如何にもなヒール役の悪役令嬢が大変なことになるお話です(仮)

黒住八雲

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スコルプス二世

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「特定の言葉を唱えることによって近日中に死んでしまう、です?」
「ええ。特に今みたいな『故郷に帰って結婚する』系の未来の自分語りは
特にやばいです。あ、いや。言葉を唱えるというか、何だろう」
「う~ん……そんな魔法は聞いたこともありませんわね」
"死亡フラグ"についての説明は、しどろもどろと表現に難儀なさっている
様子でした。的を得なくて、今ひとつ理解できません。
「いえ、魔法とかじゃなくて……ええと、お約束? みたいな」
「あ。約束事を破って、処罰されるということでしょうか」
「破るじゃなくて、行ったからなんです」
ちなみに男性が学校の教員となるためには、既婚かつ夫婦仲が良いことが
条件になっていますので、考え方としては問題ないはずでした。あっ……
でしたら、こういうことかもしれませんわね。
「あまりの高望みが叶わなさすぎて――自ら悲観して、死んでしまう感じ
ということでしょうか?」
「姫様、そりゃあんまりだす」
イズラギスが抗議の声を漏らしました。睡眠を挟んですっかり聞きなれた
がたごと、という馬車の音が続いてゆきます。

「一体どうして、どのように死んでしまうのでしょう」
「言葉を唱えるというか、一定の行動をとるとか……。例えば殺人事件が
起こったときに、率先して自分の部屋に引きこもったり」
「さっ……殺人、です? クマかしら?」
「え。いえ、殺人事件といったら犯人は人です」
「人が殺人!? それは恐ろしいですわね。では、それを事前に察知して
処罰すれば止められるのでしょうか」
「そうなんすけど――そっか、ミステリーはこの世界になさそうっすね。
困ったな、やっちゃいけないって言われてる死亡フラグは、言葉だけじゃ
なく本当色々なんです。ええと、他には例えば――」
私にとっては申し分ない見た目と性格のユーマさんですけれど、異世界の
お話で歯切れ悪く悩まれるのだけはたまきずかもしれません。でもそれも、
真摯に説明して下さる裏返しと考えましたら、お話は全く分からなくても
愛おしく感じるものでした。
「本当は結構やばいのに『大丈夫、かすり傷さ』って強がったり、台風が
もう到着しているのにちょっと用水路を見に行ったり……あ。本人が直接
行動しなくても――アニメやゲームの場合では、突然その人の生い立ちが
語られはじめたり、サブタイトルがその人の名前になったり、妙に静かな
シーンから定番曲のイントロが流れたりとか――」
「ごめんなさい。まだ全然分かっていないのですけれど……結局のところ
一体、そういうことをしてしまうと誰……何のせいで、どうして、死んで
しまうことになるのでしょうか?」
「何のせいって言われると、あれ――いや、そうか。うわ懐かしいなぁ」
なぜか突然の、楽しげな含み笑いでした。
「ゲームマスターのせいで、物語を面白くするために、ですかね」
がたごと、ガタガタッゴトンゴトン。路上の石に乗り上げたのか、ずっと
一定でした馬車の音が少し乱れました。

「死亡フラグって何か最近は一般的みたいに思えてたんですけど、最初に
教えてくれたのは小学校のときの友達でした。転校生だった俺を初日から
遊びに誘ってくれて、そうそう、TRPGを教えてくれたんです。それで、
死亡フラグについても教えてくれてました。『ゲームマスターが、物語を
面白くするためにあるんだ』って。その子の用意してくれたシナリオでは
強敵にNPCの精鋭部隊が討伐に立ち向かっては全滅するのが定番で、俺、
『なんでこういうNPCはサイコロ振らないの?』って聞いて。そしたら、
『死亡フラグの立ったNPCはサイコロ振っても無駄なんよ』って……本当
懐かしいな、思えばあのときは、間違いなくゲームが俺を救ってくれてた
のかもしれないです。コンピューターどころか紙と鉛筆だけしか要らない
ゲームだったけど、楽しかったな――って、すいません! 脱線した上に
意味分かんないっすよね」
「ふふ、ええ」
分かりませんけれど、ユーマさんが楽しそうになさっているようですので
何も問題ありませんわ。
「いや本当すいません! こっちの世界は俺にとってゲームの中みたいな
感じなんで、つい、過剰に気にしちゃっただけなんです。普通に生きてる
限りは、死亡フラグなんて気にするようなことじゃなかったっすね」
「いえいえ。ユーマさんの元の世界と、こちらの世界とでは色々と違うの
ですからね。きっと気になさらなくても、この世界では大丈夫ですわ!
何よりこの旅にはブレイパス領主の力を持つ私と、そのお供である名前の
無い獣、スコルプス二世がついているのですから! ニャア」
先ほどまで枕としても活躍していましたスコルプス二世の手足を動かして
私が声を出すと、ユーマさんは屈託無く笑って下さいました。

