このたび初恋詐欺にあいまして~憧れの先輩が義兄になりましたが、とんでもない毒兄でした~

久留茶

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中学生編

1 初恋は

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    一学期終了間近のとある市立中学校。
 本日は学校全体で球技大会が開催されていた。

 体育館では勝ち残った三年二組と二年一組のバレーボール男子の部の決勝戦が行われており、会場は異様な熱気に包まれていた。
 
 キュッキュッ、と体育館の床に内履きの擦れる音が鳴り響く。

「藤森――――!! 」
「――まかせとけ!  」
 
 藤森と呼ばれた男子生徒が仲間からのトスを受け、驚く程高くジャンプする。そして流れるようにそこから相手コートに華麗なアタックを決めると、周りで応援していた女子生徒達から一斉に「キャーーーー!! 」という黄色い歓声が上がった。

「凄い凄い!!  やっぱり藤森先輩カッコいいね!! 」
「おお、女子の歓声エグいな、ちゃこ」
「う、うん……」

 上級生の群がる輪から少し離れた場所でその光景を見ていた一年生の望月千夜子もちづきちやこは、興奮する周囲の様子に自分も密かに高鳴る心臓をぎゅっと右手で押さえると、目の前で黄色い歓声を一身に浴びている人物を自分の視界の中に目一杯に収めた。

 三年二組の藤森晃ふじもりこう
 やや色素の薄い茶色の髪の毛にスラリと伸びた手足。芸能人にもなれそうな整った容姿。
 これだけでも充分なモテ要素を持っているのだが、更にそれに加えて生徒会副会長であり、所属するバドミントン部では地区大会で優勝するなど、輝かしい功績を残しており、文武両道、才色兼備の完璧人間であった。

 まるで漫画や小説に出てくる王子様キャラのような藤森に千夜子も憧れを抱いていた。何故なら千夜子は恋愛漫画や小説が大好きだったから。 
『素敵な男性とキュンキュンするような恋愛がしたい』
 そんな千夜子の願望に藤森は理想通りの人物に思えた。

 (――よし、決めた! )

 いっこうに収まらない胸の高鳴りに千夜子は意を決した。
 千夜子のリサーチによると今日は藤森の誕生日であった。千夜子は渡すか渡さないか散々悩んだが、一応プレゼントだけは今日鞄の中にこっそりと忍ばせていた。
 多分渡さないだろうと九割程は思ってはいたが、バレーボール姿の藤森のあまりにも格好良い王子様な姿に千夜子はすっかり魅了されてしまった。

 (今なら皆球技大会で、教室はどのクラスももぬけの殻のはず。ましてや藤森先輩のクラスの人達は皆ここに集まって応援している……)

 藤森の勇姿をもっと見ていたいものの、プレゼントを仕込むなら今しかない、と千夜子は腹を決めた。
 一年生で取り分け目立つような所もない平々凡々な千夜子には上級生の先輩であり、ましてや校内きってのモテ男に面と向かってプレゼントを渡す勇気などなかった。
 告白して付き合いたいなんて考えも畏れ多い。
 千夜子にとって藤森は『推し』であり、誕生日にプレゼントを渡す行為は『推し活』のようなものだった。

「理名ちゃん、ジュンジュン、私今から計画を実行する! 」
「ふえっ!?  マジか!  」
「検討を祈る! グッドラック、ちゃこ!!」

 千夜子の計画を事前に聞いていた友人の有沢理名ありさわりなは、内気でどちらかと言ったら大人しめの千夜子の決意に驚き、一方もう一人の友人で保育園の頃からの友である五十嵐純いがらしじゅんは右手の親指を立て、幼馴染みの推し活を激励した。

 
* * *

 
 教室前の廊下は人っ子一人おらず、しんと静まり返っていた。

 千夜子は急いで鞄から取り出してきた藤森へのプレゼントを制服のスカートの中にこっそりと入れると、ドキドキする気持ちで三年二組の教室に足を運んだ。

 (先輩の机は窓側の後ろの席だってのは分かってる……)

 先週、掃除の班で三年生のトイレを掃除に来た時に通った経路で、藤森が自分の席で友達と談笑している様子を通りすがる際に目ざとく横目で確認していた千夜子は、その席へ近付くと思わず目を見開いた。

「うわ、凄い……」

 藤森の席は既に沢山のプレゼントで溢れ返っていた。
 机の中にギュウギュウに押し込まれていたり、鞄の中に無理矢理突っ込まれているものもある。
 藤森の席だということが一目で分かるのはいいが、千夜子は複雑な気持ちでその光景を眺めていた。

「流石アイドル……。いや、王子様か」

 千夜子はポケットから自分が用意したてのひらサイズのささやかなプレゼントを取り出すと、僅かな隙間も残っていない藤森の机に困惑した。
 
「流石に先輩の鞄を勝手に開けて入れたくはないなぁ。ファンはマナーも大事だからね! 」

 結局千夜子は悩んだ結果、藤森の机の上にちょこんとプレゼントを置いた。
 一番存在感があるようで大分厚かましいような気がするが、これだけのプレゼントを前にしたらこんな小さなプレゼントなんて気にも留められないだろうな、と千夜子は苦笑しながら三年の教室を後にした。


* * *


 バレーボールは見事三年二組が優勝し、球技大会も終了した。
 クラスの皆が大満足の気持ちで教室に戻ると、クラスきっての賑やかしである大島流星おおしまりゅうせいがいつも以上に大袈裟な声を上げた。

「晃! お前の机えらいことになってんぞ!!」
「んぁ? 」

 大島の大きな声に面倒臭そうに晃が声を出す。

「うわ、本当だ。プレゼントで溢れ返っとる! 」
「流石、校内のアイドルは違うねー」
「えー、そこはアイドルじゃなくて王子様でしょー」

 クラス中がその光景にやいややいやと声を上げ、あっという間に騒がしくなる。

「あー、無理矢理詰め込むから中の教科書とかぐしゃってんじゃん。マジかよ……」

 テンション低めに晃が捻り込まれたプレゼントを雑に取り出していく。
 それから机の端に奥ゆかしくちょこんと乗せられていた小さなプレゼントを目にすると、訝しそうな表情で人差し指と親指でそれを摘み、持ち上げた。

「俺、それ置いてったヤツ見たぜ」

 クラスメートの一人である神宮寺恭じんぐうじきょうがプレゼントを手にする晃に声を掛けた。

「なんと一年の女子。『ファンはマナーも大事だから』っつって、申し訳無さそうに机の端っこに乗せて去っていった。……いいファン持ったなw」
「うっせ。そもそもこっそりプレゼント仕込む時点で気持ち悪りぃっての。――やるよ」

 そう言うと晃は手にしていたプレゼントを迷惑そうにポイっと恭に放り投げた。

「お前の本性知ったら、ファンも大半は減るだろうにな。この子も可哀想だこと……」

 恭はそう言うと晃から受け取った手の中のプレゼント見つめながら、先程の一年生の姿を思い出し同情するのだった。

 
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