如何にもなヒール役の悪役令嬢が大変なことになるお話です(仮)

黒住八雲

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追放公爵と三人のおとも~その3~

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イズラギスは計画通りに、その巨体を御者台へと収めてくれていました。
「さあ、とりあえずユーマさんもお乗り下さいませ」
夏もすぐそこですけれど……さすがにこの時間では、朝靄あさもやのせいもあって
体が冷えますわね。まずは幌のしっかり張られた馬車の奥まで潜り込んで
ほっと一息つきたいところでした。はしたない気も少々しましたけれど、
先に急いで乗り込んでからユーマさんをお待ちして――新たな私の御者に
小声で命じます。
「では、すぐに出して下さいな。まずは中央学校まで」
ユーマさんが私の斜向はすむかいに一旦座られた後、荷物を膝の上に抱えなおし
ながらお尻を少しずつずらして、「よいしょ」と私の前に移動完了なさい
ました。馬車はまだ一向に動きません。
「いやあ、イズラギスさんって御者になったんですね。さすがにびっくり
しました。あ、荷物ってまだ俺が持ったままでいいんです?」
「あっ……ごめんなさい、本当に助かりましたわ。今の内に整理しないと
いけませんわね。とりあえず――イズラギス? 馬車を出して下さいな」
馬車どころか、彼の背中は何を語るでもなく微動びどうだにしません。しーん。
一瞬の静けさに、チュンチュンと遠くの鳥の鳴き声が割り込みます。
「あー。もしかして、寝てるんじゃ……あの! イズラギスさん?」
羽袋を私の方へと渡して下さったユーマさんが、そのまま右腕を伸ばして
ゆさゆさとイズラギスの肩を揺らします。やたら姿勢の良いその巨体は、
ほんの小刻みから段々と大きく、ゆさゆさと動かされていって……
「ふぁぁ!? すんまそん、また寝てもした!!」
ビクッとするのは私も同時でした。びりりとくる重低音の大声は、朝には
勘弁して欲しいですわ。というかこっちがファァーです! けれど、ここまで
完璧ですのに揉めるわけにはゆきません。一方でユーマさんは、にこにこ
顔で「やっぱり」と唇を動かされていました……ご余裕ですわね。
「いいですわ。とにかく、今は、学校まで――お願いしますわね」
「姫様、あいさ! すぐに!」

イズラギスが何かを手元で操作すると同時にガタゴトッと音がして、すぐ
馬が歩き始めました。最も緊張する場面に、私は何をするでもなく羽袋を
足元に下ろして、その一番上にちょっとはみ出ているぬいぐるみの頭部を
握り締めてしまっていました。ごとごと、ごとごと。
「おはようございもす。イズラギス、出もす」
紙一枚渡せば出られますし、挨拶は別に要りませんのに! はらはら。
「はーい。お気をつけて」
今朝の門番の、比較的若い声が幌の向こうからはねかえります。そして、
ごとごと、ごとごと――馬車は城門を出て、ゆるやかな傾斜を下りながら
何事もなく進んでゆきます。果たして、無事の出発ですわ! このような
ときは何故か、いつもと違うことが起こって難儀するイメージがあったの
ですけれど、取り越し苦労でした。馬車の後ろの隙間から城門がちらりと
見えて、すぐに遠ざかってゆきます。

「あの、大丈夫ですか?」
「えっ? ええ!」
ユーマさんが、少し心配そうに私の顔を覗き込まれていました。ああっ、
不覚です……手が完全に止まっていました。あ、でも今は羽袋の整理より
優先すべきことがありますわね。
「そうでした。朝食は馬車で食べられるように用意させたのですけれど、
ユーマさんはもうお召し上がりになります?」
私は左手側に放置してましたバスケットを持ち上げ蓋を開けると、足元に
置きました羽袋を避けながらユーマさんに差し出します。
「おー。何だかいい匂いがするなって思ったところだったんです。これは
ホットドッグ……じゃなくて、えっと、何でしたっけ」
「オッフラですわ。あ、イズラギスも今いかがかしら? これなら馬車を
動かしながらでも、食べられますわよね」
「ありがたいですが、いんえ。中央学校までは、すぐつきもすんで」
「あー、じゃあ、俺も後にしようかな。すみません」
えっ? そんな、ユーマさんは遠慮なさることありませんのに! 何より
私だけが食べるのはとても気まずいです。
「あれ? でも、この後で俺の旅に付き合ってくれるのもイズラギスさん
なのかな……昨日のお昼に会ったときには、まだ今は辛抱のときみたいに
言ってましたよね」
!! ぎくりと、バスケットの蓋を閉める手が強張ります。ユーマさんと
イズラギスって昨日会われていたのですね。
「あー……すんまそんユーマどん。まだ今は」
イズラギスの声に、ゴトゴトっと不意の揺れが挟まりました。
「――後でお話しもす」

