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転生勇者と魔剣編
第八十一話 早すぎる決戦(2)
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「ほらほら、どうしちゃったのぉ!? もっと遊ぼうよぅ!」
「くっ……!」
先ほどまで落雷を黒き鎧に撃ち込んでいたが、効き目が薄いと判断したか、あるいは飽きたのか落雷は止まっていた。
しかし、今度は上空の雨雲を介し、巨大な氷柱を落としてきた。子供が雪合戦をする勢いで、大岩のような氷柱が飛んでくるのだから堪らない。レッドは周囲を飛び回って逃げていた。
「ちょっとさぁ、逃げるだけじゃ勝てないよ!? 僕をぶっ殺すんじゃなかったのかい君は! そぉら、もっと楽しませてくれよぅ!」
雨あられとばかりに、巨大氷柱を飛ばしながら枢機卿長は煽り、嘲り、そして見下す。その時の枢機卿長は、完全に楽しんでいた。
楽しんでいたが故に、気付くのが遅れてしまった。
「……ん?」
ふと、彼は違和感を覚えた。
先ほどからは氷柱をぶつけようとしているのだが、一発も当たっておらず明後日の方へ行く。その明後日の方とは、今のレッドは枢機卿長より低空を飛んでいるため、当然地面にであった。
つまり、地面には外れて地面に激突して砕けた氷が山ほど転がっていることになる。
事実、砕けた氷の残骸はそこかしこに転がっていた。
だが、その様子が変なのだ。
「あれ……?」
よく見ると、砕けた氷塊が積み上がって山と化している。
要するにそれは、ほとんど同じ箇所に氷塊が集まっているということだ。
そうしてみると、黒き鎧は先ほどからグルグルと逃げ回っているように見えて、実際は同じ場所を行ったり来たりしていることになる。
それが何を意味するか、分からないほど枢機卿長は愚かではなかった。
「――やばいっ!」
慌てた枢機卿長は氷柱を出すのを止め、雨雲を利用した大規模雷系魔術を使おうとした。先ほどの落雷とは比べ物にならない、高威力の攻撃魔術だ。
しかし、その手は一瞬止まってしまう。
「!? あれは……!」
突如、飛び回っていたレッドが着陸した。
場所は、氷塊が積み上がった山の上である。
「――行くぞ」
その一言と共に、レッドは氷塊の頂上で、氷に勢いよく魔剣を突き刺した。
「止めろぉ!」
それを阻止しようと、枢機卿長は高威力雷系魔術、サンダーバード・フラッピングを放つ。
世界を真っ白に染めるような極大の雷鳴が、黒き鎧に向かって轟き叫んだ。
激しい閃光と衝撃波が辺りを包み、命中した大地を吹き飛ばした。尋常でない量の粉塵が巻きあがる。
稲妻が終わった後も、しばらく大量の粉塵は煙のように周囲を覆い、視界を遮っていたが、段々と晴れていった。
やがて落雷の落下地点が露わになると、あれほどあった氷塊は全部消滅し、大地に開いた大穴しか残っていない――はずだったか。
「――ふん。やるねえ」
感心した枢機卿長の視線の先には、
こちらに剣を向け、平然とした様子で立っている黒き鎧を纏ったレッドがいた。
「驚いたよ。これまで防ぐなんてね。よくもまあ、黒き鎧をそこまで扱えるもんだ。その体、欲しいくらいだよ」
「遠慮させてもらう。それに、どうせ防げると分かって放ったんだろ?」
「――どういうことだい?」
ニヤリと浮かびながら余裕ぶった態度を取る枢機卿長に対し、レッドは先ほどの推測を述べる。
「お前、黒き鎧を回収する気だろ? 破壊する気は無い」
「――ほう?」
興味深そうにしている枢機卿長であるが、否定も肯定もしなかった。こちらの語りを聞きたがっているのだろう。
「お前ならもっと強力な攻撃魔術で消し飛ばすくらい余裕なはずだ。にもかかわらずチャチな術で追いかけ回してばかりなのは……俺がバテるの待ってるんじゃないか?」
それが結論だった。
あれだけの攻撃魔術を無詠唱で使えるほどの魔術師なら、一撃でこちらを抹殺することなど簡単に出来るはずだ。しかし、それをせず威力は強いとはいえこちらを仕留めるのは到底難しい、魔力球の攻撃を乱発していたのは、あえてこちらを逃げ回らせるためだ。
