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中学編。
なくしたもの 5
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ふと、勇治の目に入ったのは酷く蒼白い顔をしてベンチに座る白髪の女性だった。設定上の妹と妹の彼氏をその場に置いて近寄る。
兄を知っている同年代や近い年代の子供には警戒されるが、何十年も年が離れている大人には単なる子供として勇治も外では見られる。
困っているような、無害そうな年配の女性に話しかけるのは怖くなかった。
「……大丈夫か?ばあさん、顔色すげぇ悪いけど」
「え、……ああ、ありがとうございます。私は大丈夫ですよ」
勇治が声を掛けると初老の女性は顔をあげた。目尻に皺が寄っているが瞳は澄んでいて綺麗だった。
手入れが行き届いた化粧顔で、日焼けした勇治の祖母とは少し違う老い方をしている。
もちろん、化粧していないが勇治の祖母は可愛らしいし魅力的だ。
餡ころ餅が大好きで、居間で勇治が宿題をする時、いつも喉に詰まらせないように気を付けて小さくして食べる。
一度、顔を真っ赤にして胸を叩いていた場面に遭遇した。苦しそうな祖母の顔を初めて見て幼かった勇治は驚いて『おばあちゃん!一人きりの時は食べないで』とわんわん泣いたからである。
「……あ、これ。良かったら飲んでくれ。脱水してるかも、暑いし」
腰に下げていたコップ付き水筒を取り出し、麦茶を注いでそれを差し出した。
心配してくれる勇治の行為が微笑ましく、少し蒼白い顔ながらも微笑むとコップを受け取った。
「ありがとうございます、いただきます」
コップを両手に添えて飲む姿をじっと見守る。
「勇ちゃん、ここにいたんだぁ~!もう探したんだぞ」
ハリスの騒がしい声が聞こえると振り向いてしーっ!と口元に指を押し当て静かにするようにと注意する。
条件反射的にハリスは自分の口を手で押さえて声を止めた。
そして、ベンチに座る白髪の女性の存在に気が付く。具合が悪いらしいと察して眉を下げて近寄る。
「おばあちゃん、大丈夫?どっか具合い悪いの?」
女性の前にしゃがみ込んで顔を心配そうに見つめるハリス。
「……動物園の人に話してくるよ。大人の手を借りた方がいいから。人間の体って脆いものだから、大丈夫なんて楽観しない方がいいです」
後から湊斗が近寄る。表情を曇らせて有無を言わせない強い口調で言った。
湊斗は父子家庭で母親を病で亡くしている、と二人は知っていた。
噂話とは聴こうと耳を澄まさなくても聞こえてくる。
湊斗の言葉を聞くと、今、湊斗は母親の事を思い出していると思うと堪らなくなる。勇治とハリスは密かに胸を痛めた。
「……みな子様?いえ、違うわね。もうあの子は成人しているもの」
ぽつり、と女性は呟く。その声が震えたと思うと目尻に涙が浮かんだ。女性は恥ずかしそうに微笑んで目元を指でぬぐった。
「みな子って僕の母の名前です。僕は、塩尾湊斗。母親の旧姓は差江島です」
「ああ、そうなのね…みな子様は男の子のお母さんになったのね。私は桐間梅と申します。私はみな子様の乳母でした。駆け落ちをして行方知らずになったみな子様の身をずっと案じておりました」
ハリスはハンカチを差し出した。梅はありがとうね、と受け取って涙が溢れる目元を拭った。
「……そう、なんですか」
女性の涙を直視出来ずに湊斗は視線を外した。きっと梅は母は生きているものだと、思っているのに違いない。
みな子を知っているものに、死んだと告げるのはみな子がもう一度死ぬようで嫌だった。
今も元気に暮らしている、と言いたい。
それに、梅に自分より若い母が死んだと知らせるのは酷だと思う。
「あの、みな子様はお変わりありませんか?お裁縫も苦手な方で一般の生活で何かとご苦労されていなのではありませんか?」
梅は湊斗を見て質問をする。長年心配していた気持ちが言葉を止められなくしているのであろう。
可愛いお嬢様は苦労して癌で命をなくした、と告げるのは辛い。
横で聞いている勇治とハリスの二人も辛い思いをしていた。13才で自分の親が死んでこの世にいないなんて考えられない。
まだ子供の身で、親の死を知人に告げるのは勇気もいるし精神的にくる。
「母は、今、天国で暮らしています」
湊斗はぎゅっと拳に握って静な声で告げた。
具合いが悪い梅にも酷な話だ。
でも、嘘を告げても意味がない。
せめて、梅の中ではみな子が生きている事にすればいいかと一瞬迷うが、意思の強そうな真っ直ぐな目に嘘を言えなかった。
「………」
言葉を失い梅は目を伏せた。そして、弱く瞳が揺れたのは一瞬で梅は立ち上がると湊斗をそっと抱き締めた。
「……たくさん、我慢させてごめんなさい。よく頑張ってくれました。ありがとうございます」
