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一章

3 怪力令嬢の戦い

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「この怪力のせいで、マチルダとヴィゴーレ王国の第二王子との結婚話も白紙になってしまい、それから尾ひれのついた噂が国内にあっとに広がり、マチルダの国内での結婚話はゼロになってしまいました。そこで我がハミルトン家はこのボルド王国へと目をつけたのです」

「はぁ……」

 つらつらと話すイーサンに対し、現状を未だに受け入れられないマンフリードは、間の抜けた相槌を打つことに精一杯だった。
 一方パフォーマンスを無事(?)に終えたマチルダは席に戻ると、イーサンの横で恥ずかしそうに身体をもじもじと揺らし、再び俯きながら話を静かに聞いていた。

「ボルド国では最近希少な魔石が発掘され、その鉱脈を狙って敵国が頻繁に襲来するようになったと……」

 イーサンが魔石の話を持ち出すと、先程まで明らかに混乱していたマンフリードの表情が、スッと引き締まり、国政を担う外交用の顔へと変貌した。

   再び警戒心を顕にするマンフリードを正面で捉えながら、イーサンは話を続けた。

「ボルド国には鉄壁の要塞があり、今は何とか持ち堪えていますが、ボルド国の兵力を考慮するとそれも長くは持たないだろうと我々は判断しました。更に、その要塞も大きな致命傷を抱えている。と、私はこの国に入港する時に確信しました」

 一拍置いて、イーサンはマンフリードに取って最も恐れている事実を告げた。

「度重なる襲撃で要塞の一部が綻びかけており、次の襲撃でそこを叩かれれば、要塞は修復困難な状態まで崩壊してしまうでしょう」

 イーサンの指摘に図星をさされたマンフリードは
 ガタンと、乱暴な音を立て椅子から立ち上がった。
 そんなマンフリードの反応を受け、イーサンは交渉が有利に動くと手応えを感じると、先程よりも強気な口調で公爵家の意向を伝えた。

「……ですので、是非王国のために我が妹マチルダの力を使って下さい」



 ***


   イーサンの話を聞いたマンフリードはゆっくりとマチルダへと視線を移した。
    もじもじと頬を赤らめ、俯きがちにマンフリードの返答を緊張しながら待っているマチルダの姿は、とても先程ライオンの像を持ち上げ、ぶん投げた令嬢と同一人物には見えなかった。


    マンフリードは苦々しい表情を隠すように顔を手で覆うと、はぁっと一つ大きな溜め息を吐いた。

「……いくら怪力だからと言って、公爵家の大事なご令嬢を戦場に立たせるなど出来ません」
 
『なんてお優しいお言葉……』

 マンフリードの誠実な言葉に、マチルダはキュンと胸が締め付けられた。
そして、自分を気遣うマンフリードの優しさに心を打たれたマチルダは、俯いていた顔を上げマンフリードに向き直ると力強く言葉を口にした。

「私の事なら大丈夫です。騎士団を束ねるハミルトン家に生まれ、幼い頃より兄達に交じり、騎士団の訓練にも参加しておりますので、戦いへの覚悟はいつでも出来ております」

 心配無用とでも言うように、マチルダはマンフリードに向けてにっこりと笑顔を浮かべた。

「それでも前線に出すことが不安のようでしたら、遠方から援護する形で戦いに参加致しますので……」

 マンフリードの力になれることが嬉しいマチルダが得意気な表情でマンフリードに戦法について語り始めた時だった。

「そういう事ではないのです!」

   マチルダの言葉をマンフリードが語気荒く遮った。マンフリードの強めの口調にビクリとマチルダの肩が震える。
一瞬怯えるような表情をしたマチルダに、マンフリードは口調を荒げてしまった自分を猛省するように、頭を抱えた。そして目の前の二人に向かって、絞り出すように断りの言葉を告げた。

「この縁談話はなかった事に……」

 カンカンカンカン--!!

