如何にもなヒール役の悪役令嬢が大変なことになるお話です(仮)

黒住八雲

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イズラギス

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結局は橋を渡りきりました後で一旦馬車を止めて、少しだけ馬を休ませて
あげることになりました。イズラギスの取り出しました懐中時計によると
時刻は、まだ午前八時を回ったばかりだったからです。中央城から、この
アトラ橋を渡って旧中央、オルセンの町までの道のりは馬車で三時間位の
はずですのに、学校に寄ってからの大きく南回りでもこれだけしか経って
いないのは正直驚きでした。まだ旅路を出歩く人影も全く見えませんし、
休憩を挟んでも余裕がありそうと判断したのですわ。
「良い御者ですわね。ポールの馬車より、ずっとはやい……!」
「レプリーさんそれ、死亡フラグよりもっと言っちゃダメなヤツかも」
イズラギスを褒めてあげましたところで、なぜか困ったような声でおとが
になったのが気になったままですけれど……その後すぐに「もしかすると
見つかるかもしれませんし」と、スコルプス二世を探すため橋へと探索に
戻って下さいました――やっぱり、お優しいのです。私もご一緒しようと
思ったのですけれど……今日の川辺りは風がとても強く、数歩ごとに服の
裾がめくれあがってしまうのが恥ずかしくてやめました。おとなしく馬車
の中で簡易テーブルを膝の上に乗せ、ここまでの旅の記録をつけます。

スコルプス二世については完全に私の失敗でした。普通のカバンでしたら
重いものほど下に入れますのが当然ですけれど、羽袋の場合はどのような
順番でも同じというのを前提に、うっかり蓋を開いたままで風に煽られた
とき――あんな感じに吹き飛ばされないよう、それなりに重いものを一番
上に乗せておくべきでした。ここは恥を包み隠さず、後代の者たちが同じ
過ちをしないよう記しておきましょう。
「あのう、姫様」
「ん、はい。どうしました?」
イズラギスの重低音の声にも、ようやく慣れてきた気がします。
「ユーマどんが戻られもしたし、すんぐ出発してもよろしいだすか?」
そう言いながら、先ほどまで草をませながら熱心に毛並みを整えていた
馬を、再び馬具へとつなぎとめていました。
「ええ、もちろん構いませんわ。って、ユーマさん戻られましたのね!」
出入り口から橋のほうを眺めると、確かにユーマさんの姿が見えました。
そして目が合いましたと同時に、小走りでこちらに駆けて下さいます――
このような景色って、もしかすると恋人同士のそれではないかしら……?
なんて思いながら良いお天気の空の下、近づいてくるユーマさんのお姿を
ゆっくり堪能するのでした。

「やっぱり川に落ちちゃったのかな。橋の真ん中より向こうまでは戻って
みたんですけど、見つかりませんでした……すいません」
「ですわよね――いいえ、ありがとうございます。また新しく作り直せば
良いですし、お気になさらずに」
「ユーマどん、また横板お願いしもす。出発だす」
「了解です! あ。そういえば、今戻ってくるときに気づいたんすけど、
この辺りって変な岩? が多いっすよね。なんか、遺跡みたいな」
「遺跡……あ、ええ! このあたりは昔のブレイパスのお城があった場所
と言われてましたわね」
馬車が、再び動き始めました。
「え、お城ですか? やっぱり、戦争で焼け落ちたりとか……?」
「いえ。戦争があった時代より、ずっと後代のことですわね。それでも、
私が生まれるよりずっと前のことですし、詳しくは調べ直さないと分から
ないのですけれど……確か水害の、反対が理由の一つだったはずですわ」
水利? と口に出そうとしましたけれど、ちょっと使わない言葉でした。
「水害の反対!? えっと、どういうことです?」
「ええと。元々は、たまに氾濫しますパスペル川と折り合いをつけながら
生活していたそうなのですけれど、その頃の領主達が今の"湧水石"を発明
したことで、川の近くで暮らす必要がなくなった……そんな感じでした」
記憶の糸を辿って、王立魔法大学院での講義を思い返しました。
「ああー! なるほど。生活水を川に頼る必要がなくなったことで、より
安全な場所に移動したってことっすね。ん、でもオルセンの町はここから
近いんすよね」
ゴトゴトゴトン、と馬車が少し大きな音を立てました。でも揺れは大した
ことなく進んでゆきます。

