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一章
4 戦いのその後で
しおりを挟む夜会は恙無く執り行われた。ボルド王国自慢の料理や国の伝統舞踊などが披露され、ハミルトン公爵一行はその夜を大いに楽しんだ。
夜会も後半を向かえた頃、マンフリードは先程からマチルダの姿が見えないことを気にしていた。
少し前にマチルダが中庭に出て行く姿を見たのが最後だったことを思い出すと、マンフリードは隣でイーサンと談笑するカイに「少し席を外す」と短く声をかけ、マチルダの姿を追いかけるように中庭へと足を運んだ。
「ごゆっくり~」
心境を察したカイが、中庭へと消えていくマンフリードの背中に向かって嬉しそうに手を振った。
***
中庭へとやってきたマンフリードであったが、マチルダの姿は見当たらなかった。
「マチルダ嬢、おられますか?」
しんと静まり返り、人の気配のしない中庭で、マンフリードはマチルダの存在を確かめるように声を上げた。呼び掛けに対し、いくら待っても反応は返ってこなかった。
マンフリードが消えたマチルダに少し焦りを感じ始めた時だった。
マンフリードの耳に、しくしくと女性のすすり泣く声が聞こえてきた気がした。
マンフリードが泣き声を辿っていくと、中央の噴水に脇に植えられた小さく丸い庭木の下から声が聞こえているようだった。
一瞬ホラーの世界に足を踏み入れたかのような感覚に、マンフリードはぞっと背筋を震わせた。
(いやいや、そんな馬鹿な)
非現実的な考えに、すぐにマンフリードは頭を振って我に返ると、もう一度確認するため声のする庭木に向かって耳を傾けた。
(やはり、ここから声が聞こえる……)
マンフリードは訳が分からないまま庭木の下を探った。庭木は土から一度剥がされたような跡があり、その上から乱暴に植えつけられたような状態であることが分かった。
(何だ? 一体どうして庭木が抜かれているんだ?)
マンフリード不思議に思いながらも庭木を手に持つと、庭木は抵抗なく、ポロリと簡単に抜けた。
抜けた庭木の横には暗闇で見えにくいが、よく見ると深く掘られた穴が出来ていた。庭木はその穴を隠すように乱暴に置かれていたようだった。
穴は結構な深さで、まさかとは思ったが、マンフリードは恐る恐る穴の中に向かって声をかけてみた。
「マチルダ嬢……? おられるのですか?」
「……えっ? マンフリード殿下っ!?」
暗闇にようやく目の慣れたマンフリードの視界に、穴の中で膝を抱えて座っているマチルダの姿が見えた。
「えっ? 何故このような所にいるのですか? えっ? というか人の城の庭を何で勝手に破壊して……いや、何故わざわざ穴を掘って潜っておられるのですか? いや、それよりも何故泣いているのですか?」
衝撃的な状況に色々と理解が追いつかないマンフリードは、混乱気味にマチルダに話しかけた。
そんなマンフリードに対して、奇妙な行動を見せているマチルダが気まずそうにポツポツと語り始めた。
「……マンフリード殿下に叱られてから、自分の行いが恥ずかしくなってしまって……。恥ずかしすぎる余り、穴があったら入りたいと思ったら、衝動的に庭を掘ってしまいました。そして、その勢いで穴に入りました。……お城のお庭を壊してしまってすみません。後で直しておきます」
小さい身体を更に小さくしながら、申し訳なさそうにマチルダがマンフリードに謝った。
(そういえば襲撃後にそんなことも言っていたな……)
ようやく冷静さを取り戻したマンフリードが、昼間の出来事を思い出し、マチルダのこの奇妙な行動を納得したのだった。
「ふはっ」
どこまでも予想外のマチルダの行動に、マンフリードは色々と難しく考えている自分が馬鹿馬鹿しくなり、思わず吹き出した。
「マンフリード殿下?」
突然笑い出したマンフリードに、マチルダが穴の中から不思議そうに声を掛けた。
「ふふ。……ああ、すみません。マチルダ嬢……いや、マチルダと呼んでも構わないか?」
急に砕けた口調に変わったマンフリードに、マチルダの心臓が本日何度目かのときめきでドキンと跳ねた。