 マンフリードの言葉と同時に、他国からの襲撃を報せる鐘の音が激しく城内に鳴り響いた。

「!!  ……こんな時にっ!」

 マンフリードは勢いよく立ち上がると、素早く東の海の方角に視線を送った。
そして城内と砦に待機していた兵士達に向かって交戦の指示を出した。

「東の海から敵襲だ!!  兵達は直ちに持ち場に就き敵襲に備えろ!!」

 兵士達に指示を出すと、マンフリードも直ぐに戦いの先頭に立つべくカイと共に砦へと駆け出した。

「ほう」

 マンフリードの素早い対応力にイーサンが感心したように感嘆の声を洩らした。

「お手並み拝見といたしますか」

 そう言うとイーサンは隣の席で突然の敵襲にオロオロするマチルダを落ち着かせるように、愛しい妹の頭をポンと軽く叩くと、

「お茶でも飲んで待っていようか」

とにっこりと微笑んだのだった。



 ◇


 ボルド王国の東側の砦に、 数隻の船を引き連れた敵国の船が、ジワジワとその距離を詰めてきていたが、固く閉ざされた城郭が敵の侵入を強固に阻んでいた。

    東からの敵国は既に幾度にも渡ってボルド王国に侵攻を仕掛けて来ていた。
    彼らの狙いは船からの砦の破壊であった。
    敵国はこの数回の襲撃で、無敵の要塞に僅かなヒビを入れることに成功していた。
    そして、今回の襲撃でついに要塞を破壊することができるだろうと算段していた。

 敵国が、船の上から砦に向かって激しい投石攻撃を仕掛る。

    それを合図にボルド王国も砦の頂上と各所に作られた砦の隙間から投石や弓を射って、交戦した。
 

    攻城攻撃は止むことなく続いた。
 マンフリードは城壁に立ち、砦の兵に細かに指示を送っていた。

 敵国の猛攻撃が続き、まだ一隻の船も撃退出来ていないことにマンフリードは焦りを感じた。

「穴を開けられたら終わりだ!何としても食い止めろ!」

 しかし、遂にマンフリードの危惧していたことが起こった。砦修復が間に合わなかった箇所に、大きな亀裂が入り始めたのだ。

「くっ、持ちこたえろ!  攻撃の手を止めるな!!」

 亀裂の裂け目が徐々に拡がる。敵国かそこを突いて一層投石が激しくなる。

(駄目だ、崩れる--!!)

絶望感にマンフリードは唇を強く噛み締めた。

「--加勢致します」

 ふわりとマンフリードの耳元に柔らかな声が聞こえた。声の聞こえた方を振り向くと、可憐な微笑みを浮かべたマチルダがマンフリードの背後に静かに佇んでいた。

(なっ!?  いつの間に……!)

いくら敵国の襲撃に意識を向けていたとはいえ、マチルダの気配に全く気付かなかったことにマンフリードは驚いた。

「私の所に投石や鉛玉をどんどん運んできて下さい」
「えっ!?」

 そう言うとマチルダは先に自分で持ってきていた鉛玉を遥か遠くの敵船に向けて、ブンッと力一杯投げ付けた。

 ボゴォン!!!

 鉛玉を受けた一隻が大きな破壊音を立てて海に沈んだ。

「!!」

 マンフリードや、側にいたカイを筆頭に一同が再び驚きの光景にあんぐりと口を開け固まった。小さな島国とはいえ、マチルダの立つ城壁から海まではかなりの距離があった。

「次行きます」

 優雅なお遊びをするようにマチルダは軽やかに宣言すると、腕を大きく振り回し、先程同様、敵船に向かって鉛玉を投げ込んだ。

 ボゴォン!!!

