27 / 94
27
しおりを挟む
「あの、リステアード王太子殿下、独唱、とは?」
フェリクスは聞き間違いかと思った。
「え? 王家から新・魔法師団団長として任命され、認められた感謝の意として、新団長は『軍歌・エルドゥ王国と共に』を一人で歌うのが習わしじゃないか。俺だって歌ったよ」
対してリステアードは長い足を組み、コーヒーを啜りながらさも当然のように言い放つ。
「あれ、知らなかった? 就任式のプログラムに書いてなかった?」
「み、見落としてました……」
「君ってしっかりしてるようで、どこか抜けてるよね」
就任式のメインは魔物を倒すパフォーマンスであり、自分の出番は最後の最後にちょっとだと思っていた。自分が前・魔法師団団長(つまりは目の前にいるリステアード)から団長バッジを受け取って「これからは、お前が団長として頑張れよ」的な終わり方で……。
「私一人で歌うんですか」
「そうだよ。軍歌はことあるごとに歌ってるから覚えてるだろう? 式一番の見せ場だ」
「リステアード王太子殿下、私には無理です。歌は苦手なんです。どうか団員皆で歌うようにプログラムを変えて下さい。魔物なら、一体でも十体でも倒しますので」
フェリクスは懇願した。それぐらい必死だった。勉強でも、運動でも、何でもできたフェリクスだが、壊滅的にダメなのが歌だ。苦手というレベルじゃない。
フェリクスの必死さとは対照的に、リステアードはサラサラの前髪をいじりながら、のほほんとしていた。
「何、君音痴なの? ははは、クールで真面目な新団長が音痴だなんて、ギャップがウケて、きっと逆に人気出るよ。ちなみにこの式は魔法で映像化されて、エルドゥ王国各地に配信されるから、そのつもりでね」
「わ、私が歌ったら魔法師団のイメージダウンになります。本当です。お願いですから、リステアード王太子殿下、お願い……」
「泣いてもだめだめ。昔からの習わしなんだから。ってか、うそ泣き下手すぎだよ」
くそっ。だめか。
窮地に立たされたフェリクスは捨て身の作戦に出たのだが、慣れないことはするものではない。
「王太子殿下、そろそろお時間が」
控えていた給仕がリステアードにそっと告げる。「分かってるよ」と言うようにリステアードはひとつ頷き、フェリクスの方を振り返って、にっこりと微笑んだ。何がそんなに面白いのか。
「フェリシア君、俺は次の仕事があるから、もう行くよ。王太子って忙しいね。ま、いろいろ好き勝手やってきた俺だけど、婚約者もやっと決まって、それももう終わり、年貢の納め時さ。そんな俺のためにも頑張ってよ、フェリシア君。君の気合が入った独唱、期待してるよ。そのわさびせんべい全部食べていいから、じゃあねー」
笑顔のまま、気取った足取りで、手を振りながら部屋を後にした。
給仕の女性と部屋に残されたフェリクスは、失意のどん底で、リステアードを見送るのさえ忘れていた。手からわさびせんべいが滑り落ちる。
どうしよう、一人で歌を歌うなんて……!
――絶体絶命だ……!!
フェリクスは聞き間違いかと思った。
「え? 王家から新・魔法師団団長として任命され、認められた感謝の意として、新団長は『軍歌・エルドゥ王国と共に』を一人で歌うのが習わしじゃないか。俺だって歌ったよ」
対してリステアードは長い足を組み、コーヒーを啜りながらさも当然のように言い放つ。
「あれ、知らなかった? 就任式のプログラムに書いてなかった?」
「み、見落としてました……」
「君ってしっかりしてるようで、どこか抜けてるよね」
就任式のメインは魔物を倒すパフォーマンスであり、自分の出番は最後の最後にちょっとだと思っていた。自分が前・魔法師団団長(つまりは目の前にいるリステアード)から団長バッジを受け取って「これからは、お前が団長として頑張れよ」的な終わり方で……。
「私一人で歌うんですか」
「そうだよ。軍歌はことあるごとに歌ってるから覚えてるだろう? 式一番の見せ場だ」
「リステアード王太子殿下、私には無理です。歌は苦手なんです。どうか団員皆で歌うようにプログラムを変えて下さい。魔物なら、一体でも十体でも倒しますので」
フェリクスは懇願した。それぐらい必死だった。勉強でも、運動でも、何でもできたフェリクスだが、壊滅的にダメなのが歌だ。苦手というレベルじゃない。
フェリクスの必死さとは対照的に、リステアードはサラサラの前髪をいじりながら、のほほんとしていた。
「何、君音痴なの? ははは、クールで真面目な新団長が音痴だなんて、ギャップがウケて、きっと逆に人気出るよ。ちなみにこの式は魔法で映像化されて、エルドゥ王国各地に配信されるから、そのつもりでね」
「わ、私が歌ったら魔法師団のイメージダウンになります。本当です。お願いですから、リステアード王太子殿下、お願い……」
「泣いてもだめだめ。昔からの習わしなんだから。ってか、うそ泣き下手すぎだよ」
くそっ。だめか。
窮地に立たされたフェリクスは捨て身の作戦に出たのだが、慣れないことはするものではない。
「王太子殿下、そろそろお時間が」
控えていた給仕がリステアードにそっと告げる。「分かってるよ」と言うようにリステアードはひとつ頷き、フェリクスの方を振り返って、にっこりと微笑んだ。何がそんなに面白いのか。
「フェリシア君、俺は次の仕事があるから、もう行くよ。王太子って忙しいね。ま、いろいろ好き勝手やってきた俺だけど、婚約者もやっと決まって、それももう終わり、年貢の納め時さ。そんな俺のためにも頑張ってよ、フェリシア君。君の気合が入った独唱、期待してるよ。そのわさびせんべい全部食べていいから、じゃあねー」
笑顔のまま、気取った足取りで、手を振りながら部屋を後にした。
給仕の女性と部屋に残されたフェリクスは、失意のどん底で、リステアードを見送るのさえ忘れていた。手からわさびせんべいが滑り落ちる。
どうしよう、一人で歌を歌うなんて……!
――絶体絶命だ……!!
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
90
1 / 2
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる