このたび初恋詐欺にあいまして~憧れの先輩が義兄になりましたが、とんでもない毒兄でした~

久留茶

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中学生編

2 突然の再婚話

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  それはあまりにも唐突に告げられた。

「ちゃこ、お母さん再婚することにしたから」
「えっ? 」

 五年前、父親が病気で他界してから女手ひとつで千夜子を育ててくれていた母親の望月多江もちづきたえが、二人で夜の食卓を囲んでいると、まるで何気無い日常会話のようにさらっと爆弾発言をしてきた。

「相手はお母さんの勤め先の『やまとデンタルクリニック』の先生なんだけど、入籍も一緒に暮らすのもいつでもいいって。ちゃこ、いつがいい? 」

 まるで女友達と話をしているかのように、大事な話を次々に事も無げにしてくる母親に、千夜子の食事の手が止まる。

「いや? いやいやいやいや。ちょっと待ってよ。そんな急に言われても……。突っ込む所沢山あるんだけど……」
「え~、な~に?  だって、相手歯科医よ? お金持ちよ?  確かにお母さんより歳はちょっといってるけど、落ち着いていて渋みのあるイケおじよ?  こんないい話逃す手はないじゃない?  お母さん、お父さんが死んでからあんたを育てるのに必死で頑張ってきたし、これから先あんたを高校や大学に通わせるとなるといよいよ私だけの稼ぎじゃ厳しいし……。ね?  反対する要素ゼロでしょ? 」
「そこに愛はあるのかい? 」

 早口で捲し立てる多江に対して、思わず千夜子はどこかで聞いたことのあるような台詞で突っ込みを入れる。
 多江は自分とは違い、真面目で慎重な性格の千夜子に対し、やれやれと肩を竦めながら正直な気持ちを白状した。

「あるわよ~。……先生ね、私がお父さん――とおるさんを亡くして働き初めてから五年間の間ずっと、優しく支えてくれてたのよ。私は亨さんをこの先もずっと愛しているけど、このまま一生一人身で生きていくのは寂しいし、不安もあるわ。いずれちゃこだって大人になれば結婚していなくなっちゃうでしょ? お母さん、もうすぐ40歳になるし、今はまだギリギリ美を保てるけど、これからは衰えていくばかりでしょ?  だから先生が私に夢中なうちにしっかりと捕まえておかなきゃと思って」

 13歳の娘に対して、大分明け透けに心の内を語る多江に、『こういう母なのだ』と千夜子は諦めの溜め息を吐いた。しかし、自分本意な言動ばかりが悪目立ちしているが、ちゃんと娘のことは大事に考えてくれていることは千夜子には分かっている。
 
 父親が他界した後、落ち込みながらも千夜子の為に頑張って働く母親の為に、千夜子も幼いながらに母親を助けるため家事を覚えた。最初は失敗ばかりだった料理や洗濯は今では13歳にしては十分大人並みにこなすことが出来るようになっていた。
 
 母親の幸せを第一に考えた千夜子は、少し寂しい気持ちを抱きながらも、自分の気持ちは二の次に

「お母さんの好きにしていいよ」

 とだけ口にした。

「ありがとう、ちゃこ。大好き」
 
 千夜子の了承を得、満足そうににっこりと微笑む多江は、38歳にしては若々しく、華やかで人の目を惹く風貌だと千夜子は娘ながらに思っていた。
 授業参観に多江が来ると友達からよく

「ちゃこちゃんのお母さんて美人だよね~」

 なんて言われ、内心嬉しかった記憶がある。
 千夜子が感慨深げに昔の思い出を思い返していると、再び多江の口からさらっと爆弾発言が飛び出した。

  
「取りあえずお互いの家族の顔合わせっていうことで、明日の夜ホテルのレストラン予約しておいたからよろしくね~」
「え、家族? 明日? 」

 母親の言葉に再び千夜子の箸を持つ手がぴたりと止まる。

「そ。先生の所も息子さんが一人いるの。ちゃこと同じ中学校通ってるんだけど……」
「え? ちょっと待って、私、同じ中学校の人と家族になるの? 何か凄く気まずいんだけど」
「そうよ~。あ、でも息子さん受験生らしいから来年はいないし、ちゃこなら絶対可愛がって貰えるから大丈夫! 」
「そういう問題じゃなくて……」

 思春期真っ只中の女子中学生に、いきなり同じ学校に通う兄が出来る。
 よくよく考えれば苗字も変わることになるだろうし、色々と学校の人達に詮索されるであろう事態に、目立つことを嫌う千夜子は、母親の再婚話をよく聞きもせずに了承したことを、早々に後悔し始めた。

「そ、そうだ。相手の人の名前何? 苗字聞けば分かるかも」
 
 (どうかやっかいな人じゃありませんように――)

 千夜子は激しく動揺する気持ちを抑えながら、祈るような思いで母親に相手の名を尋ねた。


 * * *


 (嘘でしょ……)

 顔合わせの当日、ホテルのレストランの個室でお互いの家族を紹介し合う母親と相手の男性を余所に、千夜子は絶望的な気持ちで目の前に座る人物に視線を向けていた。

 義父となる『やまとデンタルクリニック』の院長こと藤森大和ふじもりやまとの連れてきた息子は、千夜子が中学校で最もよく知る人物であった。

 (本当に藤森先輩だ……)

 目の前に無表情で食事を食べている晃に千夜子の目は釘付けになっていた。
 食事の席に着いてから動悸が鳴り止まない。
 このまま心臓発作を起こして倒れてしまうのではないかと真剣に不安になる。

 千夜子にとっては目の前で『推し』が同じテーブルで食事を食べているという、まるで宝くじの一等が当たったような状況だ。

 食事を口に運ぶものの、多分高級な料理なんだろうが、気持ちが終始ふわふわしているような状態で、千夜子には料理の味など堪能する余裕など全くなかった。

「――千夜子ちゃんは晃のことを知っていたかい?  」

 突如、大和から話を振られて千夜子はハッと我に返った。

「も、もも勿論デス。あの、藤森先輩は学校でかなりの有名人というか人気者ですから……」

 動揺のあまり思わずどもってしまい、千夜子は恥ずかしさに晃の顔を見ることが出来ず俯いた。

「こんなに格好いいんだもの。すっごくモテそう。ねえちゃこ、晃君モテるでしょ? 」

 俯く千夜子を肘で突つきながら多江が興味津々に尋ねる。

「も、モテてます……かなり……」
「やっぱり!! 」

 (気まずい質問を振るな――!! )

 まさか自分も晃のファンの一人とは口が裂けても言えない状況で、千夜子は心の中で母親を激しく非難した。
 一方、話の中心となっている晃はというと、顔色ひとつ変えずにひたすら黙々と食事を食べていた。

 ――ズキン

 こちらをチラリとも見ようともせず、自分に全く興味が無いような晃の態度に、千夜子は胸が締め付けられる思いがした。
 
 (藤森先輩、お母さんにも私にも全然興味が無さそう……。もしかしたら、この再婚に不満なのかも……)

 千夜子の中でそんな不安が生まれる。

 ~♪

 不意に誰かのスマホの音が貸し切りの個室に鳴り響いた。
 どうやらそれは晃だったらしく、晃は手にしていたナイフとフォークをテーブルに置くと、ズボンのポケットから鳴り続けるスマホを取り出した。
それから晃は画面を確認すると、一旦着信を切った後でカタンと椅子から立ち上がり、隣の父親にぼそりと呟いた。

「……仲間から電話。ちょっと席外すわ」

 大和にそう告げると、晃は足早に個室から姿を消した。

「……愛想がないヤツで済まないね」

 多江と千夜子に対して、大和は申し訳無さそうに息子の非礼を詫びた。

「あら、年頃の男の子なんてあんなもんでしょ? ましてや親の再婚なんて、子供にしてみたら複雑な心境よ~。私達は大丈夫。ね、ちゃこ? 」
「……う、うん」

 再婚話を持ち出した時の多江の様子を思い浮かべ、千夜子は『どの口が』とヒクリと一瞬顔を引き攣らせたが、取りあえずこの場が気まずくならないよう、多江の言葉にこくりと頷いた。
 
「いやぁ、千夜子ちゃんが良い子で助かったよ。」

 そう言うと大和は愛想のない息子に代わって、にこりと優しい笑顔を千夜子に向けた。
 千夜子は改めて目の前の新しい義父となる人物を眺めた。多江からの前情報で、年齢は38歳の多江より12歳年上の50歳と聞いているが、顔には歳相応の皺が刻まれているものの、渋みがあって落ち着いた雰囲気の格好良いイケおじだった。

 (流石藤森先輩の父親なだけあるなぁ……)
 
 千夜子はしみじみ藤森家の美形なDNAに感動した。
 しかし大和と晃はあまり似ていない。男らしい大和に比べると、どちらからというと晃は中性的で綺麗な顔をしている。『きっと母親似なんだろうな』と千夜子はぼんやりと思った。

 (……お母さんてつくづく年上の男の人が好きなんだ)

 亡くなった父親も母よりも10歳年上で、穏やかで優しくて千夜子はそんな父親が大好きだった。
 大和は父親とはまた違ったタイプの大人の男だが、人生経験の少ない子供の千夜子から見ても包容力のあるしっかりとした人間であることは分かる。

 (この人ならきっと大丈夫……)

 千夜子は母親の幸せを確信するとホッと胸を撫で下ろした。

 (後は――)

「すみません、私ちょっとお手洗いに行ってきます」

 和やかな雰囲気の中、千夜子は唯一の気がかりを解決するため、その場を離れる言い訳をこじつけると、先程退席していった晃を追いかけるべく、その場を離れたのだった。

  
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