The Dark eater ~逆追放された勇者は、魔剣の力で闇を喰らいつくす~

紫静馬

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転生勇者と魔剣編

第八十六話 早すぎる決戦(7)

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「……根拠のない話のようだな」
『無茶言うな。こんなこと、僕だって経験が無いんだ。なんでも知ってる全知全能と思ってたのかい僕を?』
「さあ、てね……」

 なんて空返事をしながら、レッドは少し考える。

 ――転生、ねえ。

 正直、他人からそんな話を聞かされれば眉唾か頭がおかしくなったとしか考えなかったろう。
 しかし、その相手が自分本人であれば疑うわけにもいかない。単なる夢で片付けるには、符合しすぎている点も多すぎる。

 けれど――今回の自分の例とさっきの話とはだいぶ違う気もする。

 さっき聞かされた異世界転生とは、別の世界で死んだ人間が違う世界で別人に生まれ変わるという話だ。それに対してレッドは、かつての自分自身に生まれ変わっている。それも幼い頃、悪夢のことを考えれば赤ん坊の頃からだ。

 まるで、時代を逆行したように――である。

 これは異世界転生とかそんな軽いものでは無く、もっと大きな力があるのでは。そう思えてならなかった。

「――これ以上は推測しか出来んか」
『だね。悪いけど、情報が無さ過ぎて僕にも見当が付かないよ』
「そうだな。俺も期待してたわけじゃないしいいけど……」

 レッドはふと、空を仰ぐ。

 一日の始まり、快晴が広がっている空が見えた。
 なにしろ、屋敷はボロボロに壊れてしまって天井が無いのだ。

「――なあ」
『ん?』

 レッドはゆっくり立ち上がると、枢機卿長に声をかける。

「そろそろ、ここ出るか」
『……まあ、確かにそうすべきだね』

 などと互いに呟きながら、壊れた壁から外を見る。

 相変わらず炎は燃え続け、火柱まで上がっていた。

「――消火って、誰がやるんだったかな」
『大きな都市なら専門の消火隊がいるだろうけど、こんな田舎なら貴族が独自に持ってる衛兵か領民自身がやるんじゃないの?』
「――どっちも、多分死んでるな」
『衛兵は近衛兵に殺されて、領民はワイバーンにみんな殺されたろうね』
「――他のところから誰か来ないかな」
『来ないだろうね。この辺を担当している第一方面軍は王都に集まってるし、人里からちょっと離れた田舎だから他の領地が気づくのはいつになることか』
「――火事、こっちにも飛び火するかな」
『僕の予想だと、あと二、三時間程度かな』
「――そうか」

 なんて言いながら、体の汚れをパンパンと払って一言、

「――逃げるか」
『だな』

 そう、二人で決めた。

「と――その前に」

   ***

 パチパチと、何かが弾けるような音と、ゴオオオと勢いよく燃える音がやかましいぐらい聞こえた。
 同時に、激しい熱風がこちらをも焼き尽くさんとばかりに襲いかかってくる。

 そんな強烈な炎の目の前で、レッドは別に怯むこともなくその業火をじっと眺めていた。

 自らの生家、カーティス領本家屋敷が燃えていく様を。

『――良かったのかい?』

 ふと、枢機卿長がそんな風に問いかけてきた。

「うん? 何が?」
『何がじゃないよ。ホントに良かったのかって聞いてるのさ』

 そう再び聞いてくる枢機卿長に、レッドは失笑しつつ自らの左手を向きながら聞き返した。

「どうせ、このまま放っておいても、いずれはそこら中から延焼するんだろ?」
『まあ、そうだね』
「だったら、別に違いなんかないだろ。遅いか、早いかしかない。それなら――」

 なんてことを言いつつ、レッドは右手に持ったものをポイと投げ捨てた。
 使は、燃える屋敷の中に投げられて一緒に業火に包まれていく。

「先に俺が燃やしてもいいだろ?」

 などと、嗤いながら答えた。



 そう。屋敷に火を点けたのは、他ならぬレッドだった。

 屋敷から出ることを決意した時、レッドは同時に屋敷を焼き払うことも決意した。
 そのため、屋敷の傍にあった倉庫から薪や木炭など、とにかく燃えやすい物を手当たり次第集めて半壊した屋敷に敷いて、近くまで来ていた炎から火を拝借して屋敷を燃やしにかかったのだ。
 枢機卿長が魔術で手伝おうかと言ったが、丁重に断って自分一人の手で準備し、屋敷を火だるまにするのに見事成功した。

 そして今、レッドが安寧の地として親しんだ屋敷は、全て灰になろうとしている。

『しかし――良かったの? 使用人たちの死体、そのままにして焼いちゃって。墓くらい建てようとは思わなかったのかい?』
「――馬鹿か。あいつら、俺に触れられることすら死ぬほど嫌がってたんだ。そんな殺すより残酷なことできるかよ。それに、カーティス領は火葬が一般的なの」
『おや、アトール王国ではずいぶん珍しいね』

