如何にもなヒール役の悪役令嬢が大変なことになるお話です(仮)

黒住八雲

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森に潜むヒゲ~その1~

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少し不思議なのですけど、ユーマさんが何者かに突き飛ばされましたのは
一瞬のこと――そして当然、一回だけのことだったはずです。それなのに
なぜか、感覚が引き伸ばされるような錯覚と共に三回くらい角度を変えて
目撃したような気がしました――痛そうでした。
「つッ……コイツは……いのししじゃなくてえっと……ウリボー?」
「ユーマさんっ! だ、大丈夫ですのっ?」
ポットを半ば放り投げて、ユーマさんの元へと駆け寄ります。謎の発声で
もしかして頭を強く打たれたのではないかと心配したのですけど、完全に
立ち上がられた今、痛そうになさっているのは左肩から腕にかけてのよう
ですわね――改めて魔法の力をこめながら触れようとすると、それを制止
するように、痛めた左腕が私の前へと伸ばされました。
「まってレプリーさん、まだすぐそこにいます」
通せんぼではなくて私を庇って下さるみたいでした……さすがユーマさん
ですわ。私ってば、またユーマさんしか見ていませんでした。その言葉に
初めて、ユーマさんを突き飛ばした影の正体を目で追ってみます。

フシュー

暗い森の中の十歩ほど先――向こうの茂みのすぐ傍に、半身を向けて佇む
黒い影が見えました。ポットより少し大きいくらいの楕円形っぽい体躯に
四本の足と、小さく尖がった尻尾がついています。更に目が慣れてくると
ひしゃげた丸い鼻に、とてもつぶらなおめめが確認できて――あら可愛い。
ユーマさんの仰ったとおり、小型のウリボーですわね。鼻息荒く後ろ足で
地面を馴らす一方で、尻尾がぴこぴこ動き回っています。
「生きてるのを見たのは初めてでしたけど、もしかして結構危険だったり
するんすかね?」
「え。ど、どうでしょう……あ、でもそうですわね。モンスターの多くは
繁殖期などは特に、魔法の光を特に嫌うと聞いたことがありますわ」
ただ力もさほど強くなくて、危険では無いはずです。現に思い返しますと
そういえばあの一瞬、脇腹に体当たりを受けられていたように見えました
ユーマさんですけれど、今まだ痛そうになさっているのは倒れこんだ時の
腕だけのはずでした。あっ!

ピャー! ガサガサッ

言っている間に、向こうの茂みの奥へと逃げてしまいました。
「行っちゃいましたね。って、そんなことより……なんてこった。本当に
なんて謝ってよいのか……すいません。女神像が」
あ。しょんぼり曇った顔も素敵ですけど、すぐお教えしないと。
「ええ、思った以上に派手に壊れてしまいましたわね……なんて、ふふ。
大丈夫ですわ! 私、申しましたわよね。『壊れやすいので気をつけて』
と――天人様から直接賜ったとされる女神像は特別なのです。それなりに
時間経ちましたし、ほら、今にも……3、2、1、えいっ」
バラバラに散らばる破片に手を差し伸べます。しーん、と数秒の間。
「……粉々のままっすね。でも、もしかして直るんですか?」
「え、ええ! 私もこれまでに三回くらいは、腕っぽいところを割ったり
腰から真っ二つに折ったり、首が取れたりと壊したことがありますけど、
少し時間を置けば、そう、まるで無かったことのように元通りに」
思い返してみると直るまでの時間は一定ではありませんでしたし、今回は
ここまでバラバラの中、時間が掛かるのかもしれませんわね。つい焦って
早口になってしまいました。
「そんなに壊してるんですね。ってそっか。超重要アイテムだからこそ、
壊れてなくならないようになってるわけっすね。さすが魔法世界、かな」
「壊れた物を直す魔法は存在しませんけれど……まあ、ええ! そういう
ことであってますわきっと、あ!」
少し表情の緩んだユーマさんを更に落ち着かせるために、私も落ち着いて
ユーマさんの腕へとそっと触れてみます。
「でも気をつけないといけませんのは、女神像が存在しない間は……私の
魔法の力が特別ではなくなってしまうことですわね。ごめんなさい、痛み
まだ取れてませんわよね」
――彼の痛みと苦しみを、取り除きたまえ――
今は、普通の民の平均よりは怪我や病気を回復させる程度の能力でした。
小さく弱弱しい魔法の光を、ユーマさんの腕へと直接伝えてゆきます。
「あ。なんだか、じんわり暖かく感じますね。すいません、もうそんなに
痛くはないっすけど、ありがとうございます」
いえいえ。でも私……ユーマさんが突き飛ばされたように見えた瞬間から
力を込めていたはずだったのですけれど、女神像が失われた時間を挟んで
全くの無力になっていたわけです。本当、大怪我でなくて幸いでしたわ。

