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中学生編
7 優しい先輩
しおりを挟む授業が終わり、日直だった千夜子は校舎裏の焼却炉にクラスのゴミを捨てに来ていた。
「ねえ――」
「え? 」
ゴミ捨て最中、背後から千夜子の肩をポンと叩いて呼ぶ声に、千夜子は反射的に返事をすると振り返った。
そこには学ラン姿の神宮寺恭が立っていた。
「じ、神宮寺先輩!? 」
千夜子にとっては雲の上の人物である人気者の上級生の一人、恭の姿を目にし、千夜子は人違いではないかと辺りをキョロキョロと見回した。
そんな千夜子の狼狽えぶりが可笑しくて、恭が「ブハッ」と吹き出した。
「大丈夫、君に用事があって来たの。ちゃこちゃん? 」
「ちゃこちゃっ……!? 」
小首を傾げて千夜子を覗き込むような仕草と、自分を愛称で呼ぶ恭の甘いダブル攻撃に千夜子の顔が一気に熱を帯びる。
「お友達からそう呼ばれてるよね? だから俺もそう呼ばせて? すげー可愛い呼び名だし」
恭の天然の人たらしっぷりに当てられ、くらり、と千夜子は目眩を覚えた。
「あ、あの、わ、私にご用とは一体? 」
「ああ、うん。そうだった。……これなんだけど――」
ごそごそと恭が制服のズボンのポケットからあるものを取り出し、千夜子の目の前に突き出した。
「あ……」
それは千夜子にはとても見覚えのあるものだった。
【K】というアルファベットに夏をイメージして『海』をモチーフにした装飾を施したレジンのキーホルダー。
千夜子がかつて『憧れの藤森先輩』に誕生日の日に贈った手作りのプレゼントだった。
「……どうして神宮寺先輩が? 」
その理由について何となく予想は着いたものの、事実を確かめるべく敢えて千夜子は恭に尋ねた。
「……あの日晃から貰った。晃は中身は見てないから、多分これ見てもあの日君から貰ったプレゼントだとは分からないと思う」
ズキン――
とっくに消え失せていた晃への憧れの気持ちが、目の前のプレゼントと共に再び呼び起こされる。
千夜子は僅かに胸の痛みを感じると、胸を抑えるように拳を握り締めた。
「す、捨てて下さい……」
どういうつもりで恭が千夜子の前にそれを持ってきたのか分からないが、とにかく千夜子にとってはあの日プレゼントを贈るまでの晃への気持ちは嘘ではなく、純粋な好意を含んでいた。
勝手に『推し』として崇め、勝手にプレゼントを作り、勝手に机の上に置いていった千夜子の行為は、本当に晃に取って迷惑なものでしかなかったのだと、千夜子は心から自分の浅はかな考えと行動を恥じた。
「え? そんなことしないよ」
千夜子の言葉に恭が驚いたように目を見開いた。しかし、そんな恭の反応とは裏腹に、丁度良く焼却炉の前だと言うことに気付いた千夜子は、恭の手元に掲げられたキーホルダーに手を伸ばした。
「おっと 」
伸ばされた千夜子の手を反射的に恭がキーホルダーごと避けると、千夜子はバランスを崩し、前にグラリと倒れそうになった。
「きゃっ! 」
転倒を予想し千夜子が短い悲鳴を上げた。
しかし、倒れそうになった千夜子の身体を恭が咄嗟に右腕を伸ばし、その身体を支えた。
「あっぶね! ごめん、俺のせいだよね。ちゃこちゃん、怪我してない? 」
心配した恭が腕の中の千夜子を覗き込む。
恭の顔が間近に迫り、千夜子の心臓が再び大きく跳ねた。
「だ、大丈夫デス!! す、すみませんでした! 」
物凄い勢いで千夜子は恭の腕からべりっと離れると、迷惑をかけた申し訳なさに、恭に対してペコペコと何度も頭を下げた。
「いやいや、謝らないで。てか、ごめん。俺が回りくどいことしないで、さっさと要件言えばよかったんだよな」
そう言うと恭は狼狽える千夜子に向けてもう一度晃に贈ったキーホルダーを掲げて見せた。
「これ、俺が貰ってもいい? 」
恭が真面目な顔で千夜子へと尋ねた。
「え? 何で……? 」
予想もしなかった恭の言葉に、思わず敬語が外れる。
「え? だって、これめっちゃ綺麗じゃん。一目見て俺気に入っちゃってさ。ほら、俺も幸い『きょう』で『K』だし」
「あ……」
恭がにこっと裏表のない笑顔を千夜子に向ける。
千夜子は恭に魔法をかけられたような、何だか不思議な気持ちになって、気付けば言葉が自然と突いて出ていた。
「先輩が嫌でなければ……」
だって、それは晃への気持ちを込めたプレゼントだ。いくら気に入ったからといって決して他人が貰って気持ちのいいものでもないはずで……。
そんな千夜子の気持ちを察したように、恭が俯いた千夜子の頭にポンと優しく手を置いた。
「嫌じゃない。てか、ありがとう。やっとこれを堂々と使うことができるわ」
頭に置かれた恭の大きな手の温もりが心地良くて、千夜子の口から再び自然と言葉が突いて出る。
「……どうしてこんなに優しくしてくれるんですか? 」
千夜子は恭の優しさをそのまま受け取ることが怖くて、優しさの裏に何かあるのでは、と疑心暗鬼に駆られて尋ねた。
「んー、しいて言えば俺にもまだ小学生の妹が二人いて、何となくちゃこちゃんと妹達を重ねてしまったと言うか。晃はもう分かるだろうけど、学校での晃と本当の晃は全然違ってて、中々やっかいな性格してるだろ? 悪いやつでは無いんだけどさ。だから、ちゃこちゃんが悲しい思いをするのが何か放って置けなくて」
「神宮寺先輩……」
(ああ、こんなに陽キャで人気者なのに何て後輩思いの良い人なんだろう……いっそ、この人がお兄ちゃんなら良かったのに……)
心から千夜子は思った。
「このキーホルダーのお礼って訳じゃないけど、もし何か辛いことととかあったらいつでも俺に相談してね 」
恭が再び千夜子の頭を優しくポンポンする。
本当に子供をあやす兄のようだ、と千夜子は思った。
「は、はい。あの、ありがとうございます……」
「うん」
今度こそ素直に千夜子は恭にお礼を言った。
「……あの、私、戻りますね」
そして、これ以上恭といるところを他の生徒に目撃されるのは流石にまずいと思い、千夜子は最後にもう一度恭に頭を下げると、空になったゴミ箱を持って、そそくさと教室へと戻っていった。
「……うん、やっぱりいい子じゃん」
千夜子が去った後の焼却炉に一人残された恭は手に持っていたキーホルダーを眺めると、再びポケットへと大事そうに戻したのだった。
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