The Dark eater ~逆追放された勇者は、魔剣の力で闇を喰らいつくす~

紫静馬

文字の大きさ
117 / 123
闇の王国と光の魔物編

第二十一話 偽りの動乱(5)

しおりを挟む
                         
                                        
「サーシャ・クリティアス……? ど、どういうことだ、お前はいったい……?」

 熊族の亜人、ザダは話について行けず困惑するばかりだった。少し哀れにも思ったが、気にせずサーシャに語りかける。

「二年ぶり、ぐらいか? お前は学園から居なくなってたからな。スケイプに聞いても知らないの一言だったし、どうしてたか実は気にしてたんだぜ?」
「あら、それにしては今まで全然気付かなかったではないですか、レッド様」
「そりゃ、それだけ印象変えれば分かるかい……同じなのは、その紫色の瞳くらいじゃないか。ご自慢の縦ロールはどうしたんだよ」

 レッドはそう愚痴りながら、しかし自分の鈍さを呪っていた。

 彼女にずっと違和感を抱いていた。どこかで会ったと確信していながら、誰なのか全然分からなかった。あの瞳に覚えがあったのを、どうしても気づけなかった。

 だが、記憶を取り戻すと、鮮明に思い出せる。

 学園時代、レッドに目が付くとちょっかいをかけてきたスケイプだが、彼は常に一人では無かった。
 取り巻きのような男たちも居たし、彼に憧れ追いかけ回すファンたちもいた。
 スケイプは面倒がっていたが、中でも取り分けしつこく絡んでくる女が一人存在した。
 それが、スケイプをスケイプ兄様と呼ぶ、サーシャ・ウィルマン辺境伯令嬢だった。

 サーシャは、別に親しみを込めて兄様と呼んでいるわけで無く、二人は本当に実の兄妹だ。現国王と王妃の娘なのは間違いないが、彼女は王族の人間とは扱われていない。

 アトール王国の王族は、金髪碧眼であることが何よりも重視される。仮に正室から生まれた子でも、金髪碧眼で無ければ王族とは認められない。

 故に金髪碧眼でない子供は、生まれたときに始末される――なんて事は無い。金髪碧眼でなかろうと、王族の血を引く子供というのは関係を深めたい大貴族には引き手数多だからだ。

 大概、ある程度の年齢になってから養子に出されるか、婚姻という形で大貴族の家に入ることとなる。王族の血を保つための方策でもあった。

 サーシャも、国王と正妃の娘として生まれながら、碧眼を持たなかった故にウィルマン辺境伯の養子として王宮から出された身の上だった。ちなみにスケイプとは一つ違いで、同じく正妃から生まれたベル・クリティアスの姉に当たるという。他にも正妃の子は二人ほど居たそうだが、どちらも金髪碧眼で無かったために同様に王宮から離されたらしい。

 そんなわけで、サーシャ・クリティアスはウィルマン辺境伯の家に入り、王族の人間では無くなった……のだが、彼女はにもかかわらず、学園にいたときはスケイプ兄様スケイプ兄様としつこく絡んできた。他のどんな追っかけ女子たちより、はるかにベタベタ引っ付いてきた。

 無論、褒められたことではない。血縁としては確かに兄妹とは言え、彼女はもうウィルマン家の人間。その彼女が王族の人間とこうも親しげにするのは、身分差を重んずるアトール王国では宜しくない行為だった。

 しかし周囲がいくら咎めても、気にするようなサーシャでは無かった。かつてスケイプに聞いた話では、幼い頃からこんな感じで兄を溺愛する妹だったという。こういう妹を、異界の言葉でブラコンと呼ぶらしかった。

 そうしてスケイプに好意を寄せていたサーシャだったが、それに反してレッドのことは蛇蝎の如く嫌っていた。どうも、自分が愛するスケイプがレッドにご執心なのが気に入らなかったらしい。自分は勝手に付き纏われているだけだと言いたかったが、それを言えば余計に機嫌を悪くしたに違いない。