「姫様、なんに、大きな音が聞こえもしたが。ユーマどん……?」
くっ。存外良い雰囲気でしたのにじゃまなヒゲが戻ってきました。まあ、
気にしなければ良いだけですけれど。
「む……日差しから戻ると、ここはだいぶ暗いだすな。何かあった――」
その瞬間をたまたま目撃してしまいました。イズラギスは折れた根元部分
の馬車のくびきをひょいと跨いで、こちらに来ようとしていたみたいなのです
けれど、跨いだその一歩目の足の裏に、ちょうど、私が先ほど放り投げた
ポットが転がり込んでいたのでした。

「うをっふっ!」
「うをっふっ!」
「うをっふっ!」
地面を踏みしめるはずだった足の裏が勢いをつけて高く上がると同時に、
イズラギスの体は、軛のあちら側へと還ってゆきました。変な悲鳴だけが
耳に残ったのですけれど……またも不思議なことに、一回だけのはずです
のに三回くらい聞こえた気がして――すべりこける姿も同じだけ、微妙に
角度を変えて目撃したような錯覚がしました――悪いですけれど、滑稽で
少し面白かったです。

ズシャーン「ごっ」
でもすぐに、ちょっとやばそうな音が続いたことから我に返ります。
――はいはい、痛いの痛いのとんでいけ。あと怪我してませんように――
ちょっとだけ雑に魔法の力を行使……あ。今はちゃんと届かないのでした
っけ!? ちょっと焦って、軛に垂れ下がる大根足に声をかけてみます。
「イズラギス!?」
と同時に、淡い緑色の光が森を駆け抜けました。
「うわ!」
更にユーマさんの驚かれたような声に、最優先で振り返ります。

「すごい。俺、今まばたきもしてなかったはずなんですけど、直る瞬間が
全く見えないままに元通りに!」
あっ、ええ! そういうものなのですわ。ふふ、良かったです。女神像は
予定通りにちゃんと直ってました。最も大事なものではありますけれど、
どこかのヒゲが壊した馬車とは違うのです、馬車とは。
「うおお、失礼しもした」
一方で、何事もなかったように起き上がるイズラギス。どうやら女神像と
共に私の力もすっかり戻っていたみたいでした。まあ、過ぎたことは良い
ですわね。とにかく、ここからはちゃんと手足を動かしましょう?

車輪などの高価な部品を正規の道端にまで上げましたあとで、再び荷物を
整理しなおすまでは割とてきぱき、時間をかけず行うことができました。
まあ力仕事は私見ていただけですけれど……。羅針儀コンパスを使って現在位置を
確認しましたら、今は山奥の村寄りの、西辺境の村へと続く西への大道の
途中だった模様でした。辛いところではありますけれど、当然ここは西へ
真っ直ぐ向かうことを優先しなければいけません。山奥の村で新しい足を
確保できる可能性は低いですし、即ちあっという間に私の冒険は終わって
しまいそうでした。

「もつろん、姫様の仰せのままにだす」
「まだ案外太陽も高いですし、これなら夜までに行けそうっすね」
正確な時間は分かりませんけれど、ユーマさんの仰る通りですわ。太陽は
長い道の先を、まだ高いところから照らしてくれていました。感覚的には
既にお昼はとっくに過ぎているはずなのですけれど、ちょうど今は一年の
内で最も日が長い時期ですものね。夕方や夜の始まりが遅いのでした。

って、夕方……?

はっと気づきました。今日は六月の二十三日の藍曜ですし――公共馬車は
午前中はこちら回りで、午後は……あああ! 大変です。慌てて、地図に
改めて目を走らせます。
「レプリーさん?」
「時間が分かりませんけれど、この道はダメでしたわ……! ここを北に
突き抜けたところにあります、旧道を使わないと!」
「え、どういうことです?」
今にも、蹄の音が聞こえてくるような気がしました。
「ごめんなさい、説明はあとで、とにかくこちらですわ」
割と急な斜面にも慣れてきた気がします。旧道は少し小高い崖沿いの道に
なっていました。息を切らせながら、進行方向と、木々の向こうに隠れた
大道を見比べようとしましたそのときです。

ゴトゴトッ、ゴトゴトッ

つまり、間一髪でした。
「伏せてっ 隠れて下さいな!」
「あー、なるほど。公共馬車に拾ってもらうと、ふりだしに戻ってしまう
感じなんすかね」
まだ説明前でしたのに、さすがユーマさんでした――あとイズラギスも、
ここは無言で忠実に伏せていてくれています。そう、私たちは馬車の部品
と一緒に回収されるわけには行きませんでした。一安心、馬車の音が東へ
消えましたらすぐ出発しないといけません。

「ふむ、なにやら難儀のご様子ですな」
ほっと立ち上がったときに、人数というかヒゲが一人増えていました。

え。このお爺さん、どなた?
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