そのように、振り返るそぶりを見せたイズラギスの背中には――今度は、
私へと語りかけるものがありました。ああ、見た目はろくでも無さそうな
ヒゲに変わりありませんけれど、素晴らしいですわ! 私の目に……私の
人事に狂いはありませんでしたわね。『他者から認められずに苦しむ者を
重用せよ。それは必ず使えるだろう』と聞いたか読んだ記憶があるのです
けれど、やはり彼はそれに当てはまっていたようです。ユーマさんに全て
お話するにはもう少しだけ早い中、口が堅いのはとても助かるのでした。

って! ぼーっとしている場合ではありません私もごまかしておかないと
――タヌキさんのぬいぐるみだけを一旦外に出して、手探りからショート
ソードをするりと取り出します。
「ユーマさん、こちらなのですけれどいかがでしょう?」
「わ。やっぱカッコイイっすね。ゲームで見るのと同じだ……これ本当に
俺が貰っていいんですか?」
「もちろんですわ」
ふふ、やっぱりこういうところは小さな男の子と同じですわね。すっかり
目の前のおもちゃに目を取られるユーマさんのはしゃぎっぷりは、とても
可愛いのでした。そして完璧にごまかせました!
「重すぎず、軽すぎずって感じすね。ちょっと抜いてみてもいいです?」
「うふふ、ええ」
「ユーマどん! そりゃあだめだす!!」
突然鳴り響く大声に、お尻が一瞬浮いた気がしました。もう何ですの!?
「馬車の中では危ないだす、突然揺れることもありもす」
あ。なるほど。
「そっか、幌とか切っちゃうとまずいっすもんね。すいません」
『備考:すぐ寝てしまう』の他に『備考:ちょっとうるさい』と書き込み
たくなりましたけど、ここは確かにイズラギスの言う通りでした。まあ、
必要なときに意見を言えるのも、有能かもしれませんわね。
「ん。では、身に着けるのだけお手伝いしますわね。揺れに注意なさって
私の前に立っていて下さいな」
とはいえ実はうろ覚えですけれど……まず大きな革帯は、右肩から斜めに
掛けていただいて――留め金で、つばが腰骨より少し上に来るように長さを
調節します。あとは細い革紐を腰に――ユーマさんに回っていただくのは
危ないですし、向かい合わせのままで私が少しお尻を浮かせて回します。

ドゴン! ガラガラ

抱き合っているようでドキドキしました瞬間、突然でした。馬車の片側が
何かに乗り上げたのか大きく跳ねて、私の額がユーマさんの胸にごつんと
ぶつかりました。コツコツコツカシャンと刹那の暗闇に音がして、ハッと
気づきましたらそれは――
「いてて……すいません、大丈夫ですか?」
馬車の反対側の長椅子の上、ユーマさんが私をしっかりと抱きとめていて
下さいました。抱き合っているようではなく、間違いなくぴったりとした
密着状態です。ショートソードの先が少しだけ私のドレスの裾をめくって
いるだけで、痛みはどこにもありませんでした。胸の上あたりから人肌の
ぬくもりと、ユーマさんの心臓の鼓動が体に伝わってきます。ドッドッド
……って違いますわこれ私の鼓動かも!

「すんまそん、少し揺れもした!」
イズラギスの声が遠くから聞こえます。ああ、イズラギス……はっきりと
認めましょう。あなたはとっても有能ですわっと!
「うわ。お姫、レプリーさん! 鼻血が! 鼻血出てますよ!?」
いつまでもこのままでいたい気分ではあるのですけれど、今は行わないと
いけないことがたくさんあるのでしたわね。とにかくユーマさんに全てを
お話しないといけませんし、その前には学園長に手紙を届けて正式に出発
しないとなのです。あと鼻血。

手紙の封筒には、中央城西棟三階のマスターキーだけ今から同封します。
信用札の最後の一枚は迷ったのですけれど、学園長ではなく父上に預ける
ことにして、私の部屋に書置きと一緒に残してきました。なんだかんだで
父上には、人事権をお返しすると同時に最も迷惑をかけるでしょうし……
私の最後の人事は、イズラギスを御者にしたこと――あ。ではなくて私、
ということになるのかも、しれませんわね。
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