 知ってるだろうに、とは言わないでおいた。こんな五百年も生きて世界の闇を操ってきたものが、その程度の常識知らないとはまずあり得ない。

 まあいいか、と嘆息してから、踵を返して屋敷に背を向けて――が、ふと立ち止まり、もう一度屋敷を見やる。

 炎によって朽ちていく生家が、肉や何やらが色んな物が焼ける不快な匂いがする。
 人生で一番時間を過ごした場所が、そうして消えていった。

『――どうした? 名残惜しくなったかな?』
「……いや、どっちかと言うと逆かな」

 逆? と聞き返してくる枢機卿長に、レッドはただ一言、



「帰ってくるんじゃ、なかったなあ――ってね」

 そう、呟いた。



 今日、危険を冒してでも帰ってきたのは、二度と戻れないかもしれない故郷の姿を、せめてこの目に焼き付けたい、そんな望郷の一心。ただそれだけだった。

 しかし――実際来てみれば、故郷はとっくに失われていた。

 いや――違う。失ったのではない。
 故郷など、レッドには最初から存在していなかったのだ。

 そんなものは、レッドが勝手に思い込んでいた妄想の産物であり、人も、獣も、この領地そのものすら、レッドをこの地の人間だと思っていなかったし、誰もこの地を愛してなどいなかった。

 故郷を亡くした――のですらない。
 故郷など、帰る場所など、レッドを待つ者などただの一人とていなかったのだ。

 こんな現実を知るくらいなら、戻らなければよかった――そんな風に、思ってしまう。

『――まあ、故郷なんてそんなもんさ』

 すると、枢機卿長が今までとは違う声色で、そう語り出した。

『自分がいくら相手を愛したところで、相手が愛してくれるとは限らない。特に、虐げられるのが当然と思っている奴らはね。僻んだり、羨んだり、何か裏があると勘ぐったり。そんなことは――アレン君で思い知ったんじゃないの?』
「――確かにな」

 あまりにもその通り過ぎて何も言えなかった。

 まさに、アレンなどいい例だろう。こちらとしてはそれほど手酷く扱った気は無かったが、ほんの少し生まれた違和感から一気にレッドが偽勇者だと簡単に信じてしまった。レッドがきちんとした関係を作らなかったことも原因としてはあるが、アレンの中に元々人族への猜疑心がなければああも簡単には受け入れまい。

 それもこれも、全部枢機卿長のせいなのだが。

「……そういえば、一つ聞かなきゃならないことがあったな」
『ん? なんだいレッド?』

 突然話しかけられた枢機卿長に、レッドはこう質問した。

「お前、名前なんて言うんだ?」
『――は?』

 目と口だけで、呆気にとられた顔という者は出来るらしい。見ている分にはずいぶん滑稽な表情をされた。

「いやだって、ゲイリー・ライトニングなんてのも、お前が取り憑いた相手の名前だろ。だったらその名前でいつまでも呼ぶのはな。と言って、アリア・ヴィクティーとも呼べないし、枢機卿長なんて長ったらしい名前使えるか。本名とかあるのかお前?」

 なんてことをレッドが問うと、枢機卿長はしばし考えていたが、

『――無いよ。僕に名前なんて』

 と、投げ捨てるように答えてしまう。

『あったかもしれないけど、忘れちゃった。ま、仰るとおり僕に名前なんて必要ないからねえ。枢機卿長の地位にさえいれば、どうでもよかったから』
「流石に、五百年生きてるジジイだけはあるな」
『おいこら、誰がジジイだ。だいたい、君のせいでもあるんだぞ。こんな人面疽みたいな体にしやがった』
「ジンメン……ソ? なんだそりゃ」

 初めて聞いた単語に、つい問いかけてしまう。

『おや、聞いたことないかい? 異界における伝説の怪物だよ。人間の腹や膝など体の一部が人の顔となり、勝手に喋ったり笑ったりするという話さ。ま、本当かどうかなんて知らないけどね』

 またしても異界の知識を自慢気に披露する枢機卿長だったが、レッドはその話を聞いて少し考え込むと、

「――なら、お前の名前はジンメで」

 と、レッドは決定した。

『えーなんだいそれ!? もう少し捻れよ適当すぎるだろ!』

 当然の如く枢機卿長、改めジンメは抵抗するが、レッドは聞く耳持たなかった。

「知るか。所詮名前なんて記号だろ。言いやすいように付ければいいんだから由来なんてどうでも……うわぁ!」

 レッドがうるさいジンメを黙らせるように言っていたら、上から炎を纏った木の柱が落ちてきて慌てて回避した。

 どうやら、燃えている屋敷がいよいよ崩壊してきて、柱が倒れてきたらしい。

『――とりあえず、話は後ということでグリフォン呼んでよ。ここいたらやばいわ』
「指図すんなよお前は――! ……はぁ、仕方ないか」

 ジンメの言われるままなのは癪だったが、これ以上燃える屋敷の傍にいては危険なのも事実だったので、しょうがなく右手の腕輪を天に上げ、グリフォンを呼ぶことにした。
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