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「んで、幼稚園はどうだった?」

拓真は悠真を膝に座らせ、尋ねた。
父親は単身赴任。母親は悠真が赤ん坊の頃に病を患い亡くなっている。今までは祖母が家を守り、三兄弟の面倒をみていたが重度の認知症の症状が出て来て、足腰を痛めて歩くことも困難となり施設暮らしとなってしまった。
日中、悠真を家に一人で置いておくのは心配で幼稚園に通わせることになった。
斗真と拓真は悠真の父親と母親、祖母代わりを交代で協力して努めると話し合ったのだ。

斗真は大学生でカフェのアルバイトをしているが今週いっぱいで辞めて、時間がある時は悠真の面倒をみることにしている。
拓真は駆け出しの小説家である。時間があるように見えるが、締め切りというものがあり、集中力がいる。
父親の真生は銀行員マンでエリート街道まっしぐら。お手伝いを雇い、悠真の面倒をみてもらう提案をしたが、外との繋がりも築いて世界を広げた方がいいと斗真と拓真が説得した。

悠真の事を最優先にするが、自分のやりたいことはやる。
幸い、財力はあるので、一時的にお手伝いやら何やらを雇ってもいいだろう、と思う。

斗真と拓真は双子で男らしく目鼻立ちが整っている父親に似ている。
悠真は母親似であり、父親は悠真を目に入れても痛くないほど溺愛している。

「さいあく!すごくムカつくだいちってやつがいた」

ずっと家のなかで甘やかされ我儘王、として君臨していたが今日初めて外に出て、他の家の王と会った。
上も下もない。親戚でもなくまったく血の繋がらない、同じ目線の子供と接するのは悠真にとって初めての経験だった。
自分とは違う価値観、予想外の反応、気遣いのない言葉、を受けて早速、人付き合いの経験値を得てきたらしい、と知り拓真は面白そうに年の離れた弟を見た。

「へえ。だいちは悪いやつか?」

「うん!だっておばあちゃんがつくってくれたカバンを馬鹿にしたんだ。ピンク色はおとこらしくない、きもちわるいって」

唇を尖らせて悠真は言った。
興奮して頬がピンク色で目も怒りでつり上がっているが可愛らしい。
表情が豊かで、祖母には気遣う優しい天使だが、父親と兄達に対しては悪いところや我儘を見せて悪魔のように振る舞う時もある。
いいこちゃん、を演じていないという証拠であり、今のところ育て方は間違ってはいない。
と、いってもまだ1ヶ月だが。

「それはばあちゃんが作ってくれたカバンだっていったのか?」

「いってない。それ、いう必要ある?」

頬を膨らませ悠真は桃の香りがする乳白色の水面を手のひらで叩いた。
ぱしゃん、とお湯が跳ねて小さな水のたまが弾けていくつか頬にぶつかった。

「……ごめんなさい!めにはいらなかった?」

悠真は心配そうに拓真を見上げた。眉が下がって悪いことしたな、と反省している顔だ。


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