「そういえば今、何時頃になっているのかしら――あら? 羽袋は――」
記憶では御者台側の床に置いてあったはずなのですけれど、ありません。
くるりと反対側を見ましたら、出入り口付近の帽子掛けの真下、長椅子と
柱の間に置かれていました。
「あ。転がると危ないなってことで、イズラギスさんと相談してあそこへ
移動させたんです。一応ロープで固定もしてみたんすけど、いや、勝手に
動かしちゃってすいません」
よく見ると、出入り口には安全のための横板も立てかけられています。
「ユーマさんがなさって下さったのですね。ありがとうございます、断然
こうした方がよろしかったと思います!」
長椅子を伝って、羽袋の方へと移動します。相変わらず続いている馬車の
振動の中で、羽袋は少しも跳ねていませんでした。ユーマさんはお仕事も
できるかたなのですね……素晴らしいですわ。っと、羽袋の中に小さめの
簡単な時計も一つ入れてありましたので、それを取り出して――ついでに
スコルプス二世は一旦片付けておきましょうか。
「あのう」
と、少し遠慮がちなイズラギスの声が私の手を一旦止めさせました。
「はい?」
「時間でしたら、ワッシも懐中時計を持っとりもした。あと、ちょうど今
――橋が、見えもした」
「アトラ橋! もうそこまで進んでいたのですね」
こうしてはいられません。このまま馬車の出入り口側から流れ去る景色を
眺めるのも良いのですけれど、折角橋を渡るのですから正面からのほうが
きっと素敵なのでした。ユーマさんも御者台側にいらっしゃいますし……
後ろの見張りはスコルプス二世、あなたに任せますわね。私は羽袋の一番
上にスコルプス二世を顔だけ出るように突っ込んで、馬車の先へと急いで
向かいます。
「ユーマさん! 橋の景色はお勧めですので、ぜひご覧下さいませ!」
「えっ、はい」
イズラギスの巨体がちょっと邪魔ですけど、御者台から少し身を乗り出す
ように前方を眺めます。ちょうど、土の道から灰色の石で舗装された道に
変わったところでした。舗装された道は、そのまま真っ直ぐ空中へと飛び
出して細く伸びてゆきます。その下に現れるのは、目の覚めるような碧!
晴天の空を映したような鮮やかな色が、太陽の光でキラキラと輝いている
気持ちの良い景色です。収穫祭のときの各地への視察のときくらいにしか
通らないのですけれど、私のお気に入りのブレイパス観光名所でした。
「うわあ、これは綺麗っすね。大きな橋だ」
ブレイパスの中央を流れるパスペル川、そのちょうど真中を横断するよう
架けられているアトラ橋は石造りのしっかりしたもので、その横幅は馬車
三台分くらいあります。けれど、普段の川の水位でしたら……その水面は
このように遥か下方に離れていて、まるで空中散歩しているような気分に
なれるのでした。対岸に広がる、お花畑混じりの緑もとても綺麗――。
「んっ!?」
そのとき、ヒュオオという音と共に突風が馬車の中へと入ってきました。
ハタハタと髪が勝手にかき分けられ、服がたなびきます。
「風が、強いだすな。荷物が飛ばされないよう、お気をずけ下せい」
イズラギスの言葉にちょっと後ろを振り返り、はしたなく広がってました
服の裾を押さえました先の羽袋は――大丈夫でした、しっかりと馬車へと
固定されているみたいです。って、でも――スコルプス二世の首? ……
じゃなくて胴がにゅるりと伸びて、まるでヘンテコなダンスを踊るように
はためいていました。そして次の瞬間!
「あっ!」
私の心中の叫び声とユーマさんの声が重なります。ユーマさんも、それを
ちょうどご覧になっていたみたいでした。多分尻尾が引っかかって耐えて
いた様子のスコルプス二世が、しゅぽん! と、馬車の遥か後方へと……
射出されてしまいましたわー!?
「うわぁ。イズラギスさん、ちょっと馬車止められますか?」
「ん? あと少しで橋を渡りきりもすんで、ちょいと待って下せ」
「いえ……お気になさらず。あの勢いでは、多分もう……」
スコルプス二世は元々軽いぬいぐるみですのに、羽袋の力が更に加わって
いたからかもしれません。橋の外側どころか、そのまま海まで飛ばされて
いそうな感じでした。
「ロケットみたいに飛んでいっちゃいましたね……」
ああ、さよならスコルプス二世……と心の中で別れを告げるとき、ふと、
先ほどの死亡フラグのお話が思い起こされました。い、いえ! でも彼は
死んだわけではないのです。ちょっとそう、別行動をとっただけなのです
……あるいはそう、出奔しゅっぽんしただけ、なんちゃって。
「まあ、すぐスコルプス三世として戻ってきますわ」

材料が道中で手に入れば良いのですけれど……ちょっとだけテンションが
下がってしまいました。
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