如何にもなヒール役の悪役令嬢が大変なことになるお話です(仮)

黒住八雲

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西への御一緒

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「ありがとうございます。ごめんなさいね」
鼻血を治した後で、いつの間にか御者台の方へと転がっていました羽袋を
拾い起こしましたところ――同じように床に落ちていましたタヌキさんの
ぬいぐるみをユーマさんが拾って渡して下さいました。思えば羽袋の方は
馬車の外へと転がらなくて良かったですわ……帽子掛けにでも引っ掛けて
おくほうが安全かもしれませんわね。
「いえいえ。にしても、ぬいぐるみってやっぱり可愛いですね。それって
タヌキであってます? 食べ物とか動物の名前って、ときどき俺の世界と
全然違うことがあるんすよね。見た目が同じでも」
「ええ、タヌキさんで合ってますわ」
基本的には白混じりの茶色で、丸みを帯びたささやかな耳と、目の周りに
お腹から足だけが黒い色になっているのが特徴です。食べることも一応は
可能だそうですけれど、あんまり美味しくはないとか……あ!
「そうでしたわ。今の内に、他の子も出しておきましょう」

上の方に入れてありました学園長への手紙と一緒に、他のぬいぐるみ達も
取り出してゆきます。といっても、全部で三人(?)だけですけれど。
「あとはこちらがウサギさんで――」
何より長い耳が特徴の、白くて丸くて、食べても美味しい子です。
「ええ。お城でも飼ってる人が結構いましたね」
手触りを確かめながら、長椅子の上タヌキさんの横へと並べてゆきます。
「そしてこちらが、スコルプス二世ですわ」
「……はぃ?」
ユーマさんは表情そのままに、怪訝けげんな声を捻り出されました。
「ふふ。ごめんなさい、そのご反応は予想通りでした。話せば長くなるの
ですけれど、名前の――」
そのとき、ゴトゴトゴトンと小刻みに馬車が揺れたかと思うと進行方向に
体が引っ張られました。続いてブルルルン、と馬の低いいななきが響きます。
あら? これってもしかして……。
「姫様、つきもした! 中央学校だす」
やっぱり! もう20分くらい経っていたということかしら……随分と早く
感じましたけれど、きっとユーマさんと一緒だからですわね。って、今も
急がないとでした! 六時半でしたら、まだ誰もいないはずなのです。
「ごめんなさいちょっと行ってきますわ! すぐ戻りますので、このまま
お待ち下さいませ!」

ウサギさんの耳に手紙、その下にタヌキさん、その下にスコルプス二世と
重ねて抱えてから、早速馬車の外へと飛び出します。
「イズラギスさんは、スコルプスニセーって何か分かります?」
「いや、さっぱりだす」
小さく二人の声が聞こえます馬車を後ろに、目の前になってました校舎の
入り口へと足を踏み入れます。学校には年中通っていましたけれど、この
場所に誰もいないのは不思議な感じがしますわね。小さな屋根続きの奥、
入り口の左右を囲む長椅子には誰も座っていなくて……学校独特の匂いが
することにふと気づかされます。突き当たりにあるテーブルカウンターに
仕切られた小さな空間が、学園長の定位置です。もちろん、教員のための
部屋は大きなものが別にありましたけど――もう年配の彼女は大体いつも
ここから生徒を見守っているのでした。低くて少し広めのテーブルの上に
ぬいぐるみを並べて、そして手紙を分かりやすい位置に移動させます。

「じゃあ今度、つれてきてください」
先日泣いていた女の子とぬいぐるみ遊びをしましたとき、今度私のお友達
(の、ぬいぐるみ)も連れてくるという約束をうっかりしていたのです。
かなり小さな子でしたし、案外忘れているかもしれませんけれど……もう
戻らない旅とも覚悟しましたら、学校に預けておくのが良さそうでした。
もちろん主目的は学園長へのご挨拶と、ここまで持ち出してしまいました
お城のマスターキーの返却ではありますけれど。現在、私の部屋へは扉を
壊さないかぎり入ることができません。学園長経由で鍵が戻ったあとで、
私の部屋から『探さないで下さい』の書置かきおきが見つかるという算段ですわ。

クッキーとペンキを混ぜたような少し甘い匂いから、土と草と少しの水が
混ざった早朝の匂い……そして馬と木と、好きな人の匂いの元へと歩いて
戻ります。行きはぬいぐるみを落とさないように気を使ったのですけれど
――帰りは、でしたのであっという間です。
彼はお友達というより私の信頼できる従者でしたし、一体くらいでしたら
旅の邪魔にもならないでしょうって……やっぱりこの子だけは連れてゆく
ことに、急遽変更したのでした。先ほどの話の流れからユーマさんにも、
ちゃんとご紹介できてないままですものね。