 ニ隻目が海に沈む。

「「!!!」」
「い、石を!いや、鉛玉をどんどんこちらへ!!」

 事態をいち早く飲み込んだカイが、驚く城の兵達へマチルダへの援助を指示した。

「は、はいっ!」

 カイの指示により、驚きから覚醒した兵達が次々にマチルダの元へ投石道具を運び込む。

「どんどん行きますよ~」

 小石を放り投げるような優雅な掛け声で、マチルダは容赦なく敵船に人の頭程の大きさの鉛玉や岩の塊を投げ込んだ。

 ボンッ! ボンッ!  と物凄い威力の鉛玉や岩が次々に飛び込んで来るので、敵船は何が起きてるのかも分からないまま、堪らず船を後退する。
 しかし、距離を伸ばしても追撃の手は一向に止まず、一隻また一隻と次々に船が海に沈んでいった。

 残り数隻となったところで相手側はついに撤退を始めた。

「やったぞ!!」

 カイや周りにいた兵達が歓声を上げた。
 マンフリードは大量の投石攻撃を続ても、汗ひとつかいていないマチルダの姿に驚愕し、そんな彼女を呆然と見つめていた。
 そんなマンフリードの視線に気づいたマチルダは、恥ずかしそうにモジモジしながら

「……少しはお役に立つことは出来たでしょうか?」

 と遠慮がちにマンフリードに向かって声をかけた。
 しかし、マチルダを見つめたまま一向に口を開かないマンフリードに、マチルダは段々と不安になってきた。

「あの、殿下……?」

 立ったまま気絶しているのかと、心配したマチルダがマンフリードの肩に右手を伸ばした瞬間。
 マンフリードがマチルダの右手首をガシッと無言で掴んできた。

「きゃっ!」

  突然手を掴まれたマチルダが驚きの声を上げる。

「手を怪我しているではないですか!」

 掴んだ手に視線を止めたまま、マンフリードが切なそうに顔をしかめる。

「はい?……あ」

 マンフリードの視線を追うように、マチルダが自分の右手に視線を移す。
マチルダの手の平は、皮膚が擦れたように剥がれ血が滲んでいた。

(全く気付きませんでした……)

  怪力のマチルダは痛みにも強く、その感覚は通常の人間よりもかなり鈍感であった。その為、自分の身体に傷を負っても気付かないことが殆どだった。

「夢中でしたので気が付きませんでした。でもかすり傷なので全然痛くないですし大丈夫です」

 痛々しそうに傷を見つめるマンフリードに、マチルダは安心させるように明るい声で告げた。

「なぜ笑ってるのですか!」

 マンフリードは思わずカッとなり、再び声を荒げた。

「いくら怪力の持ち主だったとしても、貴族のご令嬢がこのような戦場に立つなどあってはいけない。貴女はもう少し自分を大事にするべきだ!」

 一気に捲し立てたマンフリードは、自分の着ていたブラウスの布を口に咥え、ビリッと力任せに破ると、マチルダの右手に応急処置として包帯替わりにさっと巻き付けた。

「殿下!  窮地を救ってくれた恩人にそのような言い方は」

 カイがマチルダを気遣うように、マンフリードに苦言を呈すると、

「いいえ!」

  咄嗟にマチルダがその言葉を遮った。

「マンフリード王子殿下の仰る通りでございます。私は、お見合いの席だというのにとても淑女らしからぬ、はしたない姿をお見せしてしまいました。さらには怪我までして、マンフリード王子殿下の素敵なお洋服まで破らせることになってしまいました。これでは淑女失格です。……穴があったら入りたいです」

 マチルダは自分の犯した失態に、取り返しのつかないことをしてしまったと青褪めた表情で小さくカタカタと震えていた。

「あ……」

 今にも泣きそうなマチルダの様子に、感情的になっていたマンフリードがようやく我に返る。

「怒鳴ってすみませんでした。……まずは我が国を救ってくれたことを感謝するべきでした。ありがとうマチルダ嬢」

 マンフリードは謝罪と感謝の言葉を述べると、マチルダの震えている肩を宥めるようにそっと優しく手を置いた。

 マンフリードの言葉にマチルダは首をふるふると左右に何度も振った。

「感謝など不要です。私は私のしたいようにしただけですので。マンフリード王子殿下が必死で守ろうとしているこの国を、私も守りたかっただけです」

「マチルダ嬢……」

 マチルダの健気な言葉にマンフリードが思わず胸を打たれる。

「そう言うことで」

 その場の気まずい雰囲気を打ち消すように、イーサンの呑気な声が、突如としてマンフリードとマチルダの間に割り込んできた。

「先程の茶会の席で殿下はこの縁談を断ろうとされていましたが、もう少し考えて貰ってもいいですか?  どうやらマチルダは殿下のことをとても気に入ったようですし。それに勝手にやったこととはいえ、敵を撃退したマチルダの働きに対して報奨を貰いたいのですが」

