男装魔法師団団長は第三王子に脅され「惚れ薬」を作らされる

コーヒーブレイク

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 リステアードに言われたとおり、団員たちを集めて、午後から就任式の練習を始めたフェリクスだが、フェリクスの心は常に「独唱」に囚われていた。

 一人で……歌を歌う……みんなの前で……無理だ……。

 フェリクスが青ざめた顔をしているので、他の団員は「リステアード王太子殿下によほど厳しく叱責されたに違いない」と勘違いして、気の毒がっていた。

 暗澹とした気持ちで魔法師団団長室に戻ると、ミランがいた。まるで自分の部屋のようにソファに座って、くつろいでいる。フェリクスの姿を認めると、読んでいた文庫本を閉じながら立ち上がり、フェリクスの方に駆け寄った。

「フェリクス殿、遅かったな。就任式の練習、ご苦労だった」

「ミ、ミラン殿下、なんでいるんですか?」

「ごめん。鍵が掛かってなかったから、つい。別に何も見てないし、何も動かしてないよ」

 フェリクスはそこで、今朝、慌てていたので部屋に鍵を掛け忘れていたことに思い当たった。鍵が掛かってなかったからって勝手に入って待ってるなんて、この部屋は私のプライベートルームも兼ねているのに(仕切りでベッドルームを分けている)と思ったが、今はそんなことをミランに言及しているときではなかった。

「ミラン殿下、私に何か御用でしょうか」

 すでに夜と言っていい時間だ。フェリクスも、他の団員と夕食をすませ、自室に戻ってきたところなのだ。王宮内にも、この部屋にも、魔力による明かりが灯っている。

「いや、明日から就任式の練習があるから、僕との朝の訓練はなしかなと思って。それを確認したくてさ」

 フェリクスはあ、と思った。そういえば、そういう約束だった。

「いいえ。お約束しましたから、ミラン殿下さえよければ、引き続き行いましょう。就任式の練習は訓練場ではなく王宮内のホールで行いますし、時間的にも大丈夫ですよ」

「僕は嬉しいけど、君は疲れるだろう? 突然就任式の予定が前倒しになって、色々大変じゃないの? 君は式の主役だし」

 ミランのその言葉を聞くと、フェリクスは胃が痛くなるようだった。
 忙しいのは平気だ。体力には自信があるし、給料を三割増で貰っている以上、だらだらしているなんて、とんでもないと思っている。やるべき仕事はやらなければならない。
 だけど。
 歌を一人で歌わされるなんて、それだけは、勘弁してほしい。それだけは。

「フェ、フェリクス殿、顔色が悪いよ。やっぱり疲れてるんじゃない? それとも風邪でも引いた?」

 ミランの右手が、自然にフェリクスの額に当てられた。温かくて、意外に大きな固い手だ。
 なんだか妙にほっとしてしまって、フェリクスは気がつくと、ミランに憂鬱の事情をぽつぽつと、話していた。

 話を聞き終えたあと、ミランは「そんなに歌に自信ないの? ちょっと歌って見せてよ」
 と何故か悪戯っぽい声でにフェリクスに催促した。
 自分より男らしい(と思っている)フェリクスに弱点があって、嬉しいんだろう、とフェリクスは推測した。他人事だと思って……くそう。

「今ここで……ですか」

「恥ずかしいなら部屋の奥に行こうか」

 二人は部屋の奥に移動した。

「軍歌のさわりだけでいいからさ。さんはいっ」

 フェリクスは半ばやけになり、恥を捨てて歌った。
 部屋中にフェリクスの歌声が轟く。
 腕を組み、さてどんなもんかお手並み拝見とばかりに、していたミランの顔から笑いが消えうせ、驚愕の表情のまま固まった。
 ――フェリクスが歌い終えたとき、ミランは驚愕の表情のまま、真剣な顔でぽつりと言った。

「……これはまずいな」
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