The Dark eater ~逆追放された勇者は、魔剣の力で闇を喰らいつくす~

紫静馬

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転生勇者と魔剣編

第二十二話 闇に染まる時(5)

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「……!?」

 出したレッド自身、驚愕した。無理もない。
 眼前のおぞましい魔物と同じ、黒い靄がよりによって聖剣から飛び出してきたのだから。

 ――なんで……!

 何故かつて魔王を討伐したという勇者の剣から、魔物が放つ闇が溢れ出すのか。レッドには想像すら不可能だ。

 しかし、先ほど放った光と闇が混じった刃は、確かに放たれブルードラゴンを斬ることに成功した。残念ながら一瞬先に気付かれ、空へ逃げられたため左足一本斬るだけだったが、アレンは無事だったので一応成功とする。

 ――とりあえず制御出来てるなら問題ないか。

 そう思うことにした。どの道、この剣の力が無ければブルードラゴンに勝つことは出来ない。

 開き直ったレッドは、空中からこちらを睨みつけるブルードラゴンに対し、追撃として光と闇の刃を再び放った。

「うらぁっ! おらぁっ!」

 空中へ飛び立った二色の斬撃は狙い通りブルードラゴンに襲い掛かるが、すばやく舞う敵を捉えられずに明後日の方へ行ってしまう。

「くそっ、飛ばれてちゃあっちの方に分があるか……」

 レッドはそう吐き捨てた。今の状態では、勝つのは厳しい。
 それに、仮に命中させたとして、普通に斬っただけではまた再生される可能性もあった。肉片一つ残さず、完全に消滅させる必要がある。斬るのとは別の殺し方を考えなければならない。
 何より、一番の問題が他にあった。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 先ほどから息が荒く、立っていることすら難しくなってきた。
 思えば今日は夕方から大空洞でのビッグワーム、夜には走って村へ駆けつけ、そしてこのブルードラゴンである。アレンの支援魔術もとっくに切れている。疲れてて当然だ。
 それ以上に、どうやらこの聖剣の状態は恐ろしく体力と魔力を消費するらしかった。展開しているだけでぐっと力を持っていかれる。時間的余裕は無さそうだ。

 恐らく、次で最後になる。そう覚悟したレッドは、聖剣を空中で旋回しているブルードラゴンに向けて構えた。

 ブルードラゴンもこちらの敵意を感じたらしい。しかし近づくのは危険と判断したのだろう、空に浮かんだまま、二つの口から紅蓮の炎を吹いた。

「――きたっ!!」

 レッドは歓喜の叫びを上げた。こちらの誘いに乗ってくれた相手の愚かさに歓喜しながら。

 ブルードラゴンの爆炎がレッドに当たる前に、レッドは聖剣の力を使い地面から強く跳ねた。白と黒の閃光をその身に纏って。

「ああああああああああああああああぁぁぁっ!!!」

 光と闇の奔流は、双頭の竜が放った業火をも切り裂き、容易に飲み込んでいった。
 そして聖剣は炎の壁を突き破り、ブルードラゴンの腹に深く突き刺さった。
 
 二つの首がそれぞれ断末魔の如き悲鳴を上げる。レッドはその絶叫に応じることは無く、

「――爆ぜろ」

 とだけ呟き、ぐいと剣をもう一つ強く差し込む。

 その時、空中に浮かんでいたブルードラゴンの肉体から、白と黒の閃光が吹き出し、そして爆発した。
 ブルードラゴンの身そのものに直接聖剣の刃を突き立て、その膨大な魔力で肉片一つ残らぬよう消し飛ばしたのだ。

「ざまあみろ……てんだ……」

 勝った。勝利した。それは喜ばしい事だった。

 しかし、勝利したレッド自身も吹き飛ばされ、地面に落ちていく。

 ――やべえ、どうしよう。

 落ちるその一瞬、レッドは助かる方法が何も思いつかず困ってしまった。
 何か魔術を使って身を守るとしても、先ほどの一撃で力を出し切ってしまい、もう指先一つ動かせそうにない。聖剣の加護も、今しがたあれだけ使ったので期待するのは難しいかもしれない。

 まあ、なんとか打ち所が良ければ助かるかな……なとど希望的観測を抱くしかないと半分諦めの境地にいると、あっさり地面に辿り着いてしまった。

「……ん?」

 しかし、いざ落ちてみると予想していた衝撃は一切なく、ふわりと浮くような感覚だけで痛みの類は少しも来なかった。

「あれ……?」

 どうしたんだと思いロクに動かせなくなっている首を何とか回して辺りを窺うと、そこにはうつ伏せになりつつもこちらに手を伸ばしているラヴォワがいた。
 必死の形相で伸ばしていた手も、こちらと目が合うとバタリと土の上に落ち、同時に浮いている感覚は消えレッドの体もちゃんと地面に落ちる。
 どうやら、彼女が風系魔術でクッションを作ってくれていたようだ。