「ええ、この場所からでは……って、もう森への道に入ったのですわね。
先ほど休憩してました場所からでしたら、こちらからは森と町との区別が
つきにくかったのですけれど――向こうからは物見にかかる位、目と鼻の
先でした」
「えっと、地図地図――橋がここで、そっか。真西の丘の上、林の向こう
側にすぐ町があったんですね。でも今回のルートではその北の……本物の
林、いや、森を抜けているわけなのか。でもこんな近くなら、元のお城や
町を壊してしまったのは勿体無かったような」
「ですわよね。ただ、川からは稀に恐ろしい獣が流れ着くこともあるそう
ですし、もしも人の住まなくなった建物がそのような獣たちの巣になって
しまうと大変だからかもしれませんわ」
「そっか……いや、さすが領主様っすね。すごく納得でした」
「いっ、いえいえそれほどでも、ありませんわ!」
褒められて首のあたりがちょっと暖かく感じます。王立魔法大学院は嫌な
場所でしたけれど、真面目に勉強していて良かったと今心から思います。
「今ここは、プロフォンディータの森……で良いのかな? そういえば、
森と林の違いってあるんですかね」
「森と林の違いですか……う~ん? ごめんなさい、そちらは聞いたこと
ありませんでしたわね。木の多さとかでしょうか」
「いや、すいません。言葉の話ですし、本当どうでも良かったかも」
「あのう、姫様」
「いえっ? ……はい。どうしました?」
珍しく突然割って入ってきましたイズラギスの声に、不覚にもまたビクッ
としてしまいましたのは内緒です。
「はばかりながら。森の林の違いだしたら、昔、大工の見習いだった頃に
聞いたことがありもした。『危険があるのが森、ないのが林』だす」
「危険……つまりは獣や蟲――総じてモンスターのことでしょうか。でも
プロフォンディータの森でしたら開拓が進んで、今はウリボーくらいしか
いないのではありませんでしたっけ」
「もちろん、モンスターは一番だすけんども、他にも崖なんど激しい高低
差があったり、色々だすな。あのう、比較的大きな道を選んで行きもすが
……ここからはあまり速度は出せまそん。姫様もユーマどんも、どうか、
油断なさらんでくだせい」
そのイズラギスの声といえば、大真面目を通り越して深刻な響きをもって
いました。でも油断をしないようにと言われても、別段、何かできるわけ
でもありませんわよね。ユーマさんに続いて、軽い返事で流しました。

その後、しばらくはユーマさんと他愛のないお話を続けたり、いくらかの
荷物を羽袋の外に出して置き場所を決めたりで過ごしたのですけれど――
やはりお茶の時間と同じで、会話の途切れる時間がやってきました。でも
全く問題ありません! 元々馬車での移動中は退屈なのが普通なのです。
羽袋に忍ばせておきましたオトギ話の読み本を数冊から、ユーマさんにも
選んでいただいて……読書の時間へと移行するのでした。
「表紙は『なぜ海の水は塩辛くなったか?』か。何か、聞いたことがある
気もするかも」
私が選びましたのは、悪い妖魔によって鳥に変えられた恋人を救う男性の
オトギ話でした。でも正直には一度読んだことのあります本よりも、読書
をなさっているユーマさんの横顔を盗み見るほうが楽しいのでした。規則
正しい馬車の音の中、静かに時間が流れてゆきます。

ザアアアア

突然のざわめく音と共に湿気った風――もしかして雨かしらと外を眺めて
みたのですけれど、その気配はありません。森の木々が揺れるだけの音が
まるで雨のように聞こえることもあるのですね……って、あら? 今ふと
気づいたのですけれど、イズラギスの背中がなぜか濡れているようです。
見間違えかしら、と少し近づいて良く見てみましたら――やっぱり何かで
濡れているようでした。でもそれより、その背中から聞こえる音が……?
「わしゃだじょだわしゃだじょだわしゃだじょだ」
何これ怖い。私は直感的に彼から離れて、聞かなかった事にしました――
ところがです。その選択こそが、大きな間違いだったのでした。

ガタガダン、ガガガガガッ

「えっ……?」
「ヒュンッヒッ…ヒィヒーン!?」
ほんの一瞬のことのはずですのに、なぜかゆっくりと見えました。哀れな
鳴き声と共に、馬が不自然な体勢でこちらを振りかえり――視界が斜めに
傾いて行くと同時に、イズラギスの巨体がゆらりと沈んでゆきます。
「うわっ……イッ……イズラギスさん!? イズラギスさああん!」
「……フゴッ!? ぬっがっ……ぬ……ぬわーーっっ!!」
ものすごい音と振動と共に、馬車が坂道を滑り落ちてゆきます。天地まで
逆さになります状況は、今が何時で、どこで、なぜ、どのようになど全て
不明でした。ああっ まさか、こんなことになるなんて!

暗転する脳裏に浮かぶのは、なぜか「突然の死」という言葉だけでした。
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