黒き鎧はいつまでも使い続けられる代物ではない。体力の限界が来ると自動的に解除されてしまう。特に、翼で飛んでいればなおのこと消耗が激しい。ならば、飛んで逃げるしかない状況に追い込ませればいずれ自滅する。
どうして、即死させることが可能なのに、そんな時間がかかり面倒な手段を取るのか。考えられる理由は一つ。レッドを即死させるような破壊力の魔術を使えば、鎧の方も砕けるかもしれない。それは嫌なのだろう。
そして、遠距離攻撃ばかり使っていたのは他にも理由がある。
「――ふうん、そう判断したか」
そう、枢機卿長は失笑しながら応えた。
「ま、間違っちゃいないけどね。それで、どうするの? 僕が本気にならないから、勝てるなんて思ってる? やろうと思えば鎧を傷つけず君を半殺しなんて朝飯前だけど?」
「……だろうな」
実際、それは本当だろう。まったく驚いた様子も、こちらを甘く見る態度も少しも変わっていない。だからどうしたと言わんばかりだ。
だからこそ、枢機卿長に勝てる。レッドはむしろ勝利を確信した。
「やれやれ、呆れたもんだ。そんなこと気付いたくらいで調子こかれると笑われちゃうよ? 僕に勝つには、もっと驚かせて欲しいもんだね」
「――そうか。ならこれはどうだ?」
そう言うと、レッドは大きく翼をはためかせると同時に、魔剣を枢機卿長へと投げつけた。
何やってんだこいつ、と舐めた様子でひらりと簡単に躱すと、
突如、眼前に黒き鎧が現れて、思わず目を見開く。
「え――っ!」
「ほう、目が出てると何考えてるか分かっていいね」
などと嗤ったと同時に、レッドはその右手を枢機卿長の胸倉に突き刺した。
「がっ……!」
「ちいっ!
残念ながら、咄嗟に上に飛ばれてしまい、枢機卿長の胸ではなく腹に刺さった。しかし、黒き鎧の鋭すぎる爪はその五本指を人体に容易に突き貫いた。
「ぶはっ!」
血反吐を吐く枢機卿長であったが、レッドの本当の攻撃はここからだった。
「まだだっ!」
レッドは次に、左手で枢機卿長の右肩を掴み取り、そのまま自分の方へ寄せる。抱きつくような形にしておいて、離さないようガッチリ掴み、左手へも力を込めて爪を肩へ喰い込ませる。
その途端、黒き鎧から黒い靄が発生し、一気に噴き出した。
「がああああぁぁぁっ!!」
「おらぁ、吸いつくしてやる!」
黒い靄が噴き出すとともに、枢機卿長の体からオーラのような光が出て、そして消えていく。
まるで、黒い靄が光を吸い取っているかのようだった。
「くそがぁ……舐めるなっ!}
「っ!!」
血を吐きながら枢機卿長が叫ぶと、手をかざしたかと思えば突然目の前で爆発が起こった。
「ぐわぁっ!」
眼前で吹っ飛んだのだから堪らない。否応なしに弾かれ、枢機卿長に刺していた右手も左手も離されてしまう。
「お、おのれぇ!」
空中で振り回されたが、なんとか体勢を立て直す。と同時に、先ほど投げつけた魔剣が自分で飛んで戻ってきた。
「――よし、ちゃんと戻ってきたか」
安堵していると、息絶え絶えの声がした。
「なんで――魔剣がある程度離れたら、自動的に持ち主のところへ戻ってくるの知ってんだ……?」
声のである枢機卿長を見ると、腹を貫かれ血がダラダラと流れ、山吹色の神官服が真っ赤に染まっていた。爪が食い込んだ右肩も痛そうに押さえながらも、まだ浮いていられるのは感心すべきかもしれない。
「ああ、前に試し斬りした時な、適当にブン投げたら戻ってきたんだよ。それを覚えていたのさ」
「前に――? 何言ってんだ、お前魔剣手にしたの昨日が初めてでしょうが」
やはりこちらの言い分が理解できずに困惑している。
当然の話だ。前とは昨日ではなく、前回のことなのだから。レッドが魔剣と黒き鎧を渡され、腕試しに騎士団を襲った時の経験など、知っている筈が無い。
「それに、さっきのあの超加速、どうやったんだ? いくら翼を使ったからって、いきなりあそこまで速くは飛べないよ……?」