 毎回、スケイプが現れるところにサーシャも現れた。そして、その度にこちらの顔を見て激しい怒りと憎しみで顔を歪ませる。

 そして、いつも「チッ」と舌打ちをするのだった。

 ――まさか、あんなもんで思い出すとはな。

 レッドは自分が情けなくなってしまった。

 いくら姿を変えているとはいえ、当時ほとんど話したわけでもないとはいえ、顔を見てもすぐ気づけなかったとは馬鹿らしい。恐らく、サーシャはこちらの様を見てさぞかしおかしかったことだろう。

 そんな嫌な気分になってしまうが、気を取り直して再び問いかける。

「サーシャ、学園を辞めたって聞いたときは驚いたぞ。お前、今までどこにいたんだ?」

 それは、レッドがずっと抱いていた疑問だった。

 ある時を境に、いつもスケイプを追っかけていたサーシャが現れなくなった。何の気なしにスケイプに尋ねると、学園を辞めたというので思わず驚愕してしまった。

 レッドたちが通っていたプラトーネ王立学園は、ただ勉学や武術を学ぶ場ではない。それよりも、貴族のコネや関係を作る場としての役割が大きい。貴族間で付き合いを持ち学園を卒業したという経歴だけで貴族社会に出たとき手札となる。だから、よほどの理由でなければ辺境伯の娘が退学などしない、いや出来ないのだ。

「――私は、ただ兄の背を追いかけるだけの妹から卒業したかったのですよ」

 そう、どこか遠くを見るような瞳でサーシャは告げる。

「だから、私はいつか兄を支えられる人材になりたかった。騎士として名を上げることを人生の指針とした兄に、手助けできる力が欲しかった。そのために、ツテを頼って己の才を磨く場所へ行ったのです。――どんな手段を用いても、ね」
『――なるほど。君は『黒頭巾』の人間なんだね』

 黒頭巾、というキーワードをジンメが発した途端、サーシャの顔色が変わる。

「な、何故『黒頭巾』の名を!?」

 動揺し、こちらへ戸惑いの視線を向けるサーシャだったが、生憎レッドも『黒頭巾』を知らないのでジンメに尋ねてみる。

「なんだよ、『黒頭巾』て」
『おいおい、王国の闇を司ると言われたカーティス家の人間が『黒頭巾』を知らないなんて、間抜けにも程がないかい?』
「うるさいな、とにかく説明しろっ」

 こちらをからかってくるジンメに激昂しながら、レッドは問い詰める。
 そんなレッドの様子にニヤニヤしながら、ジンメは説明を開始する。

『要するに、王国が極秘に持っている諜報機関だよ。国内から優秀な人材を集めて教育し、表沙汰に出来ないヤバい仕事を取り扱う専門の組織。ま、『黒頭巾』ってのはあくまで通称で、実際の部隊名なんて無いんだけどさ』
「……そんなもんに入ってたってのか、サーシャが」
「別に、こんな組織は何処の国も持ってるよ。確かに魔術を鍛えたいなら魔術連盟なんかよりよっぽど優れてるよ。――魔術師としての教育に、口に出せないようなこともするしね、あそこ」

 口に出せないようなこと、の台詞にレッドは寒気を感じた。
 魔術師としての教育に、どんな方法を使うかなど、レッドは知らない。
 だが――少なくともレッドが知るサーシャは、かつて特に魔術で優れた才があったという話は一度も聞いていない。
 それが、僅か二年程度で王国の工作員となれるほどの腕を持つためには――尋常でない、おぞましい行為がなされたとしか考えられないからだ。

『まあ、普通は二年ぽっちで実戦に出せる人材は育たないから、彼女に元々素質あったんだろうね。『黒頭巾』もいい才能を手にしたもんだよ』
「――レッド様。さっきから、誰と話してますの? この声はいったい……」

