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高校生編
17 逃げ道【晃side】
しおりを挟む千夜子を女として意識しているとはっきりと自覚した晃だったが、自分の醜い嫉妬で千夜子を悲しませたことと、家族として誠実に晃と向き合う千夜子に対して、裏切りとも言える自分の感情にほとほと嫌気が差していた。
月曜日。
晃は千夜子との関係を修復することが出来ないまま、一人早々と家を出た。
バスに揺られながら晃はこれからのことをぼんやりと考えた。
(俺は千夜子と離れるべきだ――)
晃の予想に反して、父親の三回目の結婚は順調だった。多江の明るくさっぱりとした性格が父親には合っているということか。確かに多江は嫌味がなく、晃から見ても色んな意味でいい女だった。父親の大和も何となく10歳以上年下の多江の尻に敷かれているような関係が垣間見えていた。
この先、この二人が別れるようなことは無いだろうと感覚的に晃は思った。そしてそれは晃と千夜子が、ずっと兄妹の関係が続くということも意味している。
千夜子の側にいたらまた自分は千夜子を傷付けてしまう。晃の千夜子に対する独占欲はどんどん増していくばかりだった。
◇
学校に着いた晃は、重苦しい気持ちのまま教室の扉を開けた。
「おはよう。藤森君、珍しく今日は早いね」
早朝の教室には、晃よりも早く、先に学校に到着していたクラスメートの花野井志穂が晃を出迎える形でにこやかに挨拶を述べた。
「……はよ」
あからさまに花野井に興味が無いというように、無愛想に晃が挨拶を返した。
それというのも晃は過去にこの花野井から告白されており、それを断った経緯があった。
花野井は自ら志願して学級委員長になる程、真面目な人間だった。人の噂によれば、花野井の家はあまり裕福とはいえない家庭のようだが、学年一位の成績を誇る花野井は、その成績を維持し、奨学金を貰いながらこの学校に通っているとのことだった。
学級委員長に志願したのも内申点の為だろう。
チラリと晃が花野井の手元に視線を投げる。
花野井は早朝から参考書を広げていた。
まるで漫画のキャラのような、学級委員長そのものの姿の、眼鏡が顔に馴染む地味な容姿と、後ろにきっちりと三つ編みで纏められた黒い髪の毛。
晃の高校は偏差値は高いが、私立の高校ということもあって、比較的裕福で見た目が派手で華やかな連中が多く在籍していた。何よりも晃がその代表的な人物であった。
そんな晃に真逆のタイプの花野井が告白してきた時のことをぼんやりと晃は思い返していた。
◆
皆が下校した放課後の教室に、晃は机に入れっぱなしのスマホを取りに戻った。
教室に入るとそこには花野井がたった一人、何かの資料をまとめているようで机に資料を広げて必死でノートを取っていた。
教室に戻ってきた晃の姿に気が付くと花野井は驚いたように眼鏡の下の目を見開いた。
「わ、藤森君。どうしたの? とっくに帰ってる時間でしょ? 」
「あー、机にスマホ忘れて戻ってきた」
「それは確かに取りに戻らなきゃだね。財布忘れるより焦るよね」
「まーな……」
つらつらと晃に気安く話し掛ける花野井に、晃は鬱陶そうにあしらうように言葉を返す。
同じクラスになってもあまり晃は花野井とこのように話したことはなかった。
クラスの中でも目立たず地味で真面目なクラス委員長。
晃の中ではそれ程度の認識しかなかった。
「ふふ……」
晃の素っ気ない返事に花野井が可笑しそうに笑い声を上げた。それが少し感に障って晃がじろりと花野井を睨み付けた。
「何だよ」
「藤森君って見た目凄いアイドルみたいで爽やかなイケメンなのに、実際は凄い無愛想で人嫌いだよね? ていうか女嫌い? 」
あまり接したことのない人間に自分の本質をみすかされ、何となく晃は面白くないようにムッと不機嫌な表情を花野井に向けた。
「あ、図星だった? ごめんなさい。でもそんな顔中々学校では見せないよね? ふふ、何だか睨まれてるけど得した気分」
自分をまるで子供扱いするような花野井に晃は不愉快さが増し、机に入れていたスマホを素早く取り出すと、急ぎ足で教室を出ようと入り口に足を向けた。
「待って! ごめんなさい。怒らせてしまったみたいね。決してからかったつもりはなくて。同じクラスになって初めて藤森君とこんな風に話しが出来たことが嬉しくて、浮かれて言葉が滑っちゃった」
必死で弁解する花野井をゆっくりと振り返る。
何となくこの次の展開は読めていた。
「私、入学した頃からずっと藤森君が気になってて、それで……」
「悪いけど」
花野井の言葉を最後まで聞かずに、晃がその会話をぶった切る。
「俺は全然あんたのことなんて気にしたこともないし、これからも気にすることもない」
「あ、……」
晃の冷たい言葉と視線を受けて、花野井は晃から目を反らすと、俯いた。
「うん。そ、うだよね……。藤森君と私じゃ全然釣り合わないものね」
自虐的な自分自身の言葉に花野井は傷付いた表情で作り笑いを浮かべた。
* * *
それ以来、晃は花野井と話すこともなく、今日まで学園生活を送っていた。
ふと、晃の脳裏にあの時の花野井の傷付いた表情と千夜子の姿が重なった。
晃は酷い振られ方をしたにも関わらず、自分に笑顔で挨拶をしてきた花野井にかつての千夜子の姿が重なり、少しだけ罪悪感を抱いた。
「なあ……」
晃はカタンと自分の席から立ち上がると、花野井の席の前までやってきて、参考書を広げている花野井の机に手を置く形で彼女を表面から見下ろした。
「あんた、今でも俺のこと好き? 」
「え? 」
突然不躾な質問をしてきた晃に、花野井は驚いて顔を上げた。
自分を見下ろす晃と視線が重なる。
ドキンと花野井の心臓が大きく揺れた。
冷たい振られ方をし、確かに晃に対する恋愛感情は薄れたが、それでも晃の存在はいつだって花野井の中では一番気になる存在として在り続けていた。
自分の回答を待つ晃の綺麗な瞳が不安そうに揺らめいていた。
(……ああ、やっぱり格好良いなぁ……)
花野井はうっとりと晃の整った容姿に見惚れていた。そしてまるで魔法にかけられたかのように自分の意思とは関係なく言葉が口から突いて出ていた。
「……好き」
それだけ言うと花野井は、次に起きた出来事に心臓が止まってしまうのではないかと思うほどの衝撃を受けた。
自分の気持ちを告げた直後、花野井の唇に晃の唇が重ねられた。
(え、嘘……私今、藤森君とキスしてる……?)
何が起きているのか分からず、花野井は晃の熱っぽい口付けを息をすることも忘れて呆然と受け入れていた。
◇
晃は半ば自暴自棄になっていた。
千夜子への気持ちを自覚したものの、家族であり妹である千夜子と、どうすることも出来ない関係に晃の中で絶望的な気持ちが渦巻いていた。
そんな中、冷たい態度を取っても健気に自分に話し掛ける真面目なクラス委員長の花野井が、晃の中で千夜子と重なった。
晃は思わず花野井に、「自分のことがまだ好きなのか」と尋ねた。
それは『ずっと冷たくしてたのに、それでも尚自分のことが好きなのか』と言う意味を含んでいた。
晃は花野井のその答えを待った。
やがて「好き」と一言花野井が答えると、晃は期待通りの言葉に内心ほくそ笑んだ。
(馬鹿な女……)
晃は所詮見てくれだけで判断する花野井を心の中で蔑んだ。しかし、その一方でこんな自分を知っていても健気に好きと言ってくる花野井に僅かながら心が動かされた。
千夜子と一緒にいる内に晃のなかで少しだけ、人に対する情のようなものが生まれたのかもしれない。
(千夜子を忘れられる切っ掛けになるなら……)
そんなことを思いながら、晃は花野井の唇に自分の唇を重ねていた。
長いキスが終わり、晃がようやく花野井から口を離す。それまで呼吸を止めていた花野井が酸素を求め、はぁ、と熱っぽい息を吐いた。
「……何で? 」
うっとりと潤む瞳を晃に向け花野井がキスの理由を尋ねた。
「……何となく」
相変わらず晃の返事は素っ気ない。それでも今までの花野井の知る晃ではなくて、感情が芽生え始めた雛鳥のように、素っ気なさの中にも不器用な晃の甘えのようなものを感じ、花野井はきゅんと母性本能がくすぐられるような気持ちになった。
(え? な、何か藤森君が可愛く見える……)
「あのさ……」
俯き加減で遠慮がちに晃が口を開いた。
「は、はい! 何でしょう? 」
晃の仕草がいちいちキュンキュンきて花野井はやけくそ気味に返事をした。
「このまま学校ふけて俺の家に来ないか? 」
「はい? 」
晃のとんでもない提案に、花野井は暫く言葉の意味を理解出来ずに思考が停止し、その場で固まっていた。
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