「ああ、これを使ったのさ」
そう言うとレッドは、左手を下へダランと垂らす。
すると、ジャラジャラと金属音を鳴らしながら、何かが下へ流れていく。
「それは……!」
「鎖、だろ? 左手首から出せる隠し装備だ。こいつを魔剣に巻きつけといて、魔剣の加速も追加して飛んだだけだよ」
これも、前回の時に見つけたものだった。左手首の突起から、黒い鎖が飛び出してくる。ただの鎖ではなく鎧と同じく魔術的な道具なのか、この見た目と違ってかなりの長さがある上に、レッドの任意で動かすことも可能だった。
「馬鹿な……鎧どころか鎖まで、なんでそこまで知ってる!? 貴様、本当に何者なんだ!?」
「――俺が何者かより」
そこで言葉を切ると、レッドは再び翼を広げ、一気に枢機卿長へ襲い掛かった。
「なっ……!」
「自分の身を案じろよ」
そして、魔剣を大きく振り上げ、枢機卿長を斬り裂こうとする。
「くっそぉ!」
咄嗟に枢機卿長は、昨晩と同じく結界魔術を両手で展開し、防いだ。
「うおおおおおおおっ!」
「く、くくっ……!」
しかし、その姿は明らかに苦しそうだった。結界も、前よりだいぶ小さく、弱く見える。
その理由は、明白だった。
「どうしたどうした、魔力はもう残ってないのかゲイリィっ!」
「おのれ……っ!」
そう、実は枢機卿長は、自らが持つかなりの魔力を失っていた。
先ほどまでの攻撃魔術の使いすぎ、では決してない。あの程度の魔術で底が付くほど、枢機卿長は弱い魔術師ではなかった。
だというのに魔力の残量が低いのは、奪われたからだ。
他ならぬ、黒き鎧によって。
「いやあ、戦い方間違ってたよ。これが黒き鎧の使い方だったなぁ!」
レッドの叫び通り、枢機卿長が恐れた黒き鎧の力とはこれであった。
黒き鎧は、周囲の魔力を手あたり次第吸いつくす特性を持っている。それこそ触った相手、空間に漂っているマナ、あるいは受けた攻撃魔術からも。
つまり、攻撃魔術を使う魔術師には最悪の相手ということだ。自分の魔術で元気になられては、どんな魔術師もたまったものではない。
だから、遠距離攻撃ばかり使ってわざと逃げるよう仕向けたのだ。あれはこちらを消耗させると同時に、あえて逃げられる程度に誘導させてこちらが魔力を吸わないようにするためだ。
雨雲などを発生させ落雷や氷柱への攻撃に転じたのも、同様の理由だろう。魔力だけで発生させる攻撃魔術より、雨雲などの力を利用して攻撃すれば、使う魔力は低くて済む。全てが自らの魔力を保ちつつこちらを疲弊させるためだ。
それ故、レッドがグルグル回っていると気付いた時焦ったのだ。あれでは、場に残った氷塊から魔力の残滓を吸収して回復されてしまう。それがあるから、一気に吹き飛ばそうとした。
そして今、枢機卿長の魔力量が減退しているのは、言うまでもなくレッドが先ほど腹にその手を突き刺したからだ。あれで直接、枢機卿長から魔力を奪った。残念ながら刺した時間が短く全部奪うのは無理があったが、それでも効果はあったろう。
これが黒き鎧の本当の運用方法。戦っているだけで、相手から力を奪い自分のものとする。まさに悪魔の力だった。
「――やるね、君」
しかし、そうして追い詰めたはずの枢機卿長は、
血まみれの口元を緩ませ、微笑んでいた。
「なに――?」
「いやあ驚いた。ちょっと君を甘く見てたよ。油断し過ぎたね。悪かった」
腹に穴が開いていて、今まさに斬り裂かれようとしているというのに、最初に会った時から少しも崩さない笑顔のままだった。
「――でもね」
そう口にした途端、枢機卿長を守っていた結界が消滅し、剣が彼へと振り下ろされる。
「え――!」
レッドが驚く間もなく、魔剣の鋭い刃が枢機卿長をその身をあっさり両断――することはなかった。
なんと、枢機卿長はその剣を左手で簡単に掴み取ったのだ。
「んなっ――!?」
レッドが仰天したその時、
枢機卿長の笑顔が、フッと消えた。
「その程度で僕に勝ったと思われちゃ困るんだけど?」
それと同時に、レッドの顔面目掛けて凄まじい勢いの右ストレートが叩きつけられた。
