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第一章
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しおりを挟む悪い夢を見ているのだろうか。
夢だったらいい。
目が覚めるとサラが微笑んで「おはよう、リズ。朝よ」といつものように挨拶をしてキスをする。
そして楽しくて幸せなリズの日常が始まる。
悲しい願いにすがる程リズの心も身体も疲れきってた。
走り疲れてリズはとぼとぼと歩き始めた。
不気味な程に静まり返っている暗く夜に眠る森は魂だけが住む世界のようだ。
喉がかわいてリズは水の音が聞こえる方へと向かった。
水面に眩しい程に真っ白な毛並みをした獣がうつった。
真っ白な毛に覆われた巨大な狼。
身を屈ませて舌を出すが綺麗な川の水を飲むのを躊躇いリズは動きを止めた。
喉が渇いて枯れそうだけど自分は水を飲む資格はあるか。
水を得て潤んだら命を繋いでしまう。
次々と己の存在を責める言葉が心の中に浮かんでくる。
ザンッ!!と肌を刺すような冷たい空気が震えた。リズを責め立てる棘のようだ。
「化け物め!!人間を食い殺したのか!!!」
怒りが爆発した声。
サラ以外の人間の声を初めてきく。
自分に向けられた敵意を剥き出しの言葉にリズは身をすくませた。
まだ幼い面差しを残した人間の男の子だ。
しかし、憎しみの感情がはっきりと現れて爛々と瞳が光っていた。
少年はリズに刃を向け二つの鋭い狩り用の短剣で切りかかってくる。
リズは咄嗟に少年の攻撃を避けて離れる。
「……っ、ち!」
攻撃を避けられ自分の未熟さに苛々と舌打ちする少年。
「僕がお前に食われた人間の仇をとってやる!!」
その少年の言葉を聞いてリズは我を失い飛び掛かった。
少年を地面に押し倒して牙を剥き出してリズは吠えた。
「……わたしは、…たべてない!!…」
腹の底が熱くて苦しい。
血が沸騰する。
初めての『怒り』だ。
「大好きなお母さんを食べるわけがない!」
悲痛な叫びが静かな森に響き渡る。
「僕を離せ!魔獣、僕がお前を殺してやる!!」
少年は押さえ付けられ抜け出そうと激しく抵抗する。リズの腹を蹴り、目を目掛けて剣で切りつけた。
怒りに我を忘れていたリズの右目が剣で裂ける。
真っ赤な血が飛び散り地面を濡らした。
すると枯れた草が艶帯びてぽわっと光る。
その小さな変化に誰も気がつかない。
リズの痛みと怒りと悲しみの感情がぐちゃぐちゃとリズの中で混ざり、プツンと切れる。
「ロジ!そいつは魔獣じゃねえ」
少年よりもずっと低い男の声が聞こえた。
「悪い、白いの。とりあえず、今は眠ってくれ」
申し訳なさそうな声と共に口元に押し当てられたのは赤い実だった。
もうつかれた
ねむりたい
素直に口を開けリズはミルの実を食べた。
いつもは苦くて顔をしかめるが、その苦味はもうリズは堪えることができた。
「……いいこだ」
男がリズの頭を撫でる。
母親以外の人間の初めてぬくもりを知った。
指は太くてかたくてごつごつしているが、男の手は優しかった。
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