小さな梅の手で頭を撫でられ湊斗の胸が熱くなった。顔をくしゃっと歪めた。
ふと、勇治の目に入ったのは酷く蒼白い顔をしてベンチに座る白髪の女性だった。設定上の妹と妹の彼氏をその場に置いて近寄る。
兄を知っている同年代や近い年代の子供には警戒されるが、何十年も年が離れている大人には単なる子供として勇治も外では見られる。
困っているような、無害そうな年配の女性に話しかけるのは怖くなかった。
「……大丈夫か?ばあさん、顔色すげぇ悪いけど」
「え、……ああ、ありがとうございます。私は大丈夫ですよ」
勇治が声を掛けると初老の女性は顔をあげた。目尻に皺が寄っているが瞳は澄んでいて綺麗だった。
手入れが行き届いた化粧顔で、日焼けした勇治の祖母とは少し違う老い方をしている。
もちろん、化粧していないが勇治の祖母は可愛らしいし魅力的だ。
餡ころ餅が大好きで、居間で勇治が宿題をする時、いつも喉に詰まらせないように気を付けて小さくして食べる。
一度、顔を真っ赤にして胸を叩いていた場面に遭遇した。苦しそうな祖母の顔を初めて見て幼かった勇治は驚いて『おばあちゃん!一人きりの時は食べないで』とわんわん泣いたからである。
「……あ、これ。良かったら飲んでくれ。脱水してるかも、暑いし」
腰に下げていたコップ付き水筒を取り出し、麦茶を注いでそれを差し出した。
心配してくれる勇治の行為が微笑ましく、少し蒼白い顔ながらも微笑むとコップを受け取った。
「ありがとうございます、いただきます」
コップを両手に添えて飲む姿をじっと見守る。
「勇ちゃん、ここにいたんだぁ~!もう探したんだぞ」
ハリスの騒がしい声が聞こえると振り向いてしーっ!と口元に指を押し当て静かにするようにと注意する。
条件反射的にハリスは自分の口を手で押さえて声を止めた。
そして、ベンチに座る白髪の女性の存在に気が付く。具合が悪いらしいと察して眉を下げて近寄る。
「おばあちゃん、大丈夫?どっか具合い悪いの?」
女性の前にしゃがみ込んで顔を心配そうに見つめるハリス。
「……動物園の人に話してくるよ。大人の手を借りた方がいいから。人間の体って脆いものだから、大丈夫なんて楽観しない方がいいです」
後から湊斗が近寄る。表情を曇らせて有無を言わせない強い口調で言った。
湊斗は父子家庭で母親を病で亡くしている、と二人は知っていた。
噂話とは聴こうと耳を澄まさなくても聞こえてくる。
湊斗の言葉を聞くと、今、湊斗は母親の事を思い出していると思うと堪らなくなる。勇治とハリスは密かに胸を痛めた。
「……みな子様?いえ、違うわね。もうあの子は成人しているもの」
ぽつり、と女性は呟く。その声が震えたと思うと目尻に涙が浮かんだ。女性は恥ずかしそうに微笑んで目元を指でぬぐった。
「みな子って僕の母の名前です。僕は、塩尾湊斗。母親の旧姓は差江島です」
「ああ、そうなのね…みな子様は男の子のお母さんになったのね。私は桐間梅と申します。私はみな子様の乳母でした。駆け落ちをして行方知らずになったみな子様の身をずっと案じておりました」
ハリスはハンカチを差し出した。梅はありがとうね、と受け取って涙が溢れる目元を拭った。
「……そう、なんですか」
女性の涙を直視出来ずに湊斗は視線を外した。きっと梅は母は生きているものだと、思っているのに違いない。
みな子を知っているものに、死んだと告げるのはみな子がもう一度死ぬようで嫌だった。
今も元気に暮らしている、と言いたい。
それに、梅に自分より若い母が死んだと知らせるのは酷だと思う。
「あの、みな子様はお変わりありませんか?お裁縫も苦手な方で一般の生活で何かとご苦労されていなのではありませんか?」
梅は湊斗を見て質問をする。長年心配していた気持ちが言葉を止められなくしているのであろう。
可愛いお嬢様は苦労して癌で命をなくした、と告げるのは辛い。
横で聞いている勇治とハリスの二人も辛い思いをしていた。13才で自分の親が死んでこの世にいないなんて考えられない。
まだ子供の身で、親の死を知人に告げるのは勇気もいるし精神的にくる。
「母は、今、天国で暮らしています」
湊斗はぎゅっと拳に握って静な声で告げた。
具合いが悪い梅にも酷な話だ。
でも、嘘を告げても意味がない。
せめて、梅の中ではみな子が生きている事にすればいいかと一瞬迷うが、意思の強そうな真っ直ぐな目に嘘を言えなかった。
「………」
言葉を失い梅は目を伏せた。そして、弱く瞳が揺れたのは一瞬で梅は立ち上がると湊斗をそっと抱き締めた。
「……たくさん、我慢させてごめんなさい。よく頑張ってくれました。ありがとうございます」
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