「くっ……!」
先ほどまで落雷を黒き鎧に撃ち込んでいたが、効き目が薄いと判断したか、あるいは飽きたのか落雷は止まっていた。
しかし、今度は上空の雨雲を介し、巨大な氷柱を落としてきた。子供が雪合戦をする勢いで、大岩のような氷柱が飛んでくるのだから堪らない。レッドは周囲を飛び回って逃げていた。
「ちょっとさぁ、逃げるだけじゃ勝てないよ!? 僕をぶっ殺すんじゃなかったのかい君は! そぉら、もっと楽しませてくれよぅ!」
雨あられとばかりに、巨大氷柱を飛ばしながら枢機卿長は煽り、嘲り、そして見下す。その時の枢機卿長は、完全に楽しんでいた。
楽しんでいたが故に、気付くのが遅れてしまった。
「……ん?」
ふと、彼は違和感を覚えた。
先ほどからは氷柱をぶつけようとしているのだが、一発も当たっておらず明後日の方へ行く。その明後日の方とは、今のレッドは枢機卿長より低空を飛んでいるため、当然地面にであった。
つまり、地面には外れて地面に激突して砕けた氷が山ほど転がっていることになる。
事実、砕けた氷の残骸はそこかしこに転がっていた。
だが、その様子が変なのだ。
「あれ……?」
よく見ると、砕けた氷塊が積み上がって山と化している。
要するにそれは、ほとんど同じ箇所に氷塊が集まっているということだ。
そうしてみると、黒き鎧は先ほどからグルグルと逃げ回っているように見えて、実際は同じ場所を行ったり来たりしていることになる。
それが何を意味するか、分からないほど枢機卿長は愚かではなかった。
「――やばいっ!」
慌てた枢機卿長は氷柱を出すのを止め、雨雲を利用した大規模雷系魔術を使おうとした。先ほどの落雷とは比べ物にならない、高威力の攻撃魔術だ。
しかし、その手は一瞬止まってしまう。
「!? あれは……!」
突如、飛び回っていたレッドが着陸した。
場所は、氷塊が積み上がった山の上である。
「――行くぞ」
その一言と共に、レッドは氷塊の頂上で、氷に勢いよく魔剣を突き刺した。
「止めろぉ!」
それを阻止しようと、枢機卿長は高威力雷系魔術、サンダーバード・フラッピングを放つ。
世界を真っ白に染めるような極大の雷鳴が、黒き鎧に向かって轟き叫んだ。
激しい閃光と衝撃波が辺りを包み、命中した大地を吹き飛ばした。尋常でない量の粉塵が巻きあがる。
稲妻が終わった後も、しばらく大量の粉塵は煙のように周囲を覆い、視界を遮っていたが、段々と晴れていった。
やがて落雷の落下地点が露わになると、あれほどあった氷塊は全部消滅し、大地に開いた大穴しか残っていない――はずだったか。
「――ふん。やるねえ」
感心した枢機卿長の視線の先には、
こちらに剣を向け、平然とした様子で立っている黒き鎧を纏ったレッドがいた。
「驚いたよ。これまで防ぐなんてね。よくもまあ、黒き鎧をそこまで扱えるもんだ。その体、欲しいくらいだよ」
「遠慮させてもらう。それに、どうせ防げると分かって放ったんだろ?」
「――どういうことだい?」
ニヤリと浮かびながら余裕ぶった態度を取る枢機卿長に対し、レッドは先ほどの推測を述べる。
「お前、黒き鎧を回収する気だろ? 破壊する気は無い」
「――ほう?」
興味深そうにしている枢機卿長であるが、否定も肯定もしなかった。こちらの語りを聞きたがっているのだろう。
「お前ならもっと強力な攻撃魔術で消し飛ばすくらい余裕なはずだ。にもかかわらずチャチな術で追いかけ回してばかりなのは……俺がバテるの待ってるんじゃないか?」
それが結論だった。
あれだけの攻撃魔術を無詠唱で使えるほどの魔術師なら、一撃でこちらを抹殺することなど簡単に出来るはずだ。しかし、それをせず威力は強いとはいえこちらを仕留めるのは到底難しい、魔力球の攻撃を乱発していたのは、あえてこちらを逃げ回らせるためだ。
黒き鎧はいつまでも使い続けられる代物ではない。体力の限界が来ると自動的に解除されてしまう。特に、翼で飛んでいればなおのこと消耗が激しい。ならば、飛んで逃げるしかない状況に追い込ませればいずれ自滅する。
