如何にもなヒール役の悪役令嬢が大変なことになるお話です(仮)

黒住八雲

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完結した幻想譚~その2~

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「いいや。成果無しなんて、そんなことないっすよ! すげぇ楽しかった
です。それで俺、ああ、いいなあってマジで感動しちゃって」

まだ笑い声を抑えられないまま、ユーマさんがそう言葉を続けます。むぅ
……慰めていただかなくても構いませんのに。ヴィッラに行きましたのは
明らかに失策でした。人が最も多い場所でしたら誰かしら怪我をしたまま
のかたがいらっしゃるかと思ったのですけれど、「どなたか怪我している
かたありません?」「私は存じませんな、それよりこちらはいかがです」
みたいなやりとりが何度も続く内に、サパーの前に間食することになって
しまったり、固辞していたはずのお酒もそこそこ飲んでしまったり、更に
なぜか踊り子さんたちに混ざって私も少しだけ踊ってしまった気がします
けれど、既によく覚えていません。

「ごめんなさい、実は少し食べてきてしまって……とりあえず水気の多い
ものだけいただけるかしら?」
「はーい。シチューでしたらちょうど良い加減だと思いますよ~。って、
もしかしてレプリオーネ様も、お酒を飲まれたのですか!?」
「ええ。ユーマさんが飲みたいように仰いましたので、私もついつられて
しまって。でも少しでしたので大丈夫ですわ!」
ちょっと頭がぐらぐらして、頬と喉が熱くて、自分の声が遠くに聞こえる
くらいです。ちゃんと自分の足で戻ってこれましたし、へーきへーき。

「あー。普段全然飲まれないですから……」
私は吸い込まれるように、椅子へと座り込みました。外に比べてはお城の
廊下――お城の廊下に比べては室内灯の方が明るくはあるのですけれど、
昼間よりずっとぼやけます絨毯の上は落ち着かないのでした。お茶の時と
同じようにユーマさんが私の正面に座って、クロナが窓側よりシチューを
よそい分けてくれます。パチンッと――くすぶり火らしかった後ろの暖炉から
何かが小さく弾ける音が聞こえました。

「すいません。でも、ここのお酒って本当に美味かったです。こんなにも
美味く感じたのっていつ振りだったろうなってくらい」
「ユーマさんは、お酒がお好きでしたの? 確かに寒くなりましたらこの
感じは気持ち良いのかもしれませんけれど、飲みすぎましたらヒゲどもの
仲間になってしまいますわよ」

ああ、そうです。ヴィッラはヒゲの巣窟だと失念していたのでした。正確
には一階が独身のヒゲ、二階が夫婦となっている者たち、三階が独身女性
と分けられているはずなのですけれど……一階入ってすぐのサロンの様に
なっている場所ではあの時間から、何がしらか理由をつけては男女混合で
サパーの代わりに酒盛りをしているようでした。

「いや。元の世界でも毎日のように飲んではいたんすけど、少しは気持ち
良くなるだけで最近は美味しいと感じることは全くなかったですね。でも
……ははは。実は俺、昨日からずっと……本当のところはずっと、夢の中
にいるんじゃないかなって思っていたんです。チクッとされればすぐにも
覚めてしまうような、いや、自分で頬をつねったらそこそこ痛いのは確認
してあったんですけどね」
「夢の中? 寝ているときに見るものですわよね」
「ええ。ですからそれは間違いで――今やっと、分かっちゃったかもって
思うんです。ここは、天国なんじゃないかなって」

ずっと目を細めて楽しそうに話していたユーマさんの顔が、その一瞬だけ
突然に真剣なものになりました。瞳の中に、テーブルの上にあります燭台
の火が揺らめいていて、まるで泣いているようにも見えました。

「て、"天国"です? あ。意味を確認させていただいてもよろしいかしら」
亡くなった人たちの魂が向かうもう一つの国がある、と誰かが言ったのが
始まりであるとされる言葉です。でもそれはあくまで残された人を慰める
ための方便とも考えられていて、オトギ話には語られていない俗説です。
でもつまり、ユーマさんの世界では別の意味なのかもしれませんわね。