「か、構いません。どんな呼び方でも殿下に言われるのなら嬉しいです」
マチルダの頬がぼっと赤く染まった。マチルダのコロコロ変わる反応が面白くて、マンフリードの頬が自然と緩む。
「では、マチルダ。取りあえず穴から出てきてくれないか? 貴女の顔を見ながら話がしたいんだ」
「は、はい」
躾られた仔犬のように、マチルダは言われるがままに強靭な指の筋力で深く掘られた穴をよじ登ると、恥ずかしそうに穴からひょっこりと顔を出した。
「ふっ」
マチルダの土で汚れた顔と、まるで小動物のような可愛らしい仕草に、再び可笑しさが込み上げ、マンフリードは堪らず吹き出した。
生真面目なマンフリードしか知らないマチルダは彼の新しい一面を見て、
(無邪気に笑う姿も素敵です……)
とうっとりと見惚れながら穴から出ると、ドレスに付いた土をパンパンと丁寧に払い落とした。
「私はマチルダの事を怪力だからと非難している訳ではないのだ。分かるかい?」
穴から出たマチルダと噴水の前のベンチで二人腰掛けると、マンフリードはマチルダを怖がらせないように優しい口調で話しかけた。
「……そうなのですか?」
この力のせいで、ゴア王子に化け物呼ばわりされた苦い記憶がマチルダの脳裏に過る。
「貴女はとても勇敢で優しい女性だ」
昼間の出来事を思い返しながら、マンフリードは話を続けた。
「私はとても臆病でね。私が大切にしたいと思う人間が傷つく姿は見たくない。この国の住民や城の兵士も全て。そして……」
マンフリードは自分を見つめ、頬を赤く染めるマチルダの顔にすっと手を伸ばすと、頬に付いている土を撫でるように優しく親指で拭い取った。
「今日初めて会った貴女も、だ」
突然放たれたマンフリードの強烈な色気に当てられ、マチルダは身体中の血液が沸騰し、くらりと眩暈のような感覚を覚えた。
『ああ、やっぱりなんて素敵な方なのでしょう。私にこのような事を言って下さる殿方はお父様やお兄様以外ではいませんでした。私、このままここで死んだとしても本望です』
マチルダは先程まで落ち込んでいたことが嘘のように、幸せに打ち震えた。
「結婚などと大それたことは願いません。どうか私をマンフリード殿下のお側に置いて下さい。あの時も申しましたが私も殿下の大切な人達を一緒に守って行きたいです。私はもう絶対に怪我はしません。ここでもっともっと身体を鍛えて鋼鉄の身体を手に入れて見せます!」
土を拭うマンフリードの手を、マチルダは力を押さえつつガシッと両手で掴むと、溢れて止まらない熱い気持ちをマンフリードにぶつけた。
マチルダに握られた手の骨がミシッと軋んだ音を上げる。
「そういう事ではなくてだな……」
マンフリードは痛みを堪えながらマチルダの暴走する気持ちを嗜めようと口を開きかけたが、キラキラと純粋に好意に満ちた目を向けるマチルダに、これ以上何も言えなくなり、降参したようにやれやれと息を吐いた。
「全く……。マチルダの好きなようにしたらいい」
マンフリードは諦めたように、まるで仔犬を宥めるように空いている手でマチルダの頭を優しくポンポンと叩いた。
(ポンポン頂きました-!! も、もう私これ以上は心臓が持ちません!!)
ときめきがマックス状態となり、呼吸困難に陥りそうになったマチルダは、マンフリードから手を離し、命からがら距離を取った。
「き、今日はこれで失礼致します。ご無礼をお許し下さい!」
そう言うとマチルダは、これ以上はない位に赤く染まった顔を両手で隠し、風が巻き起こる程の猛烈な勢いで中庭から走り去っていった。
マチルダの去った跡に、その場に一人残されたマンフリードは、まるで嵐のように激しいマチルダに、今後もきっと振り回されるのだろうなと思いつつ、どこか楽しんでいる自分を、誤魔化すように夜の空を見上げたのだった。
***
「二人が結ばれるのは案外早いかもしれませんね」
「そのようですね」
二人の様子をひっりと見守っていたイーサンとカイが、祝福の乾杯をしていることを当の本人達は知る由もなかった。
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