どうして、即死させることが可能なのに、そんな時間がかかり面倒な手段を取るのか。考えられる理由は一つ。レッドを即死させるような破壊力の魔術を使えば、鎧の方も砕けるかもしれない。それは嫌なのだろう。
そして、遠距離攻撃ばかり使っていたのは他にも理由がある。
「――ふうん、そう判断したか」
そう、枢機卿長は失笑しながら応えた。
「ま、間違っちゃいないけどね。それで、どうするの? 僕が本気にならないから、勝てるなんて思ってる? やろうと思えば鎧を傷つけず君を半殺しなんて朝飯前だけど?」
「……だろうな」
実際、それは本当だろう。まったく驚いた様子も、こちらを甘く見る態度も少しも変わっていない。だからどうしたと言わんばかりだ。
だからこそ、枢機卿長に勝てる。レッドはむしろ勝利を確信した。
「やれやれ、呆れたもんだ。そんなこと気付いたくらいで調子こかれると笑われちゃうよ? 僕に勝つには、もっと驚かせて欲しいもんだね」
「――そうか。ならこれはどうだ?」
そう言うと、レッドは大きく翼をはためかせると同時に、魔剣を枢機卿長へと投げつけた。
何やってんだこいつ、と舐めた様子でひらりと簡単に躱すと、
突如、眼前に黒き鎧が現れて、思わず目を見開く。
「え――っ!」
「ほう、目が出てると何考えてるか分かっていいね」
などと嗤ったと同時に、レッドはその右手を枢機卿長の胸倉に突き刺した。
「がっ……!」
「ちいっ!
残念ながら、咄嗟に上に飛ばれてしまい、枢機卿長の胸ではなく腹に刺さった。しかし、黒き鎧の鋭すぎる爪はその五本指を人体に容易に突き貫いた。
「ぶはっ!」
血反吐を吐く枢機卿長であったが、レッドの本当の攻撃はここからだった。
「まだだっ!」
レッドは次に、左手で枢機卿長の右肩を掴み取り、そのまま自分の方へ寄せる。抱きつくような形にしておいて、離さないようガッチリ掴み、左手へも力を込めて爪を肩へ喰い込ませる。
その途端、黒き鎧から黒い靄が発生し、一気に噴き出した。
「がああああぁぁぁっ!!」
「おらぁ、吸いつくしてやる!」
黒い靄が噴き出すとともに、枢機卿長の体からオーラのような光が出て、そして消えていく。
まるで、黒い靄が光を吸い取っているかのようだった。
「くそがぁ……舐めるなっ!}
「っ!!」
血を吐きながら枢機卿長が叫ぶと、手をかざしたかと思えば突然目の前で爆発が起こった。
「ぐわぁっ!」
眼前で吹っ飛んだのだから堪らない。否応なしに弾かれ、枢機卿長に刺していた右手も左手も離されてしまう。
「お、おのれぇ!」
空中で振り回されたが、なんとか体勢を立て直す。と同時に、先ほど投げつけた魔剣が自分で飛んで戻ってきた。
「――よし、ちゃんと戻ってきたか」
安堵していると、息絶え絶えの声がした。
「なんで――魔剣がある程度離れたら、自動的に持ち主のところへ戻ってくるの知ってんだ……?」
声のである枢機卿長を見ると、腹を貫かれ血がダラダラと流れ、山吹色の神官服が真っ赤に染まっていた。爪が食い込んだ右肩も痛そうに押さえながらも、まだ浮いていられるのは感心すべきかもしれない。
「ああ、前に試し斬りした時な、適当にブン投げたら戻ってきたんだよ。それを覚えていたのさ」
「前に――? 何言ってんだ、お前魔剣手にしたの昨日が初めてでしょうが」
やはりこちらの言い分が理解できずに困惑している。
当然の話だ。前とは昨日ではなく、前回のことなのだから。レッドが魔剣と黒き鎧を渡され、腕試しに騎士団を襲った時の経験など、知っている筈が無い。
「それに、さっきのあの超加速、どうやったんだ? いくら翼を使ったからって、いきなりあそこまで速くは飛べないよ……?」
「ああ、これを使ったのさ」
そう言うとレッドは、左手を下へダランと垂らす。
すると、ジャラジャラと金属音を鳴らしながら、何かが下へ流れていく。
「それは……!」
「鎖、だろ? 左手首から出せる隠し装備だ。こいつを魔剣に巻きつけといて、魔剣の加速も追加して飛んだだけだよ」