「無茶しやがって……いてててて!」

 ホッと胸をなでおろすと、全身をつんざくような痛みがぶり返してきた。無茶し過ぎたのはこちらも一緒らしい。

「勇者様……大丈夫ですか……」

 すると、向こうからアレンが這う這うの体でやってきた。アレン自身かなりボロボロの様子だが、なんとか無事らしい。

「ああ、すまん。まるで動けないんだ。ちょっとでいいから、動ける程度に回復してくれんか」
「わかりました……」

 アレンが回復魔術をかけてくれる。少しずつ体に力が入ってくるのを感じていると、マータやロイの声も聞こえてきた。二人も無事らしい。

「……勇者様」

 すると、アレンが回復魔術をかけつつ、レッドに尋ねてきた。

「なんだ?」
「さっきの……あれは、なんだったんです?」

 そう、真剣な表情で聞いてくる。
 恐らく、先ほどの聖剣が放った黒い靄と黒い閃光のことだろう。どうも見ていたらしい。

「――さあな。聖剣に聞いてくれ」

 としか答えないと、アレンもそれ以上聞いては来なかった。

 実際、聞かれても困る。レッド自身、何なのかさっぱり分からないのだ。

 黒き靄。そして黒き閃光、闇の光としか表現できない何か。
 あんなものは今回の旅は勿論、前回の旅でも見たことが無かった。
 両方の旅で、ここまで苦戦した、あるいは死にかけた経験というのは無い。強いて言えばパーティ壊滅時の大怪我した時くらいだが、あの時は既に聖剣の力は弱体化しきっていたので参考にはならないだろう。

 何故ブルードラゴンと、そしてかつて化け物と変異した自分と同じ黒い靄が聖剣から飛び出したのか? そもそもあれは同じものなのか? いくら考えても結論は出なかった。

 第一、レッドは聖剣とは何かすら知らない。かつて魔王を滅ぼした伝説の勇者が使った剣、くらいはこの世界の子供でも知っていることだが、こうして手に持っていても具体的に材質も誰か作ったのかも、そしてその力がどのようにして湧き出るかも知らないし聞いてもいないのだ。

 ――結局、俺って何にも知らないんだな。

 かつての自分を思い出す。無知で愚かで傲慢で、聖剣の力に溺れ偉ぶっていただけの子供に過ぎなかった前回の自分。あの頃からは、少しは変わったと思っていた。

 しかし――実際のところは、何一つとして変わっていないのかもしれない。復讐だ真実を知るだなんて嘯いたところで、無知で愚かで、ただ聖剣の力を振るっているだけの今の自分が、前回の自分とどれだけ違いがあるのだろうか?

 こんな調子で大業なこと考えるなんて馬鹿げている――などと自嘲気味に笑っていると、回復魔術の効果かだいぶ体が動くようになっていた。ゆっくりと起き上がる。

「もういい。もう大丈夫だ、アレン」
「え、でももう少し――」
「必要ない。お前もだいぶ疲れたろ。で――生存者は?」

 レッドがそう尋ねると、暗い顔をして俯いてしまった。聞かなくても分かるというものだ。

「――今、マータさんとロイさんが捜索してくれていますが……」
「感知魔術には引っかからなかった、か」
「……はい」

 そうか、とだけ答えておいた。アレンとラヴォワの感知で見つからなかったとすれば、ほぼ望み薄と言ったいいだろう。

「まあ一応捜索するか。村から逃げた奴もいるかもしれんし。それと同盟国にも報告する必要があるかな……」

 そう言いながら立ち上がると、辺りを見回す。いつの間にか朝になっており、太陽が村を照らしてくれていた。

 村の様子は、酷いものだった。どの家も焼けるか崩れていて、無事なものは一つもない。ところどころから血と肉の焼ける不快な匂いまで漂ってくる。まさに地獄のような凄惨な有様だ。

「――一応捜索が終わったら、回復を待って報告へ行こう。一番最寄りの村か砦に行って同盟国軍に後始末はさせればいい。帝国には――同盟国の方から伝えさせればいいか。そこまでやる義理はあるまい。――それと」

 ちらりと、俯いたままのアレンを見やる。あまりにも衝撃的な事が続いてしまった一日に、心の整理が出来てないようで、悲しそうな顔で虚空を見つめきりである。

「――休暇取ろう。流石に疲れちまった」

「休暇? いいのそんなもの取って」

 マータが聞いてくる。五か国からの命を受けて、世界中の魔物を討伐する義務を背負った勇者パーティ。各地で被害が拡大している現状休暇なんて容易に取れるものではない、のだが。

「構わんよ。連中とて俺らに無理させて死なれる方が問題だろうし。別に一月二月寄越せって訳じゃないよ。どっかの保養地で休むくらいは許してくれるだろ」

 最悪、今回面倒事を押し付けてきたマガラニとレムリーに要求すればいい。そう付け加えてレッドは自分も捜索に参加し始めた。



 その後ろ姿を、アレンが恐ろしいものを見るような目で見つめていることに、最後までレッドは気付かなかった。
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