「準備はこれで、万端ですわ! ではイズラギス、すぐ……西へ、出して
下さいな。そしてユーマさん、ごめんなさい。大事なお話があります」
イズラギスはちらりとこちらを振り返り、今回は無言で頷くだけで馬車を
操作し始めました。「ハイッ」との掛け声と共に、急加速を感じます。
「はい。ええと、スコルプスニセーです?」
「この子は今は関係ないです。ええと、本当に……ごめんなさい。今まで
ずっと黙っていたのですけれど……私もユーマさんの旅にご一緒しようと
思うのですわ。もう、このまま出発するのですっ!」

もう馬車は止まりません。というか止めさせません! いつかの黒歴史と
なりました告白と同じくらい緊張しながら、真っ直ぐにユーマさんの顔を
――見ていられなくて、思わずぎゅっと自分の目をつぶりながら言い切り
ました。例え迷惑ばかりかける悪役と成り果てても、絶対に今はあなたに
ついて行きたいのです。ごめんなさいごめんなさい、あなたが何と言おう
とも……です。ですから、どうかどうか、拒絶なさらないで下さい!
「あー。もしかして、他の人に内緒でお城を出てきちゃったとかです?」
怒った感じではなさそうですけど、少し困ったような声に聞こえました。
「ええ、その通りですわ……」
「もしかして俺、姫を誘拐した罪とかで後々のちのち追われたりするんすかね」
目を開けると、ユーマさんは考え込むように腕組みされていました。
「準備はちゃんとしましたので、流石にそこまではないと思いますけれど
……下手しましたら、追っ手はかかるかもしれません」
「やっぱり、それで何か変だったんすね。まあ何となくそうじゃないかな
みたいな予感はありましたし、お姫さ……レプリーさんさえ大丈夫なら、
いいんじゃないですかね。この世界の人ってイイ人ばっかりだし、何とか
なるっすよ、きっと」
さすがユーマさんでした……器が大きいという言葉は、こういう方にこそ
使われるべきですわね。どこかの、自身は怠け者ですのに小うるさいヒゲ
とは大違いでした。ほっと胸をなでおろします――あと、愛してます。

「じゃあ、その子について聞いてもいいですか? 見た目は何かどこかで
見たことあるというか、一般的な気もするんすけどね」
ユーマさんは穏やかな瞳で、私の胸元のスコルプス二世を注視されます。
「ええ! ええと、この子はオトギ話の『名前の無い獣』をぬいぐるみに
したものなのですわ。名前がありませんので、私がスコルプス二世と仮に
名付けただけなのです」
腕組みとは似て異なる体勢で、ふむふむとユーマさんが頷かれました。
「名前の無い獣かぁ。黄色掛かった白色に、にっこり目……キツネに似て
いるのかな?」
「キツネだなんてそんな! あんな危険な獣ではありませんわ」
大きさはともかく、怖さも目も、口元も全然違います。
「え、キツネってそんな危険なんだ。じゃ、ネコに近い感じですかね?」
「ネコ? それは何でしょう」
知らないコですわね。ユーマさんの世界だけの獣なのかしら?
「ネコだ……この世界にいないのなら、きっとそうっすよ」
「え、そうなのです? ユーマさんの世界では、スコルプス二世は普通に
いる獣なのでしょうか」
「獣というか、ええ。俺の周りでも飼ってる人は多かったかな」
「まあ! それは素敵ですわね。やっぱり普通の獣とは違って、二本足で
歩いたり、人間の言葉を理解したりするのです?」
「あっ……いや、じゃあネコじゃないっすね。ネコはウサギと同じような
感じでしたよ」
「別でしたのね。『名前の無い獣』としては、今申しました特徴の他には
――"ニャア"と鳴くことくらいでしょうか」
「やっぱネコだ。間違いないです」
「え、やっぱりそうなのです? オトギ話では、主人のどんな願い事でも
叶えてくれて、相手が大きな獣でもあっという間に退治するとか」
「じゃあネコじゃないすね。いや、待てよ……?」
なぜかユーマさんのお顔が曇りました。そういえば、オトギ話をそのまま
お教えした方が分かりやすかったかもしれませんわね。
「そのオトギ話の最後では主人公の子どもが『たくさんのお礼に、君にも
何かをあげたいのだけど何が欲しい?』と訊ねましたら、名前の無い獣は
こう答えたのですわ。『他の誰でもない、僕だけの名前が欲しい』と」
「ふむふむ」
「で、そのお話の中ではケットシーと名付けられてましたわね」
「じゃあケットシーじゃないっすか!? というかすいません、この会話
なんかまずい気がするんで話を変えましょう」
? よくわかりませんけれど、ええ。ではこれからの予定でしょうか、と
思いました瞬間、「グゥ~!」という大きな音が鳴り響きました。

も、もちろん私じゃありません。きっとイズラギスです!
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