これも、前回の時に見つけたものだった。左手首の突起から、黒い鎖が飛び出してくる。ただの鎖ではなく鎧と同じく魔術的な道具なのか、この見た目と違ってかなりの長さがある上に、レッドの任意で動かすことも可能だった。
「馬鹿な……鎧どころか鎖まで、なんでそこまで知ってる!? 貴様、本当に何者なんだ!?」
「――俺が何者かより」
そこで言葉を切ると、レッドは再び翼を広げ、一気に枢機卿長へ襲い掛かった。
「なっ……!」
「自分の身を案じろよ」
そして、魔剣を大きく振り上げ、枢機卿長を斬り裂こうとする。
「くっそぉ!」
咄嗟に枢機卿長は、昨晩と同じく結界魔術を両手で展開し、防いだ。
「うおおおおおおおっ!」
「く、くくっ……!」
しかし、その姿は明らかに苦しそうだった。結界も、前よりだいぶ小さく、弱く見える。
その理由は、明白だった。
「どうしたどうした、魔力はもう残ってないのかゲイリィっ!」
「おのれ……っ!」
そう、実は枢機卿長は、自らが持つかなりの魔力を失っていた。
先ほどまでの攻撃魔術の使いすぎ、では決してない。あの程度の魔術で底が付くほど、枢機卿長は弱い魔術師ではなかった。
だというのに魔力の残量が低いのは、奪われたからだ。
他ならぬ、黒き鎧によって。
「いやあ、戦い方間違ってたよ。これが黒き鎧の使い方だったなぁ!」
レッドの叫び通り、枢機卿長が恐れた黒き鎧の力とはこれであった。
黒き鎧は、周囲の魔力を手あたり次第吸いつくす特性を持っている。それこそ触った相手、空間に漂っているマナ、あるいは受けた攻撃魔術からも。
つまり、攻撃魔術を使う魔術師には最悪の相手ということだ。自分の魔術で元気になられては、どんな魔術師もたまったものではない。
だから、遠距離攻撃ばかり使ってわざと逃げるよう仕向けたのだ。あれはこちらを消耗させると同時に、あえて逃げられる程度に誘導させてこちらが魔力を吸わないようにするためだ。
雨雲などを発生させ落雷や氷柱への攻撃に転じたのも、同様の理由だろう。魔力だけで発生させる攻撃魔術より、雨雲などの力を利用して攻撃すれば、使う魔力は低くて済む。全てが自らの魔力を保ちつつこちらを疲弊させるためだ。
それ故、レッドがグルグル回っていると気付いた時焦ったのだ。あれでは、場に残った氷塊から魔力の残滓を吸収して回復されてしまう。それがあるから、一気に吹き飛ばそうとした。
そして今、枢機卿長の魔力量が減退しているのは、言うまでもなくレッドが先ほど腹にその手を突き刺したからだ。あれで直接、枢機卿長から魔力を奪った。残念ながら刺した時間が短く全部奪うのは無理があったが、それでも効果はあったろう。
これが黒き鎧の本当の運用方法。戦っているだけで、相手から力を奪い自分のものとする。まさに悪魔の力だった。
「――やるね、君」
しかし、そうして追い詰めたはずの枢機卿長は、
血まみれの口元を緩ませ、微笑んでいた。
「なに――?」
「いやあ驚いた。ちょっと君を甘く見てたよ。油断し過ぎたね。悪かった」
腹に穴が開いていて、今まさに斬り裂かれようとしているというのに、最初に会った時から少しも崩さない笑顔のままだった。
「――でもね」
そう口にした途端、枢機卿長を守っていた結界が消滅し、剣が彼へと振り下ろされる。
「え――!」
レッドが驚く間もなく、魔剣の鋭い刃が枢機卿長をその身をあっさり両断――することはなかった。
なんと、枢機卿長はその剣を左手で簡単に掴み取ったのだ。
「んなっ――!?」
レッドが仰天したその時、
枢機卿長の笑顔が、フッと消えた。
「その程度で僕に勝ったと思われちゃ困るんだけど?」
それと同時に、レッドの顔面目掛けて凄まじい勢いの右ストレートが叩きつけられた。
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ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
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