如何にもなヒール役の悪役令嬢が大変なことになるお話です(仮)

黒住八雲

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領主のお仕業

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午前10時より午後3時までは、この謁見えっけんの間での退屈で憂鬱ゆううつな公務が延々
と続きます。ここに訪れるのは、日々の報告を行う仕事の責任者が各々と
――あとは、お喋り好きの暇人で殆どですわね。あるいは、国から国へと
旅をしている人をもてなしたり、どうしても個人間で解決できない揉め事
を仲裁したり、そして何より、重篤な病人や怪我人を助けたりするために
ある場所なのですけれど……特に後半は、滅多にいらっしゃいません。

ですので私は中央玉座スローンを未だに父に任せたまま、この左腕側の自分の席で
専ら書類整理や読書をして過ごすのでした。そうそう、二つばかり補足を
しておきますわね。中央玉座とは、本来の現領主である私が座るべき所を
父に貸している――ばかりではなくて、あくまでただ一人の王である神人
様からお借りしているという体裁で作られたものなのです。『公爵なのに
玉座とはこれ如何に』とオトギ話にも書いてある雑学なのでした。そして
その玉座の後ろのカーテンに隠された奥には小部屋があって、公爵家の宝
である"女神像"が安置されています。これこそ正真正銘、オトギ話に登場
します通りの本物ですわ! この女神像の視点を中心として謁見の間では
東側を右腕側、西側を左腕側と表現しています。謁見の間へと入ってきた
お客様の視点からすれば左右が逆になっていますので、右手側ではなくて
右腕側、左手側ではなくて左腕側と便宜的に言い換えてあるのです。

はぁ……たまには腕の一、二本が取れた人とか飛び込んでこないかしら?
いっそ首でも良いですわ……それか、そうですわね。隣国の使者が血相を
変えて「疫病で我が国が大変なことになっているのです! どうかお助け
下さい!」みたいな燃える展開でも来ないものかしら。ミューテリからの
使者でしたら、なお良しですわね――と、時には妄想して暇を潰します。
ブレイパスに伝わる魔法は、人を癒す力です。そして私はとても強い力を
持った領主です。女神像の近くでなら、死んでさえいなければどんな怪我
でも病気でも治す自信がありますのに、ああ。宝の持ち腐れですわ……。

ただ、今日は母親ご一行の子育て相談が来ないだけマシですわね。あれは
物理的にうるさくて、精神的にうるさいヒゲとはまた別口の良くないもの
でした。中には「領主様であっても結婚はできますわよね。レプリオーネ
様にも素敵な方が現れることを願っていますわ」なんて、空気も読まずに
謎の上から目線でおっしゃる人などが混ざっていると、笑顔で応対します
裏で私の中の何かがブチッとちぎれる音がしたりします。何か分からない
まま一応治す試みはしているのですけれど……治せているかは不明です。

ところで、サロンの目安箱から回収された意見用紙などは、少しは面白い
読み物になりますので優先的に回してもらっています。人事記録と照らし
合わせていると――こんな賢者を召集するべき相談もなく、家令が書類を
取り替える頻度も少ない特に静かな日の、良い暇つぶしになるのでした。
ぶっちゃけて申しましたら、他人の恋話の密告などがグッドですわ。

……。

書類の隙間から、ちらりと妹夫婦を盗み見します。正式名もアリーチェで
よろしいのでしたっけ? 最初は山のお猿さんにしか見えなかった彼女も
確かに可愛くなってきました。満三歳になりましたら例外なく親から離れ
学校で暮らすことになるのですし、今は愛情いっぱいに育ててあげること
に文句は一言もありませんわ。でも、トゥローテ……あなたは今、私より
も針のムシロの上にいるのではないのかしら。もちろんエリーゼシアとの愛は
本物でしょうし、愚直に「もう気にしていない」という私の言葉を信じて
いれば案外気にならないものかもしれません。親が戯れに決めていた婚約
を破棄して、でもその妹と結婚するなんて……さらにその本人と一緒に、
この退屈な空間でずっと一緒に過ごす羽目になるなんて、もしも私が逆の
立場でしたら、とても気まずく思うはずではありますけど。

「少し中座致します。すぐに戻りますわ」

私は単に、私から妹を奪ったトゥローテが嫌いなだけ――やっぱり、多少
気まずくとも大したことないのかもしれませんわね。だって、彼は私とは
違って一片の嘘もついていませんでしょうし。私は、ずんと沈み込む胸と
図書室に返す本をついでに抱えて、お手洗いトイレへと席を外しました。

お手洗いは私室にもありますけれど、近さでも他の理由からも、私は東棟
一階、グレートホール横にあります公共のものを好んで利用しています。
公共と言っても男女……ヒゲとはしっかりと分けられていますどころか、
個室が並ぶ造りになっているのです。そしてもちろん、常にとても綺麗に
掃除されてあります。しばし無心になるのにも、良い場所なのでした――
混んでさえいなければですけどね。

「でもさぁ。給仕長も怖いっちゃ怖いけどね」
若くて溌剌はつらつとした、でも何か気に障ります聞いたことのある声が、ふいに
外から響いてきました。この時点から、何か嫌な予感がします。

「レプリオーネ様よ! あの人って三十路みそじくらいって聞いたけど、お化粧
で誤魔化しているだけで、実はもう更年期なお年じゃないのかなぁ? 朝
からいつもピリピリしていて、あの眉間の皺! いつみても、怖いッたら
ないわよ。ねっ、あなたもそう思うでしょ?」
常に半笑いで、何がそんなにおかしいのかしら……はぁ、私ってば本当に
わね。

「え、ええ。そうね……」と相槌を打つお友達の声の中間に、私はわざと
バンッと音を立て個室の扉をあけると、彼女達の前に立ち塞がりました。
「ヒッ!?」
可哀相に、相槌を打ちました方はぴょんと飛び跳ねてしまうくらい驚いた
みたいです。

「あなた、お名前はラァマさんで合っていたかしら?」
明るめの髪を短めのソバージュにしていました若い給仕は、少し固まった
あとに「そ、その……申し訳、ありません」と質問を無視して謝罪の声を
ひねり出したみたいでした。でも――

「嫌な相手に、無理して謝らなくても結構ですわ」
「いっ いえそんな、嫌だとは――」
「不満を持つこと自体も、結構です。でもね? ここはブレイパス中央の
お城、"マナーハウス"ですわ。ここで暮らすものは皆、他の民全ての模範
でなくてはいけません。領主の悪口を笑いの種にして、あまつさえそれを
他人にも強いるような行動が模範的と言えるのかしら?」
もう相手には、喋らせません。

「嫌いな人とは一旦距離を置いて、勉強し直しなさい。ちょうど、南海辺
の村の方で給仕が足りないという話があるのでした。すぐに正式に辞令を
出しますので、今日はもう仕事を抜けて引っ越す準備をなさると良いわ」
「あ……えっ……?」
私は、すたすたと背を向けお手洗いの外に出てゆきます――途中で、もう
一度振り返ると、トドメを付け足します。
「コックのスコルトでしたっけ? 彼とは遠距離恋愛になってしまいます
わね……でもそこは、若い力でがんばって下さいね」

そういえば賢者さんの誰かから聞いたお話では、マナーハウスのマナーと
行儀作法を意味するマナーは、領主を指すロードと道を指すロードと同様
に似て異なる言葉だと聞いた気もしますけれど……まあどうでも良いこと
ですわね。大事なのは――私が先に父から毟り取りましたこの人事権こそ
最強にして最ッ高ということですわ!!
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