 ジンメと会話するレッドに、サーシャが疑問を口にした。まあ、一応極秘機関であろう『黒頭巾』の名を、どう聞いてもレッドの声ではない別人が出せば驚くだろう。説明してやりたいところだが、余計に話が進まなくなるだけだろうから止むなく無視することにした。

「王国に属する諜報機関……なるほど。ではやはりこの新貴族派によるクーデターを起こさせた黒幕は、王国ということか」
「王国が、俺たちに……? 何言ってんだ、俺たちは自分の意思で……」
『それが、洗脳の一番大事なテクニックだよ』

 呆然と呟いたザダに対して、ジンメは冷ややかに言い切った。

『あくまで、自分で考え出し自発的に行動されていると思い込ませる。実は良いように誘導されているとは絶対気取らせない。人間命じられて動くのは脆いけど、自分で導き出したと思っていれば決意は固いからね。君たちそもそもは王国を力で倒そうとなんてしていなかったんでしょ? それがどうして武力闘争へ走ったのか、説明できる?』

 そうジンメが聞いたが、ザダは視線を泳がせるだけで返答しなかった。恐らく自分自身、どうしてそういう風に自分らが変節していったのか分からないんだろう。
 ザダだけではなく、誰も口をつぐんでしまった姿に、サーシャの口がほころんでいる。おかしくてたまらないらしい。

『まあ、君一人じゃ無理だろうね。『黒頭巾』かは知らないけど、他にもこの作戦に参加した奴らがいるんでしょ? 何人も新貴族派に潜入して、彼らが武力で王国を倒そうと考えるよう仕向けたわけだ、違う?』
「……誰かは分かりませんが、買いかぶりすぎですよ。あくまで戦う選択を決めたのは、彼らの意思です。元々不平不満を溜めた荒くれ者たちばかりですもの、武装路線へひた走るのに大した手間はかかりませんでしたわ」

 ザダの顔が一気に青ざめる。自ら王国打倒という使命を抱き、クーデターを決行しようとした彼にとって、実は意思も行動も完全に制御されていたとなっては愕然とする他なかろう。

 そして、そんな彼らを巧みに誘導し、反乱へと駆り出した黒幕の正体を知れば、より驚くに違いない、ともレッドは思った。

「で……お前が王国が寄越した工作員なのは分かったが、この筋書きを書いたのは誰なんだよ?」
「あら、それこそ既に見当が付いているのでは?」

 心底楽しそうにする姿は、別に隠す気も無いらしかった。スパイとしては間違っているはずだが、彼女にとって直接の雇い主でない射手などどうでもいいのかもしれない。

「やっぱり、そういうことか」
「や、やっぱりだと? お前、誰が俺たちを利用したか分かるってのか?」
「おいおい、ここまで来ればもう分かるだろ?」

 そう言って、ザダの方を向くとピシャリと答えた。



「このアシュフォード領の領主であり、お前たちがギリーと共にリーダーと称える男――
 グレイグ・アシュフォード侯爵閣下だ、違うか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】 【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】 ~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

二度目の勇者は救わない

銀猫
ファンタジー
 異世界に呼び出された勇者星谷瞬は死闘の果てに世界を救い、召喚した王国に裏切られ殺された。  しかし、殺されたはずの殺されたはずの星谷瞬は、何故か元の世界の自室で目が覚める。  それから一年。人を信じられなくなり、クラスから浮いていた瞬はクラスメイトごと異世界に飛ばされる。飛ばされた先は、かつて瞬が救った200年後の世界だった。  復讐相手もいない世界で思わぬ二度目を得た瞬は、この世界で何を見て何を成すのか?  昔なろうで投稿していたものになります。

S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。 そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。 王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。 しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。 突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。 スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。 王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。 そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。 Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。 スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが―― なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。 スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。 スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。 この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります

俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜

早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。 食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した! しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……? 「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」 そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。 無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

処理中です...