想定以上に時間がかかってしまい、2人はバタバタと出かける準備をする。
遥は、先日慎一にもらったキャンパス生地のトートバックを取り出し、勉強道具を入れていく。左下に小さなクマが刺繍されているお気に入りのバッグだ。
今日は『チョコ』はお留守番。
リビングのソファーに座らせてから、もこもこのコートにマフラー、手袋をつける。そして、トートバッグを肩にかけた。
「準備できました!」
「うん、じゃあ、行こうか」
「はい!」
遥はダイニングテーブルに置いていた保冷バッグを手に取る。
そして、スーツの上からロングコートを羽織った慎一と玄関へ向かった。
いつも見送る場所を越えて靴を履き、玄関の外に出る。
一度振り返った遥は慎一が鍵をかけるのを見守り、一緒に車へと向かった。
仕事に向かう慎一と一緒に出るのは初めてだ。
保冷剤の入ったひんやりとしたバッグを膝の上に乗せ、遥は温かい車内から少し興奮しながら外を眺めた。
道の脇にうっすらと残っている白い雪が、昇り始めた太陽に照らされ光っている。
光たちのマンションに着くと、慎一も一緒にエレベーターに乗った。
ぎゅっと手をつないでもらい、問題なく最上階へと到達し、エレベーターから出る。
チャイムを鳴らすと、しばらくして勢いよく扉が開いた。
驚いて一歩下がった遥の背を、慎一の大きな手が優しく支える。
「遥くん、いらっしゃい! ほな、いってくるなー!」
スーツの上着とコートを片手に、慌てて飛び出してきた光輝は、遥に笑顔を見せながら、玄関へ出てきていた光を振り返る。
まだ結ばれていないネクタイが胸元で揺れた。
「じゃあ、いってくるね」
光輝に驚いていると、慎一が声をかけてきて、遥は慌てて返事をする。
「あ、いってらっしゃい!」
優しく遥の髪を撫でた慎一は、光輝と並んでエレベーターへと向かっていく。
「光輝、荷物持とうか?」
「ああ、頼むわ。ネクタイはいつもエレベーターの中で締めとんねん。時間の有効活用や! 寝坊したわけちゃうで!」
歩いていく2人の声が遠ざかっていく。
遥がその後ろ姿を見送っていると、外まで出てきた光が、隣に立って耳打ちする。
「寝坊したんだよ」
「そうなの? ふふっ」
小さく笑っていると、慎一と光輝がエレベーターの前で振り返り、手を振る。
遥は光と一緒に手を振り返した。
まだ薄暗い寝室で、目覚ましが鳴る前に目を覚ました遥は、慎一の腕の中でそっとスマホを操作していた。
分厚い羽毛布団を少し上に引き上げ、慎一から画面が見えないように隠す。
昨日、光から無事に注文したものが届いたと連絡があった。
光が送ってくれたチョコのレシピのURLを開き、作り方を読みながら頭の中でイメージする。
(えっと、まずはお鍋で生クリームを温めて、それで刻んだチョコを溶かす。そして、冷蔵庫に入れて――)
スマホを握った手を小さく動かしながら動作を確認してると、慎一が体を動かし、手を遥の頭に伸ばしてきた。
遥は素早くスマホの画面を消し、布団の中に隠す。
恐る恐る視線を上げると、慎一の目はまだ閉じていた。
手だけが遥の頭を撫でる。いつものように優しく、ゆっくりと。
その瞬間、遥の胸がじんと震えた。
閉じたスマホを開くことなく、遥は目覚ましが鳴るまでずっと慎一を見つめ続けた。
******
いつもより30分早く設定された目覚ましが鳴り、遥は慎一とともに1階へ下りる。
顔を洗い、着替えた遥は、急いでキッチンへ向かった。
エプロンをつけ、慎一の隣に立つ。
「じゃあ、まずはゆでたまごを作ろうか」
「はい!」
遥が鍋に水を張ってそっとたまごを入れると、慎一がコンロに置き、火をつけた。
タイマーをセットした遥は、ぐつぐつと温まっていく鍋を見つめる。
その横で慎一は、サンドイッチの具材を次々に切っていく。
遥は何度もそちらに目をやり、慎一の手の動きを追った。
切った後の包丁の置き方、切り方、切る順番、無駄のない流れるような動き。
自分も料理をしようと決意して観察してみると、慎一の作業がどれほど効率的なのかがよく分かった。
タイマーの時間がきたことを伝えると、慎一が茹で上がったたまごを水の入ったボウルに移して冷やす。
ここからは遥の出番だ。
熱さを確かめながら殻を剥いていく。最初の頃はたまごがボロボロになっていたけど、最近では綺麗に剥けるようになった。細かくひびを入れて優しく指先でつまむと、つるりと殻が取れる。
すべて剥き終えると、マッシャーで潰して、マヨネーズと塩、コショウを混ぜ合わせる。
「たまご、終わりました!」
「うん、ありがとう」
慎一に渡すと、彼はそれを丁寧に食パンに乗せ、もう1枚の食パンで挟む。
そして、パンの耳を包丁で切り落とし、2等分すると、かわいいチェック柄の使い捨て容器にそれぞれ入れていく。
2つ並べられているその容器には、既にほかのサンドイッチが詰められていた。
端からツナマヨ、ベーコンレタス、そしてたまごサンドだ。
次に慎一は小さな容器を取り出し、遥を振り返る。
