7 / 52
【PART 1】2年生、夏
4. パリの恋人たち(1)
しおりを挟む
パリ観光は早瀬の行きたいところでいいよ、とおれが言うと、早瀬は心配そうにおれを覗き込んだ。
「本当に、オレの行きたいところでいいの?」
「いいよ、そんなに行きたいとこないし。なんとなく、有名な観光地に行こうかなって思ってたくらいで」
それに、早瀬が行きたいところに行くのを見る方が、おれは楽しい。
到着して思ったのは、やっぱりそれは正しかったってこと。
やる気あふれる早瀬に連れられて、おれは国立中世美術館に行った。
十五世紀の修道院の建物を利用した、薄暗い室内。おれみたいによくわかってない人間だって、素敵だなって思ったから、早瀬にとっては宝の山だったと思う。
どこかで見たことのある貴婦人と一角獣のタペストリーのオリジナルもあった。美しい女性の周りに獅子や一角獣が集まっている。全部で六枚あって、五枚は視覚とか聴覚とか書かれている。
中央の貴婦人が砂糖菓子を手にしているものがあった。『味覚』だろう。おれはすみれの砂糖漬けを思い出して、そのあとのキスを思い出す。
恥ずかしくなって目で早瀬を探すと、彼は一枚のタペストリーに釘付けになっていた。早瀬の隣に行く。
「唯一の、欲望……?」
おれは説明キャプションに書かれたフランス語を訳そうと試みた。六枚目だから、第六感になるのだろうか。
おれの声に反応して早瀬が振り返る。
「『我がただひとつの望みに』って訳されることが多いかな」
――ただひとつの望み?
「どういう意味? 第六感?」
おれが聞くと早瀬は肩をすくめた。
「いろんな説があるけど、わからないんだ。ひとつは、貴婦人がネックレスをしまってるから、他の五感によって喚起された情熱を断念してるって説。愛や処女性を示してるって説もある。そもそも出してるのか入れてるのかわからないし。面白いよね」
「情熱を断念する、かあ」
おれはつい自分のことを思い出した。宝箱の中にそっとしまわれた情熱。
「開けたらすぐ取り出せたらいいんだけどな」
そういう意味じゃないのかもしれないけど。昔の人だと断念することが正しいって話かもだし。
でも、おれの情熱もこんなに素敵だったらいいのに。
もう一度タペストリーに目をやったおれの手を、早瀬がそっと握ってきた。
「本当に、オレの行きたいところでいいの?」
「いいよ、そんなに行きたいとこないし。なんとなく、有名な観光地に行こうかなって思ってたくらいで」
それに、早瀬が行きたいところに行くのを見る方が、おれは楽しい。
到着して思ったのは、やっぱりそれは正しかったってこと。
やる気あふれる早瀬に連れられて、おれは国立中世美術館に行った。
十五世紀の修道院の建物を利用した、薄暗い室内。おれみたいによくわかってない人間だって、素敵だなって思ったから、早瀬にとっては宝の山だったと思う。
どこかで見たことのある貴婦人と一角獣のタペストリーのオリジナルもあった。美しい女性の周りに獅子や一角獣が集まっている。全部で六枚あって、五枚は視覚とか聴覚とか書かれている。
中央の貴婦人が砂糖菓子を手にしているものがあった。『味覚』だろう。おれはすみれの砂糖漬けを思い出して、そのあとのキスを思い出す。
恥ずかしくなって目で早瀬を探すと、彼は一枚のタペストリーに釘付けになっていた。早瀬の隣に行く。
「唯一の、欲望……?」
おれは説明キャプションに書かれたフランス語を訳そうと試みた。六枚目だから、第六感になるのだろうか。
おれの声に反応して早瀬が振り返る。
「『我がただひとつの望みに』って訳されることが多いかな」
――ただひとつの望み?
「どういう意味? 第六感?」
おれが聞くと早瀬は肩をすくめた。
「いろんな説があるけど、わからないんだ。ひとつは、貴婦人がネックレスをしまってるから、他の五感によって喚起された情熱を断念してるって説。愛や処女性を示してるって説もある。そもそも出してるのか入れてるのかわからないし。面白いよね」
「情熱を断念する、かあ」
おれはつい自分のことを思い出した。宝箱の中にそっとしまわれた情熱。
「開けたらすぐ取り出せたらいいんだけどな」
そういう意味じゃないのかもしれないけど。昔の人だと断念することが正しいって話かもだし。
でも、おれの情熱もこんなに素敵だったらいいのに。
もう一度タペストリーに目をやったおれの手を、早瀬がそっと握ってきた。
13
あなたにおすすめの小説
【完結】ルガルの星―冷徹な社長は、僕の運命を知っていた―
綾波絢斗
BL
この世界には、二つの特別な称号を持つ者たちが存在する。
一つは、絶対的な権力を持つ王の称号――ルガル(lugal)。
もう一つは、ルガルと対をなし、その力を補う「番」――ムル(mul)。
ルガルは生まれながらに選ばれし存在。
国家からエリート教育と地位を与えられ、能力に応じて厳格なランク分けが行われる。
最上位のルガルは、政治さえも動かす絶対者だ。
一方で、ムルは生まれた瞬間にはその正体がわからない。
遺伝子検査や学力テストを経て候補が絞られるが、
最終的に「真のムル」かどうかを見極められるのは――ルガルだけ。
ムルが覚醒したとき、同じ場所に「紋章」が現れ、その瞬間から、ルガルとムルの力は共鳴し始める。
ムルの能力はルガルの力を最大限に引き出す。
ゆえにルガルたちは、自らのムルを求め、時には他人のムル候補を奪い合う。
そして、すべての出生データと遺伝情報を管理するのは、
巨大企業イルジオン――国家をも超える存在。
その頂点に立つ社長、一条レイ。
冷徹なルガルの頂点に君臨する彼が「自分のムル」と出会った。
泣き虫な俺と泣かせたいお前
ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。
アパートも隣同士で同じ大学に通っている。
直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。
そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。
白花の檻(はっかのおり)
AzureHaru
BL
その世界には、生まれながらに祝福を受けた者がいる。その祝福は人ならざるほどの美貌を与えられる。
その祝福によって、交わるはずのなかった2人の運命が交わり狂っていく。
この出会いは祝福か、或いは呪いか。
受け――リュシアン。
祝福を授かりながらも、決して傲慢ではなく、いつも穏やかに笑っている青年。
柔らかな白銀の髪、淡い光を湛えた瞳。人々が息を呑むほどの美しさを持つ。
攻め――アーヴィス。
リュシアンと同じく祝福を授かる。リュシアン以上に人の域を逸脱した容姿。
黒曜石のような瞳、彫刻のように整った顔立ち。
王国に名を轟かせる貴族であり、数々の功績を誇る英雄。
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
王様の恋
うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」
突然王に言われた一言。
王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。
ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。
※エセ王国
※エセファンタジー
※惚れ薬
※異世界トリップ表現が少しあります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる