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44 悪夢⑥
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「我蛇様、その娘は…」
長髪の男が我蛇の肩に乗るユイに気が付いて眉を寄せて怪訝そうな顔をする。長髪の男は使気という。我蛇の右腕のような存在であり、幼い頃から兄弟のように育った。我蛇という男を我蛇の弟よりも、この一味の誰よりも理解している。
女子供は普通なら寄り付くことはない。
大人しい一輪の花のようなユイが怯えた様子もなく平然とした顔をして我蛇と一緒にいることが異常とも言える事態だ。
「ああ、さっき俺の頬を引っ掻いたここの飼い猫だ。猫の皮を被った虎にでもなるように育てようと思ってな、こいつも豚野郎から奪って俺のものにする」
双眸を細める、その瞳は思いのほか穏やかで珍しく我蛇は機嫌がいい。
女の子供に顔を傷つけられても怒らなかった。無駄にプライドが高そう、粗野で乱暴者であると印象を与えるが、我蛇の場合は女子供が刃を自分に向けるのを面白がる質であった。
「…へえ、雌猫じゃないっすかぁ~かぁいいなぁ、でもまだガキじゃん。アニキの足手まといになるんじゃねぇか」
蛇のような絡み付くような視線を感じてぞくり、背筋を震わせる。ねっとりと妙に執拗な熱い眼差しをユイに向けている我蛇によく似た男がいた。我蛇の弟の蛇絡だ。
舐めるような視線が気持ち悪い。見えない何かが肌に這い回っているかのようにゾワゾワして蛇絡に見られると何だか落ち着かない。
ユイは蛇絡に対して苦手意識を瞬時に持った。
「…足手まといにならないようにする、なんでもするから私を連れていって」
この男達は確実に強い、その強さを近くで見たい。狭い世界で生きてきた。これからは色んな形の強さを知りたい。
分からない事が多くて知らないことだらけだ。
まだユイは幼く自分というものが作られてはいない。必要なモノは取り入れて、不要なものは捨てればいい。選別をしたい。
間違ったものも全て見たいし知りたい。ユイは貪欲だった。
「くく、…連れていってってかぁ。なかなかかわいい面してるし、色々楽しめそうだなぁ」
ニタニタと蛇絡は無気味な笑みを口元に浮かべる。
舌舐めずりをする様を見て嫌悪感を覚えてユイは顔をしかめた。
服をきているが裸を見られているような、初めて身の危険というものを感じた。
「俺のものに勝手な事をしやがったら、てめぇでも殺すからな」
例え血の繋がった弟でも我蛇は自分にとって気に入らない事をしたら殺すのを躊躇わない男だ。
「こえぇな、俺がアニキのものを奪うわけねぇだろぉ」
大袈裟な声をあげて蛇絡は怖がる演技をして身震いする。態とらしいその弟の様を見てふ、と息を洩らした。
我蛇は目の前にあるドアを足で蹴り破る。目的の人物の部屋だ。
丸々と脂肪に覆われた裸体を晒して、ベットの上で女を後ろからへこへこと無様に腰を振っているのは、この屋敷の主人だ。突然の侵入者に慌てる。
あーんあーんと単調に喘ぎ、感じている演技をしていた女は主人を押し退けて裸のまま逃げ出した。
その女を追いかけたりしなかった。
意外にも我蛇達は女や子供は見逃している。
「よう、豚野郎、会いたかったぜ」
我蛇は軽い調子で声をかけると意地が悪い表情を浮かべて口元を歪めた。獲物を目の前にする狡猾な獣のようだ。
「ひい!金ならいくらでもやるから、命だけは勘弁してくれ!」
裸のまま土下座をして命乞いをする。それを見て我蛇は鼻で笑い飛ばした。つるりと髪の毛が全て抜けて剥げた頭を足蹴にして踏みつける。
ユイは何度もこの男に鞭で身体を打たれたが、踏み躙られる姿を見ても気分は晴れなかった。弱者の立場に回れば、ただ弱く情けない存在に見える。
「金はてめぇから貰うんじゃねぇ。奪う、誰構わず搾り取りやがって…てめぇみたいな豚野郎が生きてるだけで胸くそ悪いんだよ」
「……うおおおおお!」
弱い人間も追い込まれると普通では考えれない予測不能な行動を取る。
屋敷の主人は雄叫びをあげると頭を踏みつける足を払いのけ、ベットに隠していた銃を取り出すと我蛇に向ける。
咄嗟にユイは我蛇の肩から飛び降りて銃を奪い取った。
引き金を引くとパンッと音を立てて壁を撃ち抜いた。
「…こんなの使って人を殺すのは卑怯だと思う。手は汚さないと、だめ」
ユイの言葉を聞いて我蛇は喉を震わせ笑った。ユイは我蛇をよく笑う男だと思ったが、我蛇をよく知るもの達に取っては10年に一回あるかないか、という程の珍しい光景だ。
「…豚をただ殺してもつまんねぇ。この豚はしゃべる豚だからな、珍しい豚だし高値で売れるかもな…」
我蛇は青ざめて身動き取れない男の手を後で縛り、尻を足で蹴って歩かせた。たどり着いたのは見世物小屋だ。主人はああ!助かった!と目を輝かせた。この街では自分を知らないものはいない。
「……わしを助けてくれ!こいつは盗賊だ。わしの屋敷を荒らして金品を奪ったのだ!助けてくれたら多額の金をお前にやる」
男は必死の形相をして唾を飛ばしながら見世物小屋の人間に訴える。
「あー?豚がブヒブヒ鳴いてうるせぇな。猛獣使い躾てやれ」
「はあ、こいつは随分とまぁ頭の悪そうな豚だな。一つの芸を覚えさせるだけで、かなり苦労しそうだ。おら、まずは鞭を打たれたらどう痛いのかたっぷりと教えてやるよ」
バシンバシン!
激しい音を立てて尻を鞭で打たれる。男はこの街の人間ならば知らないものはいない。が、それは悪行の数々の全てを知っているということだ。
誰も男を助けようとしない。冷たい目で見ている。
「ひい!誰かわしを助けてくれ!ひいぃ!」
ユイは元主人の男の悲鳴を聞いて耳を塞ぎその場から離れた。その様子を見ると我蛇は、見世物小屋の人間に男を引き渡してユイを後ろから抱き上げて肩に乗せる。
「…!」
突然の浮遊感に驚いてユイは目を丸くした。
「お前の重みは俺をこっちに引き止めているのに丁度いい。暫く俺の肩に乗っていろ」
「……重くないの?」
「骨と皮で肉はねぇだろ、お前は。たくさん食わせて育てねぇとな」
くっくっ、と我蛇は低く喉を震わせ笑った。
男が笑うのをこんなに見たことがない。不思議な気持ちだ。ユイも自分で知らない内に笑っていた。
我蛇の肩に座りそこから見る景色はいつもより高い。
風が柔らかく頬を撫でていく。
太陽を初めて側に感じた。
「我蛇様、その娘は…」
長髪の男が我蛇の肩に乗るユイに気が付いて眉を寄せて怪訝そうな顔をする。長髪の男は使気という。我蛇の右腕のような存在であり、幼い頃から兄弟のように育った。我蛇という男を我蛇の弟よりも、この一味の誰よりも理解している。
女子供は普通なら寄り付くことはない。
大人しい一輪の花のようなユイが怯えた様子もなく平然とした顔をして我蛇と一緒にいることが異常とも言える事態だ。
「ああ、さっき俺の頬を引っ掻いたここの飼い猫だ。猫の皮を被った虎にでもなるように育てようと思ってな、こいつも豚野郎から奪って俺のものにする」
双眸を細める、その瞳は思いのほか穏やかで珍しく我蛇は機嫌がいい。
女の子供に顔を傷つけられても怒らなかった。無駄にプライドが高そう、粗野で乱暴者であると印象を与えるが、我蛇の場合は女子供が刃を自分に向けるのを面白がる質であった。
「…へえ、雌猫じゃないっすかぁ~かぁいいなぁ、でもまだガキじゃん。アニキの足手まといになるんじゃねぇか」
蛇のような絡み付くような視線を感じてぞくり、背筋を震わせる。ねっとりと妙に執拗な熱い眼差しをユイに向けている我蛇によく似た男がいた。我蛇の弟の蛇絡だ。
舐めるような視線が気持ち悪い。見えない何かが肌に這い回っているかのようにゾワゾワして蛇絡に見られると何だか落ち着かない。
ユイは蛇絡に対して苦手意識を瞬時に持った。
「…足手まといにならないようにする、なんでもするから私を連れていって」
この男達は確実に強い、その強さを近くで見たい。狭い世界で生きてきた。これからは色んな形の強さを知りたい。
分からない事が多くて知らないことだらけだ。
まだユイは幼く自分というものが作られてはいない。必要なモノは取り入れて、不要なものは捨てればいい。選別をしたい。
間違ったものも全て見たいし知りたい。ユイは貪欲だった。
「くく、…連れていってってかぁ。なかなかかわいい面してるし、色々楽しめそうだなぁ」
ニタニタと蛇絡は無気味な笑みを口元に浮かべる。
舌舐めずりをする様を見て嫌悪感を覚えてユイは顔をしかめた。
服をきているが裸を見られているような、初めて身の危険というものを感じた。
「俺のものに勝手な事をしやがったら、てめぇでも殺すからな」
例え血の繋がった弟でも我蛇は自分にとって気に入らない事をしたら殺すのを躊躇わない男だ。
「こえぇな、俺がアニキのものを奪うわけねぇだろぉ」
大袈裟な声をあげて蛇絡は怖がる演技をして身震いする。態とらしいその弟の様を見てふ、と息を洩らした。
我蛇は目の前にあるドアを足で蹴り破る。目的の人物の部屋だ。
丸々と脂肪に覆われた裸体を晒して、ベットの上で女を後ろからへこへこと無様に腰を振っているのは、この屋敷の主人だ。突然の侵入者に慌てる。
あーんあーんと単調に喘ぎ、感じている演技をしていた女は主人を押し退けて裸のまま逃げ出した。
その女を追いかけたりしなかった。
意外にも我蛇達は女や子供は見逃している。
「よう、豚野郎、会いたかったぜ」
我蛇は軽い調子で声をかけると意地が悪い表情を浮かべて口元を歪めた。獲物を目の前にする狡猾な獣のようだ。
「ひい!金ならいくらでもやるから、命だけは勘弁してくれ!」
裸のまま土下座をして命乞いをする。それを見て我蛇は鼻で笑い飛ばした。つるりと髪の毛が全て抜けて剥げた頭を足蹴にして踏みつける。
ユイは何度もこの男に鞭で身体を打たれたが、踏み躙られる姿を見ても気分は晴れなかった。弱者の立場に回れば、ただ弱く情けない存在に見える。
「金はてめぇから貰うんじゃねぇ。奪う、誰構わず搾り取りやがって…てめぇみたいな豚野郎が生きてるだけで胸くそ悪いんだよ」
「……うおおおおお!」
弱い人間も追い込まれると普通では考えれない予測不能な行動を取る。
屋敷の主人は雄叫びをあげると頭を踏みつける足を払いのけ、ベットに隠していた銃を取り出すと我蛇に向ける。
咄嗟にユイは我蛇の肩から飛び降りて銃を奪い取った。
引き金を引くとパンッと音を立てて壁を撃ち抜いた。
「…こんなの使って人を殺すのは卑怯だと思う。手は汚さないと、だめ」
ユイの言葉を聞いて我蛇は喉を震わせ笑った。ユイは我蛇をよく笑う男だと思ったが、我蛇をよく知るもの達に取っては10年に一回あるかないか、という程の珍しい光景だ。
「…豚をただ殺してもつまんねぇ。この豚はしゃべる豚だからな、珍しい豚だし高値で売れるかもな…」
我蛇は青ざめて身動き取れない男の手を後で縛り、尻を足で蹴って歩かせた。たどり着いたのは見世物小屋だ。主人はああ!助かった!と目を輝かせた。この街では自分を知らないものはいない。
「……わしを助けてくれ!こいつは盗賊だ。わしの屋敷を荒らして金品を奪ったのだ!助けてくれたら多額の金をお前にやる」
男は必死の形相をして唾を飛ばしながら見世物小屋の人間に訴える。
「あー?豚がブヒブヒ鳴いてうるせぇな。猛獣使い躾てやれ」
「はあ、こいつは随分とまぁ頭の悪そうな豚だな。一つの芸を覚えさせるだけで、かなり苦労しそうだ。おら、まずは鞭を打たれたらどう痛いのかたっぷりと教えてやるよ」
バシンバシン!
激しい音を立てて尻を鞭で打たれる。男はこの街の人間ならば知らないものはいない。が、それは悪行の数々の全てを知っているということだ。
誰も男を助けようとしない。冷たい目で見ている。
「ひい!誰かわしを助けてくれ!ひいぃ!」
ユイは元主人の男の悲鳴を聞いて耳を塞ぎその場から離れた。その様子を見ると我蛇は、見世物小屋の人間に男を引き渡してユイを後ろから抱き上げて肩に乗せる。
「…!」
突然の浮遊感に驚いてユイは目を丸くした。
「お前の重みは俺をこっちに引き止めているのに丁度いい。暫く俺の肩に乗っていろ」
「……重くないの?」
「骨と皮で肉はねぇだろ、お前は。たくさん食わせて育てねぇとな」
くっくっ、と我蛇は低く喉を震わせ笑った。
男が笑うのをこんなに見たことがない。不思議な気持ちだ。ユイも自分で知らない内に笑っていた。
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