「ええっと……死んだ人が行く、楽園ですかね」
「なわけないですわーっ!?」
私は、私達は生きてますのよ? いくら酔っていらしても、理解不能の域
さえも飛び越えているお話でした。

「あはは。すいません、そりゃそうっすよね。死んだ人が行くって部分は
無しでお願いします。とにかく皆いい人ばかりで……ゆっくり眠ることが
できて、お腹いっぱい食べることができて、仕事に追われることもなく、
そして何より、皆が心から笑っていて、怪我をしている人も病気をしてる
人も全くいない……だからお酒もこんなに美味しく感じたんだろうなって
気付いたっていうか」
「んー……」
まあ、怪我や病気をしている人は、私が領主をしています今ご覧の通りに
少ないのは合っていますし、お腹いっぱいに食べていない人もまず一人も
いないでしょう。でも! 私は毎日仕事に追われてますし、いい人ばかり
ではなくて――意地悪な人や困った人、怒りっぽい人なんかも中にはいる
のですわ。屈託のない笑顔はとても可愛いですけれど、何だかはじめて、
ユーマさんに文句を言いたくなってきました。

「それにしても、今日もヴィッラではごきげんになさってたのですね~。
何かまた、良いことあったのでしょうか」
「別に、大したことではなさそうでしたわね。なんでも工房の方で新しい
幌馬車ほろばしゃが完成して、誰が使うかを決めるとか騒いでいたみたいでしたけど
――どんなことでもすぐ騒ぐのが、ヒゲの日常なのですわ。それにしても
私、やっぱりユーマさんのお年が未だに信じられません。どうしてユーマ
さんのお顔は綺麗なまま……ヒゲが全く見られないのかしら?」

「あー、それは。俺、就活前の大学のときに永久脱毛ってのをやったから
ですね。俺は金がもったいないからいいよって言ったんすけど、あのとき
……珍しく母が強く勧めてきて、それででした。まあ俺朝が弱いですし、
今では何だかんだで助かってましたね」
「永久脱毛……! そうすれば、世の中のヒゲどもを全て、少年のお顔に
戻すことができるのかしら!」
すごいのですわ。永久脱毛の魔法なんてものがありましたら、癒しの魔法
と交換してしまいたいくらい素敵です。あ、魔法ではないのでしょうか。

「あの~……それは、人によると思いますよぅ。レプリオーネ様は、男性
をヒゲでしかご覧になっていないところがありますから……」
「惜しいですわクロナ、私は男性を、ヒゲしか見ていません」
「ですよね~。あ、でも最近ではブレイパス以外の国ではヒゲの無いのが
おしゃれの流行になっているみたいですよ?」
「ふぁえ!?」
な、な……なんですってーっ そんな話、聞いてませんわよ!? 思わず
椅子ごと倒れそうになってしまいました。ぜひ詳しく聞こうとする前に、
ユーマさんがまたお腹を抱えるように笑われていました。

「やっぱり、良い人しかいないように見えますね。大体、俺って客観的に
見ればもう絶対怪しいおっさんでしょうに、何の疑いもなくこんな風に、
可愛いお姫様とメイドさんがもてなしてくれる国なんてないっすよ」

か、可愛い――? えっ、えっ? あの、今のところもう一度……
「きゃあああ!?」
突然クロナが叫びました。
「レプリオーネ様、お鼻、お鼻!」
お花がどうしまして? ん、何だか胸に変な液体が……と下を見ましたら
胸元にボトボトと血が滴り落ちていました。鼻血でした。

大丈夫ですわ。と言おうとして――「あ」「あ」「あ」と、三つの小さな
声が重なりました。どうやら二人ともお気づきになったみたいですわね。
私は魔法を使うのを思いとどまると、鼻と口元をとりあえず押さえます。

「そっか、俺、魔法を試してみますね。どうすればいいんでしたっけ」
「えっとえっとこんな風に手をかざしてですね、治れって祈るだけです」
「分かりました!」

ユーマさんの手が、私にかざされました。そして――。

「ああっ レプリオーネ様のドレスが、どんどんドス黒くなってます!」
どうやら、ユーマさんの魔法は上手く発動できていないみたいです。全く
成果が見られません……。
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