「じゃあ、次はアレを作ろうか」
「はい!」
遥はにっこり笑うと、冷蔵庫へ向かった。
******
お弁当作りに想定以上に時間がかかってしまい、2人はバタバタと出かける準備をする。
遥は、先日慎一にもらったキャンパス生地のトートバックを取り出し、勉強道具を入れていく。左下に小さなクマが刺繍されているお気に入りのバッグだ。
今日は『チョコ』はお留守番。
リビングのソファーに座らせてから、もこもこのコートにマフラー、手袋をつける。そして、トートバッグを肩にかけた。
「準備できました!」
「うん、じゃあ、行こうか」
「はい!」
遥はダイニングテーブルに置いていた保冷バッグを手に取る。
そして、スーツの上からロングコートを羽織った慎一と玄関へ向かった。
いつも見送る場所を越えて靴を履き、玄関の外に出る。
一度振り返った遥は慎一が鍵をかけるのを見守り、一緒に車へと向かった。
仕事に向かう慎一と一緒に出るのは初めてだ。
保冷剤の入ったひんやりとしたバッグを膝の上に乗せ、遥は温かい車内から少し興奮しながら外を眺めた。
道の脇にうっすらと残っている白い雪が、昇り始めた太陽に照らされ光っている。
光たちのマンションに着くと、慎一も一緒にエレベーターに乗った。
ぎゅっと手をつないでもらい、問題なく最上階へと到達し、エレベーターから出る。
チャイムを鳴らすと、しばらくして勢いよく扉が開いた。
驚いて一歩下がった遥の背を、慎一の大きな手が優しく支える。
「遥くん、いらっしゃい! ほな、いってくるなー!」
スーツの上着とコートを片手に、慌てて飛び出してきた光輝は、遥に笑顔を見せながら、玄関へ出てきていた光を振り返る。
まだ結ばれていないネクタイが胸元で揺れた。
「じゃあ、いってくるね」
光輝に驚いていると、慎一が声をかけてきて、遥は慌てて返事をする。
「あ、いってらっしゃい!」
優しく遥の髪を撫でた慎一は、光輝と並んでエレベーターへと向かっていく。
「光輝、荷物持とうか?」
「ああ、頼むわ。ネクタイはいつもエレベーターの中で締めとんねん。時間の有効活用や! 寝坊したわけちゃうで!」
歩いていく2人の声が遠ざかっていく。
遥がその後ろ姿を見送っていると、外まで出てきた光が、隣に立って耳打ちする。
「寝坊したんだよ」
「そうなの? ふふっ」
小さく笑っていると、慎一と光輝がエレベーターの前で振り返り、手を振る。
遥は光と一緒に手を振り返した。
あなたにおすすめの小説
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる
衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。
男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。
すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。
選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。
二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。
元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
運命よりも先に、愛してしまった
AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。
しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、
2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。
その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。
『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました
小池 月
BL
大学一年の半田壱兎<はんだ いちと>は男性オメガ。壱兎は生涯ひとりを貫くことを決めた『アルファ拒食症』のバース性診断をうけている。
壱兎は過去に、オメガであるために男子の輪に入れず、女子からは異端として避けられ、孤独を経験している。
加えてベータ男子からの性的からかいを受けて不登校も経験した。そんな経緯から徹底してオメガ性を抑えベータとして生きる『アルファ拒食症』の道を選んだ。
大学に入り壱兎は初めてアルファと出会う。
そのアルファ男性が、壱兎とは違う学部の相川弘夢<あいかわ ひろむ>だった。壱兎と弘夢はすぐに仲良くなるが、弘夢のアルファフェロモンの影響で壱兎に発情期が来てしまう。そこから壱兎のオメガ性との向き合い、弘夢との関係への向き合いが始まるーー。
☆BLです。全年齢対応作品です☆