 笑顔を浮かべて、厚かましい提案をしてくるイーサンにマンフリードの表情が僅かに引きつる。

『食えない人間だな』

 マンフリードもイーサンも、お互いの腹の中を探りつつ表面上は穏やかに話を続けた。

「報奨とは?」

 マンフリードの質問に、イーサンが「う~ん」とわざとらしく頭を捻る素振りをする。
そして、いかにも妙案が浮かんだとばかりにポンと手を叩き口を開いた。

「そうだ。この砦の修復が終わるまでの期間、殿下にはマチルダのことをもっと知って頂くということで、マチルダと私をこの城に滞在させ、その後結婚するかどうかを決めて頂くというのはどうでしょう?」

「何だって?」

 イーサンの提案を聞いたマンフリードは困惑に顔を歪める。

「私が滞在している間は、私が率いてきたハミルトン騎士団を私共々お貸しいたしますよ?  また敵国が襲ってきても、我が最強の騎士団が迎え撃ちます。」

 イーサンの話に、周りの兵士達から思わず「おお」と歓喜の声が上がった。

「世界でも最強と名高いハミルトン騎士団が、力を貸してくれるならこれ程心強いことはないじゃないですか、殿下!?」

 カイが鼻息荒くマンフリードに進言する。
 魅力的なイーサンの申し出に、かなり心を揺さぶられたマンフリードがチラリとマチルダに視線を向けた。

 マチルダは、イーサンの言葉など全く耳に入っていないようで未だにショックを受け、青褪め震えていた。

「……分かりました。条件を受け入れます。私もマチルダのことをもっと知りたい……」

 マチルダの姿に心を打たれたマンフリードの口から、思わずポロリと言葉が漏れた。

「!?」

 マンフリードの言葉に、マチルダが弾かれた様に顔を上げた。

「それは良かった!」

 イーサンが満面の笑みを浮かべ、喜びを顕にする。

「では取りあえず、この場は仕切り直しということに致しましょう。本日の夜、ハミルトン家のご訪問を歓迎した夜会を改めて執り行わせて頂きます。よろしいですよね殿下?」
「ああ」

 嬉しそうに夜会の提案をしてきたカイに、マンフリードも同意する。
 そして、マンフリードは姿勢を正すと、改めてこの城の王子としてマチルダとイーサンに対し、労いの言葉を述べた。

「先程の襲撃で大切な来客を巻き込んだこと、本当に申し訳ありませんでした。夜会の準備が出来るまでどうか騎士団をはじめ、お二人共に我が城でゆっくりお休んでいて下さい」
「それはありがたい。殿下のお言葉に甘えさせて頂きます」

 イーサンはマンフリードに礼を述べると、マチルダの肩を抱き優しく声をかけた。

「マチルダもよくやった。疲れただろうから殿下のお言葉に甘えて休ませて頂こう」
「……はい」

 イーサンの言葉にマチルダが弱々しく相槌を打った。マンフリードはそんなマチルダの様子が気になったが、かける言葉が咄嗟に浮かばず、そのまま外交官のレジーに促されて城へと入って行くマチルダの姿をじっと見送っていた。

「とても素敵なご令嬢ではないですか」

 いつの間にか横に来ていたカイが、マンフリードの気持ちを代弁するべくマチルダを褒め称えた。

「……そうだな」

 マンフリードもこれまでのマチルダを思い浮かべながら、素直にカイの言葉に同意したのだった。
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